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【陰のヒーロー】黒岩悠騎手(4)『緊張したのはキタサンブラックよりもエイシンヒカリ』

  • 2018年03月19日(月) 12時01分
おじゃ馬します!

▲最終回の今回は、ネットバブルに対して当事者としての思いなど、知られざる胸の内を語ります


3月31日のドバイワールドカップデーに合わせ、清水久詞厩舎の遠征馬の調教等のためにドバイ遠征が決まった黒岩騎手。これまでキタサンブラックのほか、エイシンヒカリの調教も担当。馬の仕上げに対する、陣営からの信頼感がうかがえます。その一方で、現役騎手として調教で褒められることへの複雑な思いもあると言います。キタサンブラックで注目を集めた今だからこそ、改めての決意を語ります。(取材:東奈緒美)


いい馬の調教に乗れば乗るほど、情けなさや不甲斐なさを


 有馬記念のあとは、お別れセレモニーにも参列されていらっしゃいましたね。どんなお気持ちでしたか?

黒岩 セレモニーは…、正直、出たくなかったです。

 えっ!? 寂しくなってしまうから?

黒岩 違います、違います。だって僕は調教に乗っていただけですもん。それに、僕は騎手ですからね。騎手が調教で褒められて、自分以外の騎手で勝った馬のセレモニーの壇上に、調教要員として上がるというのは…。あくまで僕の場合はですけど、すごく嫌でした。まぁマイクで名前を呼ばれてしまったから(壇上に)上がりましたけど、本当は行きたくなかったです。

 ブラックが有馬記念を勝ってうれしい気持ちとは別に、ジョッキーとしては複雑なお気持ちだったんですね。オーナーの北島三郎さんは、「キタサンブラックは神様からの贈り物」だとおっしゃっていましたが、黒岩さんにとっては改めてどんな存在ですか?

黒岩 なにしろネットバブルになりましたからね(笑)。どういう形にせよ、これほどの馬に仕事で触れられる機会はそうそうないと思うので、本当に貴重な経験をさせてもらったなと思います。あとね、ブラックのおかげで健康になりました。

 健康になったとは!?

黒岩 早寝早起きをするようになったので。深酒をすることもなくなりましたし(笑)、追い切りの前夜なんかは、9時くらいに寝よ、みたいな(笑)。振り返ってみると、ここ2年くらいめっちゃ健康的な生活をしてたなって。

 そうなんですね。最初こそ注目されていませんでしたが、だんだん“負けられない馬”になっていったわけですものね。その過程で、黒岩さんのプレッシャーもどんどん大きくなって…。

黒岩 いや、プレッシャーとかではないんです。僕のなかでは、2歳のころから乗り慣れた馬が強くなっていったという感じなので。もちろん、責任感は強くなっていきましたけど、僕自身の気持ちに変化はなくて。むしろ変化を付けてはいけないと思って乗ってましたね。緊張やプレッシャーという意味では、エイシンヒカリのほうが強かったですよ。僕が跨ったときには、すでにGI馬でしたからね。

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▲2015年の香港Cで海外GIを制したエイシンヒカリ (撮影:高橋正和)


 あ、そういえば、エイシンヒカリの調教も担当されていたんですよね。どんな馬でしたか?

黒岩 いかにもGI馬という感じで、「走る馬やなぁ」と思いましたね。ただ、強さと同時に脆さも持ち合わせている印象がありました。ブラックの場合、切れ味はないけど重厚な感じで、いうなれば鉈のようなイメージ。ヒカリは逆に剃刀というか、ものすごく鋭いけど、そのぶん脆さもあるというような、そんなイメージでしたね。だから、結果を出すにしても、条件が付いたりするんだろうなぁと思っていました。

 気性面でも難しいところがあったのでは?

黒岩 はい、ありました。だから、調教も緊張しましたし…。普通に落とされる危険もあったし、いきなりよその厩舎のGI馬に乗ったわけですから。

 なるほど。ちなみに、坂口正則厩舎もよく乗っているんですか?

黒岩 そうですね。もともと(所属だった)吉岡先生と坂口先生が兄弟弟子という間柄で、1年目から気に掛けてくださって。減量の頃もよく乗せていただきましたし、短い期間でしたが、所属していた時期もありました。坂口先生は、吉岡先生の次に恩のある先生です。

 そうなんですね。それにしても、エイシンヒカリ、キタサンブラックと、武豊さん騎乗の馬と縁がありますね。やはり豊さんともいろいろお話をされるんですか?

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▲「エイシンヒカリ、キタサンブラックと、武豊さん騎乗の馬と縁がありますね」


黒岩 いえ、とくに(苦笑)。豊さんが僕に聞きたいことなんてまずないですからね。もちろん馬の状態は伝えますけど、逆に僕が言えることはそれくらいで。あとは、レースのあとにちょっとお話するくらいですかね。

 キタサンブラックに関しては、豊さんご自身が「黒岩くんの指示通りに…」みたいなお話をされていましたが。

黒岩 もう、そういうのやめてほしい(苦笑)。豊さんならではの完全なるジョークですよ。レースに関して、僕が豊さんに何かを言うなんてあり得ない(笑)。

 ジョークだとしても、それだけ信頼を置いているということでは? 「黒岩くんに任せておけば問題ない」ともおっしゃっていたようですし。

黒岩 それはまぁ人づてに聞いたりはしますけど…。もし本当にそう思っていただけているとしたらありがたいですね。

 豊さんに限らず、確実に周りからの信頼が厚くなってきていますよね。

黒岩 そうだとしたら、本当にブラックのおかげです。僕自身は、自分が特別調教が上手いとかそういう気持ちはまったくないんですけど、縁があってブラックに乗せてもらい、そのブラックが活躍してくれたおかげでみんなに注目してもらえるというのは、たとえそれが調教だとしてもすごくありがたいことです。ジョッキーは顔を売ってなんぼですからね。

 貴重な経験を積まれて、ご自身のなかではどんな変化がありますか?

黒岩 いい馬の調教に乗るというのは、まず仕事に張りが出ますし、いい緊張感も体験できるんですけど、ジョッキーとしては、やはりレースに出て勝たなければいけない。そう思うと、いい馬の調教に乗れば乗るほど、逆に情けなさや不甲斐なさを感じたりして…。だから、ジョッキーとして、「もっと奮起しなければ!」という気持ちの変化はあります。

 では最後に、騎手として目指すもの、目標を教えてください。

黒岩 これまで自分なりに頑張ってきたつもりなので、自分が納得できるところまで続けて、その間になにかひとつでも成し遂げられたら…と思っています。言葉にできる目標としては、やっぱり重賞を勝ちたいです。今さら失うものもないので、今、自分にできることを見極めて、ひたすら愚直に取り組んでいきたいですね。

おじゃ馬します!

▲「今さら失うものもない、ひたすら愚直に取り組んでいきたい」


(了)

東奈緒美 1983年1月2日生まれ、三重県出身。タレントとして関西圏を中心にテレビやCMで活躍中。グリーンチャンネル「トレセンリポート」のレギュラーリポーターを務めたことで、競馬に興味を抱き、また多くの競馬関係者との交流を深めている。

赤見千尋 1978年2月2日生まれ、群馬県出身。98年10月に公営高崎競馬の騎手としてデビュー。以来、高崎競馬廃止の05年1月まで騎乗を続けた。通算成績は2033戦91勝。引退後は、グリーンチャンネル「トレセンTIME」の美浦リポーターを担当したほか、KBS京都「競馬展望プラス」MC、秋田書店「プレイコミック」で連載した「優駿の門・ASUMI」の原作を手掛けるなど幅広く活躍。

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