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テレビが突然やってくる時

  • 2005年08月01日(月) 21時55分
 去る7月24日夜、テレビ東京系列の「田舎に泊まろう」という番組をご覧になっただろうか。

 芸能人が地方へ出向き、アポなしの宿泊交渉をして民家に泊まるという番組である。日曜日の夜の時間帯なので私も割によく見る。この日は私の住む浦河町が登場した。

 浦河町は熊本県河浦町と「姉妹都市」の関係にある。そこで、お笑いコンビの「パックンマックン」(外国人と日本人の二人組)が、それぞれ熊本と北海道とに分かれ、「同じ苗字の家に泊まる」というルールを決めてのスタートとなった。

 収録はたぶん6月半ば頃だったのではなかろうか。外国人の方が熊本へ、そして日本人が浦河へとやってきた。二人は互いに携帯電話でやりとりをしながら、河浦と浦河に共通する苗字の家を探り出した。

 浦河には明治時代に熊本から入植してきた本巣(もとす)家という一族があり、その末裔が浦河にも河浦にも住んでいるとのエピソードが紹介され、まずは双方の町での“本巣さん探し”から始まった。

 かなり珍しい苗字だとは思うが私たち浦河町民にとっては、本巣さんという苗字はポピュラーである。生産牧場だけでも、かなりの数が実在する。その数ざっと10軒ほどにも及ぶ。個人名の生産者だけではなく、例えば、マチカネフクキタルなどを生産した信成牧場やクーリンガー、ナガラフラッシュなどの生産者、浦河日成牧場も経営者は本巣さんである。

 番組は、熊本の本巣さん探しから追いかけた。しかし、2軒ある本巣さんはいずれも不在で、宿泊交渉までは至らずに終わった。一方の浦河も、最初に訪れた本巣さんが不在で、その後は熊本での本巣家宿泊が不可能となったことから、やむなくターゲットは「谷川さん」へと移行した。

 谷川さんを先に確保したのは熊本の方だった。番組では、いともあっさりとコンビの外国人の方がその日の宿を決めてしまい、北海道に来た日本人の方が逆にプレッシャーをかけられる展開になった。

 谷川さんという苗字は、浦河町民にとってはある意味もっとも馴染み深いものだ。現町長が谷川弘一郎氏で、今は亡きシンザンの繋養牧場として有名な谷川牧場の当主である。カメラはそのシンザンのいた谷川牧場の看板を映し出し、事務所の奥に建つ住宅を訪れるタレントを追いかけた。

 熱心な宿泊交渉の様子が映し出される。この家に住むのは谷川町長の三男、俊郎氏。しかし、突然の宿泊交渉とあってなかなか色良い返事をもらえない。困惑顔の俊郎氏の表情がアップになる。すでに日は暮れ、タレントにも焦りの色が濃くなる。「牧場は今多忙なシーズンなのでたぶん同業者の谷川はどこも断ると思いますよ」と申し訳なさそうに言う俊郎氏。やむなく、タレントはある商店に入り、そこで電話帳を借りて「牧場以外の谷川さん」を探す。2軒候補が見つかった。

 ヒッチハイクで浦河町内まで戻り、最初の谷川さんを目指す。玄関のチャイムを押して宿泊交渉。だが、丁重に断られ、いよいよ最後の谷川家へと向かう。時計は午後10時をさしていた。ウォーキングにいそしむ通りがかりの人に道を尋ねながら、ようやく谷川家へ。そこは俊郎氏の兄、智幸氏の家だった。智幸氏は競走馬の飼料などを取り扱う会社に勤務している「非牧場の谷川さん」だ。

 常識外れの時間にいきなりの宿泊交渉。普通ならばまず断るところだろうが、最後の1軒でどうにか交渉成立。ようやくこのタレントは浦河での宿泊先を確保することができた。

 と、ここまでは番組で放映された場面である。だが、この収録には没になったシーンがあり、それはとある牧場を突然訪れる場面だったそうである。「そうである」というのは、そのシーンを目撃していないからだが、聞いた話では、いきなりカメラを回しながら入ってきたタレントやスタッフに牧場側が猛抗議したというもの。「ヤラセなし」なので、当然そういうことだって起こり得るわけで、牧場側の対応を責めることなどできない。それどころか、突然、何の前触れもなくテレビカメラを向けた人間たちが入ってくれば、「何の真似だ!」と声を荒げたくなるのも当たり前だろう。

 番組では、何軒もの家に断られたタレントがついに宿泊交渉に成功し、人情豊かな田舎の人々のお世話になって一夜を過ごす場面を毎回映し出すが、その裏にある「没」にされた場面の存在を改めて考えさせられた。

 放映から数日後、宿泊を断った谷川俊郎氏に会った。彼は「いやあ、何で泊めてやらなかったんだ、ってずいぶん言われましたよ」と苦笑いしていたが、私はむしろ気の毒に思った。立場が替わって私の家にアポなしの宿泊希望タレントが来たとしても、たぶん断っただろうから。

 そして、突然カメラを向けながら無遠慮に敷地内へと踏み込んできた(と思われる)番組制作関係者とタレントに対して問答無用の対応をせざるを得なかった牧場の心理もよく分かる。「田舎の人間は純朴で、親切で、人情深い」などとこの番組を見て単純に考えるのは誤りである。都合の悪い場面はすべてカットしていることを知っておいた方がいい。

 むしろそうした「カットされている場面」にこそ、真実が隠されているとさえ思えてくる。タレントだろうが何だろうが、突然どこからともなく現れて「泊めてくれ」と言ったところで、これは迷惑以外のなにものでもない話なのだ。ましてや、テレビカメラも回されているとなるとよけいである。

岩手の怪物トウケイニセイの生産者。 「週刊Gallop」「日経新聞」などで 連載コラムを執筆中。1955年生まれ。

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