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オジュウチョウサンの平地挑戦 背景に見える障害というカテゴリーの限界

  • 2018年05月28日(月) 18時01分
教えてノモケン

▲平地挑戦が報じられたオジュウチョウサン、その背景に見えるものとは? (2018年中山GJ優勝時、撮影:下野雄規)


 障害の絶対王者・オジュウチョウサンが7月7日の福島で平地競走に出走する方向となった。2歳時の11月以来、約4年8カ月ぶりで、500万条件の開成山特別(芝2600メートル)に参戦するという。2016年4月の中山グランドジャンプ(中山GJ=JGI)から、障害重賞9連勝の記録を樹立し、16、17年のJRA賞最優秀障害馬に選定。

 昨年は全体の年度代表馬の選定投票でも、キタサンブラックがほとんどの票を集めた中で、3票を獲得して注目を集めた。希代のハードル王が久々に平地に挑む背景には、障害というカテゴリーが持つ広がりの限界が横たわっている。

4大場の平地には出走できず…


 まずもって、なぜ夏の福島か? オジュウチョウサンが平地未勝利のためだ。3歳の秋までに中央の平地で1つでも勝たないと、東京、中山、京都、阪神の4大場では出走制限対象となる。

 障害入りする馬を除けば、こうした馬はほぼ登録抹消される。中央に残る馬は、4大場以外の500万条件戦のうち、出走枠に空きのあるレースまで待機することになる。オジュウチョウサンも平地では同じ扱いとなる。開成山特別は過去3年、出走10-11頭に収まっているが、07年はフルゲートの16頭が出走。理論上は除外の可能性もある。

 かつては障害と平地の獲得賞金を合算する規定があり、障害の活躍馬が平地のGI級に参戦した例もある。中山大障害で史上最多の5勝を記録したバローネターフは、1979年の天皇賞・秋(当時は3200メートル)に参戦して13頭中11着となった。また、近くは90年代後半に中山大障害を3勝したポレールが、97-00年に平地に3度出走。97年の京都大賞典(GII)では、勝ったシルクジャスティスから0秒6差で10頭中6着に入った例がある。ただ、ポレールの場合は平地時代に芝で新馬勝ちしており、出走制限の対象外だった。

1つ勝てば重賞参戦の道も


 オジュウチョウサンの平地での可能性を測るのは難しいが、血統的には走っても不思議はない。1歳上の全兄ケイアイチョウサンは3歳時にラジオNIKKEI賞(GIII)を優勝。2歳下の全弟コウキチョウサンは4月29日に東京の陣馬特別を勝って1600万条件に昇格した。

 オジュウチョウサンも2-3歳当時の気性がまともなら、平地でも結果を出していたのでは、という推測は成り立つ。逆に、平地で中堅級程度まで出世したら、希代のハードラーは世に出なかった可能性もある。

 陣営にとって、開成山特別が最終目標のはずはない。1つでも勝てば、3000メートル級の重賞やオープン特別に出走する道が開けるからだ。阪神大賞典(GII)はグレード制施行後の35回で、15頭立てが1度あっただけでフルゲートは皆無。万葉Sもオープン昇格後の23回で15頭立ては2度あったがフルゲートはなく、1つ勝てばこの辺に進むことは十分に可能だ。

 障害戦は過去2戦連続のレコード勝ち。中山大障害(4100メートル)で従来の記録を1秒1も縮め、中山GJ(4250メートル)では3秒6も短縮するなど、圧倒的なスタミナを見せており、平地の長距離戦でどこまで通じるかは、個人的にも見てみたい。

新たな目標探しに苦心


 賛否両論はあり得るが、障害の絶対王者の平地での「リベンジマッチ」は夢のある話には違いない。だが、こうした展開の裏には、障害というカテゴリーが抱える限界があることは無視できない。ここまで功成り名遂げた障害馬には、同じレースをただ勝ち続ける以外、これといった目標がないのだ。

 実際、オジュウチョウサンが連勝を伸ばす度に、長山尚義オーナー(名義は「チョウサン」)は、「次はどうしましょう?」と取材陣に逆に質問をする場面が繰り返された。もはや国内無敵だが、さりとて海外の障害競走は日本とは全く別物だ。

 最も盛んな英国の場合、障害の難度は「動物虐待」との非難が出るほど厳しい半面、賞金水準は低い。国際競馬統括機関連盟(IFHA)の区分で、障害戦は「パートIV」とされており、世界共通のレーティングシステムも存在せず、国際的なスポーツ性は平地以上に乏しい。平地の活躍馬の海外遠征はもはや当たり前となりつつあるが、障害馬に、そういう道は開かれていないのだ。

 5月4週時点で、中央の障害出走経験馬の数は295頭。全体で7530頭だから、フィールドの狭さがわかる。ほぼ同じ相手との対戦が繰り返され、海外遠征の道もない点が、障害振興策が打ちにくい大きな理由である。心身が健康で、年齢的な衰えが来ない限りは、オジュウチョウサンの天下は続くだろう。

 記録を伸ばせばそれなりには注目されそうだが、時間がたてば飽きられる懸念もある。コアな障害ファン以外の関心を引くには、新たな強豪台頭などの新味が欲しい。年度代表馬選定投票で、得票したこと自体がニュースとなったのも、フィールドの狭さ故。この狭さは、障害馬への評価の天井としても作用する。

切れた生産との連関


 オジュウチョウサンの血統に触れたが、同馬の作り手も、最初から障害のスターを出す狙いがあったとは思えない。15年の有馬記念優勝馬ゴールドアクターは、母ヘイロンシンが障害2勝馬(平地0勝)で、関係者が「障害で期待していた」と話したこともある。GIの中のGIを勝った馬の生産者側から、こうしたコメントが聞かれるのは極めてまれな例と言える。

 常識的に言えば、障害入りするのは平地で勝てないか、クラスが上がるにつれて頭打ちになった馬である。最初から障害での活躍を狙って生産したり、果ては障害の活躍馬を種牡馬として供用する例はごく少ない。

 近年では00、01年の中山GJを連覇したゴーカイが種牡馬入りし、産駒から阪神スプリングジャンプ(JGII)を含めて障害で3勝し、10年中山GJ2着に入ったオープンガーデンが出た。父子とも馬主は吉橋計氏で、半ば趣味的な生産だった点が読み取れる。

教えてノモケン

▲00、01年の中山GJを連覇したゴーカイ (1999年東京オータムジャンプ優勝時、撮影:下野雄規)


 欧州でも事情は大差ないようで、障害用種牡馬の多くは、平地で結果が出なかった種牡馬の転用組が占めると思われる。コスモバルクの父ザグレブやコンデュイットなど、日本では産駒成績がさえず、欧州に逆輸出されて障害用種牡馬として供用された例もある。

 昨年の障害種牡馬ランキングを見ると、オジュウチョウサンを出したステイゴールドで3億4205万6000円と断然の首位。アップトゥデイトの父クロフネが1億5476万8000円で2位だが、勝ち星は8勝(重賞なし)のキングカメハメハが最多で、1億3816万4000円で3位。さすがは芝、ダート不問で距離の融通も利く万能種牡馬の面目躍如というべきか。

 以下はシンボリクリスエス、ディープインパクトと続く。上位馬に共通した「障害向きの資質」を読み取るのは難しく、結局は馬主や調教師の姿勢が結果を左右しているのだろう。障害への関心が乏しければ、資質のある馬が参入しないことも十分にあり得るからだ。

一時は存廃論も


 オジュウチョウサンの登場で注目度は高まったが、障害戦の足元は不安だらけだ。最大の問題は騎手不足で、13年1月には、前日の多重落馬事故で負傷者が続出し、騎手がいないために出走取消となる馬が出た。これを受けてJRAは翌14年、新潟や福島、中京に障害戦を集中配置する苦肉の策を打った。1日に障害戦を2つ組む日も増えた。1カ所に集まっていれば、負傷者が出ても代打を確保しやすい。また、頭数の多いレースを先に施行し、騎手不足を回避する工夫もしている。

 平地を走る馬の育成には、既にトレセンの外の民間牧場が深く関与しているが、障害馬はそうは行かない。長くトレセンに置き、障害騎手がつきっきりで調教を重ねる必要がある。だが、昨年の障害戦に1度でも騎乗した騎手は29人で、20代前半は1人だけだった。カテゴリーを持続させる上で、障害馬を育てるマンパワーの確保は大きな問題となる。

 1990年代には障害廃止論が相当に力を得ていた時期もあった。登録馬の増加で出走困難が表面化したため、年間130前後の障害戦の枠を平地に充てようという狙いだった。当時は96年に就任した浜口義曠理事長が突如、障害振興を打ち出して立ち消えとなった。

 中山大障害(春)を中山GJに改編したのも、浜口理事長の作品である。一連の施策で頭数は増えたが、平地で頭打ちになった馬の受け皿と認識されている日本にあっては、「振興」にも限界があった。今日の障害を取り巻く状況も基本的に、当時と何も違っていない。

顕彰馬選定は有望?


 ただ、オジュウチョウサンがJGIタイトルを初めて獲得した16年は、中山GJ、中山大障害ともに売り上げが15億円台だった。ところが、昨年末の中山大障害、今年の中山GJは22億円台にはね上がり、特に中山GJは22億6885万2000円。売り上げにも集客にも貢献できる馬としての地位は間違いなく確保したと言える。

 5月はちょうど、顕彰馬(名馬の殿堂)を選定する記者投票が行われるが、過去に障害の活躍馬で選定されたのはグランドマーチス1頭だ。オジュウチョウサンは4月の中山GJでJGIを5勝。中山大障害5勝のグランドマーチスに肩を並べた形だ。もう一つタイトルを加えれば、顕彰馬選定の可能性はかなり高くなるだろう。そのために、まずは無事に走り続けるのが前提となる。

※次回の更新は6/25(月)18時を予定しています。
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1964年1月19日、東京都出身。87年4月、毎日新聞に入社。長野支局を経て、91年から東京本社運動部に移り、競馬のほか一般スポーツ、プロ野球、サッカーなどを担当。96年から日本経済新聞東京本社運動部に移り、関東の競馬担当記者として現在に至る。ラジオNIKKEIの中央競馬実況中継(土曜日)解説。著書に「競馬よ」(日本経済新聞出版)。

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