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時代が生んだ世紀の一戦 1992年天皇賞・春 〜トウカイテイオーVSメジロマックイーン

  • 2018年04月25日(水) 17時00分
時代が生んだ世紀の一戦 1992年天皇賞・春 〜トウカイテイオーVSメジロマックイーン

▲ netkeiba Books+ から時代が生んだ世紀の一戦 1992年天皇賞・春 〜トウカイテイオーVSメジロマックイーンの1章、2章をお届けいたします。(写真:'90有馬記念 オグリキャップ / 日刊スポーツ/アフロ)


 92年春、競馬界の衆目を集めていたのは2頭のスターホースだった。前年に父子3代による天皇賞制覇を成し遂げ、長距離で絶対王者として君臨するメジロマックイーンに対し、皐月賞、日本ダービーを制し、骨折休養明けとなった大阪杯も楽勝してここまで7戦無敗でコマを進めてきたトウカイテイオー。両雄による対決は、ファンのあいだでも意見が真っ二つに分かれるほどだった。そんな「世紀の一戦」の背景を探りながら、当時の狂騒ぶりを述懐していくことにしよう。

(文:軍土門 隼夫)



第1章 「世紀の対決」の背景

 
 日本の近代競馬は、文久2年(1862年)、横浜の居留外国人によって始まったとされている。19世紀、20世紀、そして21世紀と、3つの世紀に跨り、150年を超えて続いてきたその長い歴史のなかで、広く「世紀の対決」と呼ばれたレースは、じつは1つしかない。

 それが1992年の天皇賞・春。トウカイテイオーとメジロマックイーンによる、最初で、そして最後の対決となった一戦だ。

 文字通り、100年に一度。異様な盛り上がりなどというありきたりな言葉では到底表現しきれなかったその熱狂は、なぜ、どんなふうにして起こったのか。

 ひとついえるのは、その背景では競馬自体が空前の「ブーム」を迎えていたということだ。

 それまでにも、そしてその後も。競馬が大ブームとなり、社会現象と呼べるほどの盛り上がりを見せたことは何度かある。

 最初の「第一次競馬ブーム」は1973年、ハイセイコーの登場によって巻き起こった。

 日本をオイルショックが襲ったこの年。地方競馬出身の「雑草」ながら中央へ殴り込み、ダービーへと駒を進めていったハイセイコーは、瞬く間にアイドル的人気を博した。『週刊少年マガジン』の表紙を飾り、主戦騎手の増沢末夫が歌った『さらばハイセイコー』はオリコンチャートで最高4位を記録した。同馬が引退した翌年の1975年、中央競馬の観客動員数は当時最高となる1500万人に達している。

 最も新しい「第三次競馬ブーム」は、2005年の3冠馬ディープインパクトをめぐるものだった。

 異次元の末脚を誇る史上最強馬という、これ以上ないくらいわかりやすいヒーローの登場は、とくに新聞、雑誌、テレビといった一般メディアの報道をヒートアップさせた。渡仏して出走した2006年凱旋門賞はNHKで中継され、深夜にもかかわらず平均視聴率は関東で16.4%、関西では19.7%を記録。瞬間最高視聴率は関東で22.6%、関西ではなんと28.5%にも達した。

 しかし、150余年の歴史のなかで、最も競馬が熱く盛り上がった時期をひとつだけ挙げるならば。それは1980年代末から1990年代初頭にかけての、「第二次競馬ブーム」ということになるだろう。

 バブル景気を背景に、オグリキャップという稀有な存在を引き金として、競馬はあらゆる意味で社会に浸透し、市民権を得ていった。G1での競馬場の入場制限は当たり前。WINSの窓口には長蛇の列ができて、信じられないことにその行列は最寄りの駅まで続いた。毎年10%以上伸び続ける馬券売り上げは、1990年に史上初めて3兆円を突破。その後もおおむね上がり続け、1997年にはピークの4兆円に達している。

 このブームで特筆すべきは、ハイセイコーやディープインパクトのときとは違い、それがオグリキャップただ1頭の人気に依ったものではないということだった。同馬を中心に、タマモクロスやスーパークリーク、イナリワンやヤエノムテキ、サッカーボーイなど、多くの個性的な競走馬たちが鎬を削りあう、さながら群像劇のようなドラマに、ファンは熱狂したのだった。

 1990年暮れ。有馬記念でオグリキャップは劇的なラストランを飾り、ターフを去った。その後、バブル景気は崩壊し、緩やかな後退局面へと入っていくが、先述の通り、いったん火の付いた競馬ブームはそこからむしろ加熱していく。

 オグリキャップは、ついに引退した。ここから次の時代が幕を開ける。新しいドラマが始まる。

 そんな空気に満ちた競馬界に、まるでオグリキャップからバトンを受け継ぐようなタイミングで現れ、人々の熱狂の対象となったのが、2歳下のメジロマックイーンであり、さらにその1歳下のトウカイテイオーなのだった。

(2章につづく)
「晩成のステイヤー」メジロマックイーン

▲ netkeiba Books+ から時代が生んだ世紀の一戦 1992年天皇賞・春 〜トウカイテイオーVSメジロマックイーン(写真:'90菊花賞 メジロマックイーン / 日刊スポーツ/アフロ)


第2章 「晩成のステイヤー」メジロマックイーン


 メジロマックイーンは1987年、北海道浦河町の吉田堅牧場で生まれた。父はメジロティターン。その父メジロアサマ。母はメジロオーロラで、洞爺湖町のメジロ牧場から預託されていた。ちなみに、その母はメジロアイリス。父、母ともに2代続く生粋の「メジロ」の血統を持つ馬として生まれた3代目が、メジロマックイーンというわけだった。

 メジロ牧場は日本屈指のオーナーブリーダーとして、伝統的に天皇賞を最大目標とした馬づくりをしてきた牧場だった。この血統も、1970年秋にメジロアサマ、1982年秋にメジロティターンと父子2代による天皇賞制覇を達成。3代制覇は、メジロマックイーンにとって至上命題ともいえた。

 長距離血統らしく、メジロマックイーンの能力が花開くのは遅かった。

 同期のダービーをアイネスフウジンが制し、「中野コール」に府中が揺れていた頃、メジロマックイーンはまだ1勝馬。500万下特別で敗れ、骨膜炎がなかなか良くならなかったこともあり、春を諦めていったん休養に入ったところだった。

 9月の函館で復帰したメジロマックイーンは、そこから条件戦で2着、1着、1着。準オープンの嵐山ステークスは2着で賞金の上積みに失敗するが、他馬の回避もありギリギリで出走が叶った菊花賞で、ついに晩成のステイヤーの血が開花。ホワイトストーン、同郷のダービー2着馬メジロライアンらを抑えて、見事に優勝してみせた。嵐山ステークスからの菊花賞制覇は、4年前の半兄メジロデュレンと同じ道。まさに「血は争えない」を地で行く戴冠だった。

 この秋、古馬戦線ではオグリキャップが最後のシーズンを戦っていた。メジロライアンは有馬記念へ向かい、2着と健闘。しかし、メジロマックイーンはさらなる成長を促すため休養に入った。

 1991年。オグリキャップの去った中長距離路線は、内田浩一に替わって新たに武豊を鞍上に迎えたメジロマックイーンを中心に進んでいった。ブームを牽引してきた先輩たちは、かろうじてオサイチジョージとバンブーメモリーが残っている程度で、ほぼみんな引退していた。

 始動戦の阪神大賞典を完勝したメジロマックイーンは、天皇賞・春を盤石ともいえる強さで制し、見事に父子3代制覇という途方もない偉業を達成してみせた。新たな時代の、新たなヒーローは、古色ゆかしい出自を持つ、遅咲きのステイヤーだった。

 ここからはメジロマックイーンの「1強」時代がやってくる。しかし、そんな予感は意外なことに裏切られてしまう。

 宝塚記念は、メジロライアンの2着。単勝1.4倍に推されていたが、4コーナー先頭という奇襲ともいえる積極策に出た「僚馬」を捉えきれなかった。

 秋は、まず始動戦の京都大賞典を圧勝。単勝1.9倍で迎えた天皇賞・秋でも後続を6馬身突き放す走りを見せたが、なんと進路妨害で18着へと降着となってしまう。

 続くジャパンCも単勝1.9倍の断然人気。日本馬の総大将として孤軍奮闘するも、優勝したゴールデンフェザントをはじめ上位7頭のうち6頭を占めた外国馬たちの前に、4着に終わる。

 そして有馬記念。背水の陣で挑んだこのレースも、単勝1.7倍。誰もが今度こそ3つ目のタイトル獲得は確実だと思ったこのレースでも、ブービー人気の伏兵ダイユウサクの一世一代の末脚に屈し、まさかの2着となってしまった。

 まるで呪われたように結果の出ない秋。しかし、その実力が現役ナンバーワンのものであることは疑いようがない。そしてメジロマックイーンは、まだこれが完成形ではなかった。さらなる上昇を期待できるだけの、奥手の血による成長力が、その芦毛の馬体には秘められていた。

 翌1992年、メジロマックイーンは阪神大賞典から始動し、そこから天皇賞・春の連覇を目指すこととなった。そして、このときすでに1歳下にはとてつもない才能が伸びてきていた。

 トウカイテイオーだ。

(続きは 『netkeiba Books+』 で)
時代が生んだ世紀の一戦 1992年天皇賞・春 〜トウカイテイオーVSメジロマックイーン
  1. 第1章 「世紀の対決」の背景
  2. 第2章 「晩成のステイヤー」メジロマックイーン
  3. 第3章 「皇帝の血を継ぐ帝王」トウカイテイオー
  4. 第4章 「地の果てまで伸びる」対「天まで昇る」
  5. 第5章 加熱する議論、強いのはどっちだ?
  6. 第6章 意外な決着
  7. 第7章  たった一度きりの邂逅
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