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JRAを中心とした引退馬のキャリア支援組織設立へ(4) 引退馬業界の課題と光明

  • 2018年04月05日(木) 18時01分
第二のストーリー

▲認定NPO法人引退馬協会代表理事・沼田恭子さんにインタビュー(写真:認定NPO法人引退馬協会提供)


引退馬に光明も尽きることのない悩みと葛藤


 引退した競走馬はどこへ行くのか、どのような道を辿るのか…。引退した馬の後を追うことは、競馬の世界では長らくタブーとされてきた。競走馬だけではない。種牡馬や繁殖牝馬となっても、結果が残せなければ命の保障はない。乗馬の世界でも、それは同じ。乗馬としての役目を終えた馬たちに命の保障はないのだ。人間のために働いてきたのに、人間の役に立たなくなった途端、処分の道を辿る。それが馬という生き物に与えられた運命だった。

 競走馬(サラブレッド)に限って言えば、現在の年間生産頭数はおよそ7000頭。途中で命を落とす馬がいるとしても、毎年誕生するこれだけの馬たちすべてが、何らかの形で生きながらえるのは無理があるようにも思う。JRAが中心となって、セカンド及び、サードキャリア支援の組織が今、設立に向けて準備が進められている。だがどれだけの数の馬たちに第二、第三の馬生が与えられるのか。年間生産頭数7000頭という数を目にしただけでも、どこまで馬たちの命が救えるのかというのが、個人的には心配な点でもある。

 今回インタビューさせて頂いたJRAの鈴木伸尋調教師とともに、2月19日にGateJ.で行われたホースコミュニティ主催の「第7回引退馬フォーラム」のトークイベントに出演していたのが、認定NPO法人引退馬協会代表理事・沼田恭子さんだ。

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▲2月19日に東京・GateJ.で開催された『第7回引退馬フォーラム』(写真:認定NPO法人引退馬協会提供)


 沼田さんは、競走馬のセカンド及び、サードキャリアの支援組織の設立に向けて、乗馬クラブ関係の地区の代表者らが出席しているセカンドキャリアを考える委員会と、サードステージを考える分科会にも入っており、それぞれが開催する会議にも出席している。まだ具体的にはなっていない部分もあるとしながらも「着実に進んではきていて、ようやく形になってきたかなとは思います」と話す。だが長年、引退馬の問題に取り組んできた沼田さんから見ると、課題も見え隠れしているようだ。

 引退馬協会には既に、競馬から引退した馬をリトレーニングし、希望する施設に譲渡する再就職支援プログラムというシステムがある。

「これは2012年から行っているプログラムで、頭数は少ないのですが、行き先探しに苦戦するんですよ。引き受け先はたくさん名乗りを挙げるのですが、そこがちゃんとした施設なのかを調べていくと、譲渡は見送った方がいいだろうというケースも多々あったり、譲渡先でうまく活用できなくてこちらに馬を戻してもらって再トレーニングしたりということもあります。譲渡しっぱなしというのではなく、馬を行方不明にはしないということを考えたら、それなりに時間と手間がかかります。

 他から聞いた話ですけど、いたはずの馬がいつの間に譲渡先からどこかに行って行方不明ということもあると聞きます。今回支援組織ができても、そのような問題は起こってくるだろうなと思いますね。馬のセカンドキャリアをしっかりとさせて、馬を最後まで見るという旗を掲げて行うならば、馬を行方不明にしない、きちっと管理できる施設を選ぶのは絶対条件になるでしょう」(沼田さん)

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▲▼再就職支援プログラムで調教を行うウインスプラッシュ(上)とゲイボルグ(下)(写真:認定NPO法人引退馬協会提供)

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 課題となりそうな点はまだある。

「日本の乗馬人口がさほど多くないのに、馬がどんどん増えてきて供給過剰になってくるのは目に見えています。馬房もないですしね。その状況にどう対処していくのかという問題は。恐らくすぐに出てくるのではないでしょうか」(沼田さん)

 馬をただ飼うだけなら、そう難しくはない。けれども馬の心身の健康を保てるよう、ある程度しっかり管理できる施設でなければ意味がない。そのような施設が果たしてどれだけ日本にあるのか。これは個人的にも疑問に思うところだ。

 リトレーニングを行う施設の認定基準がどの程度のものになるかは現段階では不明だが、引退競走馬を受け入れるのに適した施設がどのくらいあるのか、リトレーニング施設の認定基準を満たすクラブや牧場の有無、また認定基準の内容についても、今後の組織の動向には注目していきたい。

 また現在、馬業界全般が慢性的な人手不足に悩まされている。乗馬倶楽部を運営している沼田さんも、それは実感しているという。

「この業界に入って来ようという人が少なくて、ウチも人手不足です。どんなに丁寧に仕事をしようと思っていても、人手が不足していると手を抜くしかなくなりますからね。馬好きな人を増やすという地道なところからやっていかないといけないと思いますね。そして馬が好きという揺るぎのない気持ちのある人が、この世界に入ってきてほしいです。そうではないとこの業界は厳しいと思います」(沼田さん)。

 馬の仕事は汚れるし、危険もついてまわる。馬が病気になれば時間に関係なく看病もする。休みも少ない。JRA関係の仕事以外は、賃金も決して高いとは言えない。だが馬は生きていて、人の手を必要としている。沼田さんが言うように、揺るぎない馬への愛情がなければ難しいだろう。

 例えば引退馬協会ではフォスターホース(1頭の馬を複数の会員で支えるシステム)と会員がふれあうことに重きを置き、2か月に1度「フォスターホースと過ごす日」を開催している。会設立当初は馬たちとふれあった経験のない会員がほとんどだったが、会を重ねるごとに馬に跨ったり馬を曳いて歩けるようになるなど、馬と会員の距離が徐々に縮まってきている。その中にはもっと自信を持って馬を扱いたいという人も結構いるようだ。

「馬についての正しい知識を身に着けたいと思っている人がたくさんいますし、既存の乗馬クラブは乗るだけの所も多くて、お手入れなどの知識をなかなか得られないみたいですね。ふれあい的なものから裾野を広げていって、馬の扱い方の基本的なことを普通にできる人を増やしていかなければならないと考えます」(沼田さん)

 現在、馬関係の仕事に就いている人だけではなく、競馬ファンを始めとした馬好きの一般の人が、馬の世話や手入れなど馬についての基本的な知識を学べれば、やがては人手不足解消や引退馬を引き受ける施設のレベルアップにも繋がっていくのではないかとも思う。

 JRAが中心となってセカンド、あるいはサードキャリアを支援するという引退馬に関する大きなうねり。沼田さんが引退馬協会設立の頃には考えられなかった動きだ。

「まずは馬が行方不明にならないような方法を考えてほしいですよね。IT化された時代ですから、その辺はもう少し管理されてもいいと思います。

 これまで馬の世界はダークな部分もありましたが、時間をかけてでもそれをきちんとしていく。そのためにもこの動きは、すごいチャンスだと思いますね」と沼田さんは幾つかの課題を挙げながらも、新しい組織に期待も寄せている。

 一方、鈴木調教師は「個人でできることは限られていますし、トークイベントでのファンの皆さんの反応を見ても、期待が大きいと感じました。それだけに資金の流れや馬の行方などの透明性が大事になってきます。今は昔と違ってSNSなど情報発信の方法はいろいろありますので、情報公開をしていくのも必要だと感じています。

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▲現役調教師の目線から引退馬への思いを語る鈴木伸尋師


 今年、4年間務めた調教師会の関東本部長を退いて、今は総務相談役という本部長補になりました。まず責任がなくなりましたし、会議の数が格段に減りましたから、これからは引退馬の活動に一層力を入れていきたいですね」と、やる気に満ちている。

「トークイベントの最後に、人と馬とのハッピーライフについてどう考えますかと聞かれたのですが、一瞬答えに困りました。

 調教師になって勝つことや成績を挙げることばかりに神経が行っていた時期もありました。20年調教師をやってきて思うのは、そういう時期も必要で、それを否定するつもりはないですけど、これからは引退馬についてできることを少しずつやっていって、それを続けていくことが私にとっても幸せであり、ひいては馬の幸せにも繋がっていく。それが人と馬とのハッピーライフかなと思っています」とインタビューの最後にこう結んだ。

 課題もあるだろうが、せっかく動き出した引退馬問題。鈴木師が言うように皆ができることを少しずつでもやっていけば、馬たちがハッピーに暮らし、天寿を全うできる馬たちが確実に増えていくはずだ。さらにJRAが中心となって行う支援組織という大きな動きが加われば、もっともっと馬たちの未来は明るくなると信じたい。

 セカンド、サードキャリア支援の組織についてさらに詳しく公表できる時期が来たら、鈴木師を初めとする関係者に改めて取材し、当コラムで掲載したいと考えている。その時には引退馬協会の沼田さんが挙げた課題点についても、ある程度の答えが得られるのではないだろうか。

(了)

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北海道旭川市出身。少女マンガ「ロリィの青春」で乗馬に憧れ、テンポイント骨折のニュースを偶然目にして競馬の世界に引き込まれる。大学卒業後、流転の末に1998年優駿エッセイ賞で次席に入賞。これを機にライター業に転身。以来スポーツ紙、競馬雑誌、クラブ法人会報誌等で執筆。netkeiba.comでは、美浦トレセンニュース等を担当。念願叶って以前から関心があった引退馬の余生について、当コラムで連載中。

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