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平成最後の相馬野馬追、元騎手も出陣!

  • 2018年08月02日(木) 12時00分


「郷大将殿にお目通り願いたい!」「しばし待て!」

 侍たちの勇ましい声が響く。

 甲冑に身をつつんだ騎馬武者を背にした数百騎の馬が、カチッ、カチッと蹄鉄でアスファルトを叩き、住宅や商店が建ち並ぶ街中を闊歩する――。

 現代に蘇る壮大な時代絵巻。それが、毎年、7月最後の土・日・月に行われる世界最大級の馬の祭「相馬野馬追」である。

 舞台は福島県の太平洋側に位置する相馬市と南相馬市。今年は、迷走する台風12号の影響で、土砂降りになった直後に肌を焼く強い陽射しが照りつけ、また雨雲がひろがる……といった極端な空模様のもと、総勢433騎が威風堂々、進軍した。

 野馬追に参加する馬の8割以上が元競走馬である。半数ほどは地元で飼育されており、もう半数ほどは、祭の期間だけほかの地域の乗馬クラブなどからレンタルされてくる。

 私が毎年同行している小高郷の騎馬武者・蒔田保夫さんも、ここ数年は栃木の「ライディング・クラブ・ジョバール」から借りた馬で出陣している。

初めて野馬追の馬装をされるアイティテイオー。左が蒔田さん、右は次男の健二さん。


 今年の相棒となるアイティテイオー(せん10歳、父ムーンバラッド)は、昨年11月、福島の障害レースで5着になったのを最後に引退したばかりだ。

「うちに来てすぐ去勢しました。新たな環境にも慣れ、野馬追に備えて爆竹の音を聞かせるなど準備をしてきました」と、ライディング・クラブ・ジョバール代表の藤田尚久さん。今は「チャーリーブラウン」という名前らしいが、前歯が出ているので「さんまちゃん」とも呼ばれているという。

 おとなしい性格で、旗指物に慣れさせるよう馬房の前に置かれた幟がひらひらしても気にしないし、重い和鞍を乗せられても涼しい顔をしている。

 アイティテイオーが入っている馬房は、小高郷侍大将の今村忠一さんの自宅の敷地にある。ここにはほかに2つの馬房があり、今村さんが乗るシベリアンハリアー(せん10歳、父アポインテッドデイ)と、今村さんの長男・一史さんが乗るプレシャスベイブ(牝12歳、父グランデラ)が入っている。これらもジョバールから借りた馬で、プレシャスベイブは3年前と去年、蒔田さんを乗せて出陣した。両馬とも野馬追の経験があるのに対し、アイティテイオーだけは野馬追に関しては「新馬」ということになる。

 相馬野馬追初日の7月28日、土曜日の午前8時半前、今村忠一侍大将、蒔田保夫勘定奉行、今村一史螺役(かいやく)らが、供奉する相馬小高神社へと駒を進めた。

右から今村忠一さんとシベリアンハリアー、蒔田保夫さんとアイティテイオー、今村一史さんとプレシャスベイブ。


 宵祭のこの日は、陣羽織での出陣となる。

 アイティテイオーは新馬とは思えない落ちつきぶりで、鞍上の蒔田さんが「来年、侍大将(今村忠一さん)はこっちに乗りたがるんじゃないかな」と心配するほどだった。

 9時過ぎから小高神社で出陣式が執り行われた。そして10時30分、御発輦(ごはつれん)の花火を合図に、小高郷68騎と標葉郷54騎の計122騎が宵乗り行列に繰り出した。昨年、震災前から7年ぶりに復活した行事である。

 正午には行列が終わり、馬運車で南相馬市中心部の原町区で借りている厩舎に移動し、雲雀ヶ原祭場地を目指して再び行列を進める。

 小高郷と標葉郷のほか、相馬市の宇多郷、南相馬市鹿島区の北郷、原町区の中ノ郷の騎馬武者たちも行列で祭場地を目指すのだが、中ノ郷の行列に、ひとり、ほかの場所でしばしば見かけた騎馬武者がいた。

中ノ郷の騎馬武者行列に加わっていた、元騎手の木幡初広調教助手。


 この春、騎手を引退した、南相馬市出身の木幡初広調教助手だった。

 中学生のとき、甲冑競馬に出場したことがあるという。それだけに、騎馬武者姿が板についている。

 五郷すべての騎馬武者が雲雀ヶ原祭場地に集結したのち、陣羽織姿で行われる宵乗り競馬が催された。

 夕方5時30分からは、原町区の旭公園で軍者会が行われた。公園内の壇上に各郷から集まった数十名の幹部が座り、あわびなど合戦用の保存食を食べながら、このときまでの出来事や、翌日以降の動きの確認などを行う。それに合わせて多数の縁日が出ており、天気のいい日はそのまま盆踊りが行われる(今年は悪天候のため中止)こともあって、老若男女、大変な盛況ぶりだ。

 翌7月29日、日曜日、いよいよ平成最後の相馬野馬追の本祭が行われる。

 昨年同様、懐かしい元競走馬たちに会うことができたので、次回はその模様をリポートしたい。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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