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ホースマン一丸となって掴んだ悲願のGIタイトル/エリザベス女王杯

  • 2018年11月12日(月) 18時00分

ふつうなら文句なしの「逃げ切り独走」なのだが…


 もともとがシャープな身体つきのため、究極仕上げのリスグラシュー(父ハーツクライ)の馬体重462キロは細いようにも映った。しかし、2歳の秋に東京でアルテミスSを勝ったときなど華奢な身体で428キロ。2年経ち、4歳秋を迎えた充実は本物だったのである。

 J.モレイラの絶妙の騎乗も素晴らしかったが、「これは、ここまで悔しい思いをしてきたスタッフの努力の結集である」。そうみんなを称えた矢作調教師のコメントに、思わず周囲がうなずき納得したリスグラシューの初GIだった。

 好スタートのリスグラシューは、主導権をにぎったクロコスミア(父ステイゴールド)の刻んだ流れ「61秒4-(12秒5)-59秒2」=2分13秒1の中団キープ。人気のモズカッチャンも、ノームコアも、レッドジェノヴァも、カンタービレも前方にいたが、モレイラはマークするというより、リスグラシューをリラックスさせることに専念、差を詰めに出る気配もない。モレイラは勝機のある人気馬に乗ると「気を抜いてはいけない」。道中で絶えず鼓舞しながら、早めに動くことが多い。能力を出し切らせるためである。

 ところが、前半スローのため、行きたがるくらいのライバルを見ながら、モレイラは動かない。リスグラシューとモレイラのコンビは秋シーズンに入る前から決まっていた。府中牝馬Sはモレイラが騎乗停止のため代打にM.デムーロを選んだが、府中牝馬Sの惜敗をみて、矢作調教師のモレイラに与えるべき指示は確信に変わっていた。「動かないでいい。はやって脚は使わないで欲しい。我慢すれば、切れる」。

 モレイラは、前方のライバルをずっと見ている。スパート態勢に入ったのは4コーナーにさしかかる直前だった。4コーナーを回って巧みに外に回ったあたりで、モレイラは「勝てると思った」と振り返っている。レース上がりは「11秒6-11秒4-11秒7」=34秒7。

 リスグラシューの上がりは、角度が斜めの映像から推測しにくいが、メンバー中ただ1頭だけ34秒を切って、「11秒5-11秒2-11秒1」=33秒8に近いと思える。「矢のように伸びた」の形容は正しい。3着争いに加わった上位8着馬までのうち、勝ち馬に次ぐ2番目のレッドジェノヴァでさえ34秒5だった。ディアドラとの比較から、リスグラシューは強力なトップグループに一員に割って入った。

 この鮮やかな差し切りは、モレイラの一分のスキもない騎乗と、リスグラシューの真価を伝えた矢作調教師と、これ以上はありえない状態に仕上げたスタッフと、そしてこの秋ようやく開花したリスグラシューの才能である。父ハーツクライ自身と、その産駒の制したGIはここまで合計14R(YOSHIDAなど海外も含む)。そのうち11鞍が4歳以降である。

重賞レース回顧

矢のように伸び、唯一の上がり33秒台で勝利


 あまりに惜しい2着(9番人気)に終わったクロコスミア(父ステイゴールド)は、多分に恵まれた印象もあった昨年の2着(9番人気)とちがって、今年の内容は絶賛に値する。勝ったリスグラシューがあまりに光ってしまったが、目標を定めた入念な仕上げで、その馬体はデビュー以来最高の436キロ以上に大きくみえた。

 昨年は2番手から抜け出して推定「62秒2-(12秒8)-59秒3」=2分14秒3(上がり34秒3)だったが、今年は前半1000m通過61秒4のあと「12秒5-12秒5-12秒0-11秒6」。ペースを落として引きつけたりしていない。むしろ後続を離している。残り400m地点は、昨年が1分51秒6前後、今年は1分50秒0。先行グループの追撃をまったく許さずに粘っている。あえてスパートを遅らせたリスグラシュー(モレイラの必殺騎乗)にクビだけ差されたが、3着モズカッチャン(父ハービンジャー)以下には最後まで3馬身の差を保ったままだった。ふつうなら文句なしの「逃げ切り独走」である。

 久しぶりに本来の岩田騎手らしい果敢な戦法にこたえたクロコスミアは、さすがステイゴールド産駒。今年はややスランプ状態だったが、5歳の秋、昨年よりずっと中身の濃いレースで寸前まで粘った。これでGI【0-2-0-3】。父は6〜7歳時に本物になりGI制覇を含む17戦4勝だった。牝馬とはいえ、まだまだチャンスはあるだろう。

 3着モズカッチャン(父ハービンジャー)は上々の仕上がりに映り、これまでの休養明けとは気配がちがっていたが、これで3カ月以上の休み明けは新馬を含み【0-0-2-3】。昨年は大接戦のクロコスミアに3馬身も離され、差は少しも詰まらなかった。

 そのモズカッチャンのほか、4着レッドジェノヴァ(父シンボリクリスエス)、5着ノームコア(父ハービンジャー)など、人気上位馬は8着コルコバード(父ステイゴールド)まで6頭が一団で「0秒2差」。ただ、上位2頭とは決定的な差がついてしまった。逃げ馬と、追い込んだ馬に3馬身も完敗しては、みんな揃ってだけに評価はきびしくなる。

 それぞれ、小さな敗因が重なってのこと。みんな絶好調とは限らないが、サトノダイヤモンドを追い詰めたことで人気のレッドジェノヴァの完敗は、京都大賞典の回顧でもちょっと触れたが、本当に「2400mのサトノダイヤモンド」は強かったのか。ジャパンCに向けて大きなカギになることだろう。5着ノームコアは案外だったが、まだキャリア5戦の3歳馬。初の関西圏への遠征競馬は(ふだんから輸送など慣れているといっても)、追い切ったあとのレース直前であり、マイナスを伴ったことは否定できない。

 同じ3歳カンタービレ(父ディープインパクト)は、快走(激走)したこの秋2戦と比べ、当日のパドックで、なんとなく元気がないように映った。

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1948年、長野県出身、早稲田大卒。1973年に日刊競馬に入社。UHFテレビ競馬中継解説者時代から、長年に渡って独自のスタンスと多様な角度からレースを推理し、競馬を語り続ける。netkeiba.com、競馬総合チャンネルでは、土曜メインレース展望(金曜18時)、日曜メインレース展望(土曜18時)、重賞レース回顧(月曜18時)の執筆を担当。

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