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人間みたいな引退馬たち。いくつになっても恋をする

  • 2018年09月06日(木) 12時00分


 先月、ワールドオールスタージョッキーズなどの取材と父の受診付添いのため、しばらく札幌の実家にいた。そのとき、岩内の養老牧場「ホーストラスト北海道(https://www.horse-trust-hokkaido.org/)」を訪ねた。

 4月にも遊びに行ったのだが、同牧場代表の酒井政明さんが経営する乗馬施設がニセコから岩内に移転したと聞いたので、見せてもらうことにした。

 酒井さんが、ホッカイドウ競馬の厩務員などを経て、共和町にホーストラスト北海道を設立したのは2009年のことだった。それに先立つこと7年、2002年の初夏、「ニセコ乗馬ビレッジ」をスタートさせた。そのとき6頭の馬がいて、うち4頭が今も残っているという。それらはすべてサラブレッドではない。

「自分で馬を飼いたいという夢をずっと持ちつづけていました。でも、サラブレッドは競馬場で扱ったことしかなく、個人で飼育するのは無理だと思っていたんです。それで、まず観光乗馬の世界に入ったんです」

 つまり、サラブレッドを中心に30頭ほどの馬がいるホーストラスト北海道の原点と言えるのが、ニセコ乗馬ビレッジなのだ。

 昨年までは名称どおりニセコにあったのだが、ホーストラスト北海道に隣接する土地に移転し、今年7月1日から「いわないホースビレッジ(https://www.niseko-horse.com/)」という名称で営業している。

いわないホースビレッジ入口。8頭の馬たちが出迎えてくれる。


 いわないホースビレッジには8頭の乗馬がいる。初心者向けで、3歳の子供から乗ることができるという。

「この地域に馬がいる、という環境をつくって、馬が好きな人をひとりでも増やしたいと思っています。ここで働いている馬たちも、乗馬としての仕事を終えたら、トラストでのんびりさせるつもりです」

 奥には、林道を延長して酒井さんたちが切り拓いたトレッキングコースがある。途中の放牧地にも馬がいる。

 いわないホースビレッジの事務所からホーストラスト北海道の事務所までは300メートルほどだろうか。

 トラストの事務所前の放牧地では、養老馬たちが草を食べていた。

ホーストラスト北海道事務所前の放牧地。左からサンデーズシス、カーリーエンジェル、セイコーライコウ。


 セイコーライコウ(セン11歳)は、春に来たときと同じく、大好きなカーリーエンジェル(牝28歳)とずっと一緒にいる。サンデーサイレンスの妹のサンデーズシス(牝28歳)も人気者のカーリーの近くにいる。

 事務所を挟んだ反対側の放牧地には、サンデーズシスの息子のセイカタカキヤ(セン20歳)が放されている。

父ティンバーカントリー、母サンデーズシスのセイカタカキヤ。


「セイカタカキヤが2年前にここに来たとき、サンデーズシスに会わせてみたんです。そうしたら、普段は怒りっぽいシスが怒らなかったんですよ」と酒井さん。我が子を覚えていたかどうかはシスに訊いてみないとわからないが、何か感じるものがあったのだろう。

 事務所から道を隔てた広い放牧地に行くと、奥にいたヤマニンキングリー(セン13歳)が、こちらに向かって歩いてきた。一度も歩みを止めることなくまっすぐやって来たので歓迎してくれるのかと思いきや、私たちの前を素通りして、道路側の柵のほうまで行ってしまった。

奥からこちらに向かって歩いてきたヤマニンキングリー。


 ヤマニンキングリーは、3年前、2015年の11月、千葉の乗馬クラブからここに来た。来たばかりのころはあばらが浮き出るほどガレていたのだが、ひと月後に私が訪ねたときは、ずいぶんふっくらしていた。そして今も、ご覧のとおり、元気である。

「今年の6月、キングリーがケガをしたので、事務所前の厩舎に入れていたんです。そのとき、サンデーズシスがキングリーを好きになったのか、厩の前から離れなくなってしまったんです。今でもシスは、ときどき厩を覗いてキングリーを探しています。目がトロンとしているので、恋をしたんでしょうね」

 酒井さんと話していると、「馬が人間だったら何を感じ、どんなことをするか」を聞いているようで楽しい。

共和町の分場にいるパッションダンスと酒井さん。


 昨年の夏前に仲間入りしたパッションダンス(セン10歳)は、共和町の分場にいる。

「以前は、馬同士の行き来があるところにいるのが苦手だったのですが、今は、雨が降るとみんなと一緒にシェルターに入ったりしています」

 今は分場となっているここで、酒井さんは2009年にホーストラスト北海道を開設した。私が初めて来た2011年の春も、養老牧場としての施設はここだけだった。その後、2013年、本場としての機能を岩内に移し、現在に至る。

 厩舎も放牧地も馬道もすべて手作りで、来るたびに何かが変わっている。

 私は酒井さんに勝手なリクエストをしている。人の心を豊かにする「食う、寝る、遊ぶ」のうち、ここの「遊ぶ」は、乗馬施設が移ってきたことでさらに強化された。それに加え、訪ねてきた人が「朝起きたら目の前に馬がいる」という環境、つまり、宿泊施設をつくり、何か美味いものを食べることができたら最高ではないか、と。

 来年、ここは開設10周年を迎える。それまでに、というのは無理な注文だろうが、幸せに暮らす馬たちに会いに、また来たいと思う。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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