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ハッピーグリン、地方からの挑戦

  • 2018年11月20日(火) 18時00分

馬主・会田裕一さんが地方にこだわる理由


 今週のジャパンCには地方競馬からハッピーグリンが出走する。地方馬のジャパンC出走は、2009年8歳時のコスモバルク(12着)以来9年ぶりのこと。ちなみに、そのコスモバルクは3歳時から毎年、6年連続でジャパンCに出走していたということでは、あらためて驚かされる。

 ハッピーグリンは昨年2歳時、JRA札幌のコスモス賞、すずらん賞でともに3着と芝への適性を見せていた。その後は門別に戻り、重賞のサンライズCで惜しくも1/2馬身差で2着。勝ったのは、その後船橋に移籍して羽田盃を制したヤマノファイトだから、ダートでも世代トップクラスの能力を見せていた。

 ホッカイドウ競馬で2歳時にこれだけの実績を残せば、2歳シーズン終了後は南関東などへの移籍を考えるのが普通だ。しかしハッピーグリンはホッカイドウ競馬に所属したまま、3歳初戦として挑んだのが中央・芝の舞台。1月28日の東京競馬場、芝1800mのセントポーリア賞で、直線鮮やかに抜け出した。

喜怒哀楽

セントポーリア賞を制したハッピーグリン(c)netkeiba.com、撮影:下野雄規


 馬主は会田裕一さん。ハッピーグリンが目指すべきは芝の舞台という確信を得た。36歳と若いが、株式会社ネガポジ代表取締役で、ビデオテープのデジタル化、結婚式の映像制作を請け負う『ダビングスタジオ』、『結婚式ムービー.com』という事業で、東京池袋、大阪梅田、名古屋、仙台の4都市6箇所に店舗を展開している。『ダビングスタジオ』(池袋)の店舗は、NHK『ドキュメント72時間』の舞台にもなった。

 競馬には、小中学生のころに流行っていた『ダービースタリオン』でハマった。2012年にシンガポールで共有の馬主になり、日本ではクラブ馬主などにも出資していたが、地方競馬で馬主資格をとったのは2014年8月のこと。

「初めて個人で馬を買ったのは、2014年のセレクトセールです。地方の馬主資格を申請中の身で思い切って購入してしまったんです」。馬主資格がまだないのに、セレクトセールで馬を買うとは、なんとも大胆だ。「と言うのも、当時、ハッピースプリントの活躍を見て、あんな地味な血統の馬で中央の馬を倒せるんだったら、中央に入厩するようなレベルの馬を地方のトップトレーナーに預ければ、所属を問わず活躍できると思っていたんです」。しかしその馬はまったく走らなかった。

「その頃に付き合っていた先生や、馬主さんに『そういうやり方では成功できない』などと諭されて、ネットオークションや安い馬にも手を出したりしたのですが、最初の頃に買った馬はまったく走らなかったですね」。という手探り状態にあった中でも、2015年のセレクトセール(当歳)で800万円(税別)で競り落とした馬が、のちのハッピーグリンとなる。地方に入厩する馬としては、なかなかに高額だ。馬は自分で選んだ。

「第一印象は、線が細いなと思いました。ただ、その時『生まれた時の馬体重が70kgぐらいあったので、馬体重で苦労することはない』と聞いていたので、成長が見込めるならばむしろ安く買えて良いんじゃないかと。歩かせてみると関節の伸びが当歳にしては素晴らしいと思いましたね。あと、セリの写真では四肢が白いんですが、実馬を見るとなぜか左後一白が浮かび上がってきていて、そこにインスピレーションを感じました」

 実は落札時、預託する厩舎はまだ決めていなかった。「もともとハッピースプリントのファンだったのと、グリーンチャンネルの特番で田中淳司厩舎が取り上げられていて、ここに預けてみたいと思い、知人を通じて紹介してもらいました」とのこと。

 セントポーリア賞を快勝したハッピーグリンは、中央のクラシックを目指した。しかし、スプリングSは8着、プリンシパルSは4着と、本番の出走権は得られなかった。それでもあらためて能力の高さを示したのが夏のJRA北海道開催。いきなり古馬オープンに挑戦した巴賞は、3歳ゆえ52kgという斤量もあって勝ち馬にアタマ、クビという接戦の3着。続く自己条件の1000万条件(STV賞)は、単勝1.5倍という断然人気で楽勝だった。

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盛岡・OROカップ(2018年9月23日)。馬の左2人目が会田裕一さん(写真:岩手県競馬組合)


 盛岡・芝のOROカップは、古馬相手ながら当然のように快勝。意外なことに、ハッピーグリンにとっては、これが重賞初勝利だった。秋の目標はマイルチャンピオンシップと定めたが、トライアルの富士Sで11着と惨敗してしまう。JRA認定競走勝ちの権利が使えるのは3歳一杯ということもあり、今シーズンは中央・芝への挑戦を決めている。当初はジャパンC前日のキャピタルSに出走予定だったが、ジャパンCにも登録したところ、フルゲート割れしたこともあり、出走が可能になった。

「ギリギリまで(キャピタルSか)迷いに迷ったんですが、中央の馬主でも愛馬がGIに出るなんて夢のようなことなのに、地方だけの馬主をやっている僕が中央の芝のGI、それもジャパンCに出走できるなんてありえないことじゃないですか。(ジャパンCに)選定されたことがニュースになってから、『無謀だろ』とかいう論調が強いかと思ってSNS等を見ると、『夢がある』『頑張って欲しい』などと挑戦を前向きに捉えてくれる声の方が圧倒的に多く、そういったファンの意見の後押しもあって決意しました。勝ち負けが難しいのは承知ですが、10着でもそれなりの賞金(奨励金)が出るので、それ以上を狙って行きたいですね」

 会田さんにとって今回のジャパンCは、地方馬としてハッピーグリンを出走させることのほかにも楽しみがある。じつは、アーモンドアイの出資会員でもあるのだ。

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アーモンドアイの秋華賞優勝祝賀会にて


 会田さんは、いわゆる社台・ノーザン系のクラブ法人での出資も多く、アーモンドアイのほかにも、これまでリオンディーズ(朝日杯フューチュリティS)、クリプトグラム(目黒記念)、ストロングタイタン(鳴尾記念)などの重賞勝ち馬に出資している。また、地方競馬の馬主としても岩手のプリヴィレッジが昨年のジュニアグランプリで2着に入り、今年は準重賞のはまなす賞(ともに盛岡・芝)を勝利。そして中央の福島テレビオープン、朱鷺Sに挑戦した。馬運は相当にいいといえそうだ。

 そして会田さんは、中央の馬主登録も申請中で、まもなくその資格も取得できる予定とのこと。それでもハッピーグリンはホッカイドウ競馬所属のまま挑戦を続けるという。その想いをうかがった。

「まず、ホッカイドウ競馬は地方で唯一本格的な坂路の施設を持っていること。ここなら中央の馬と同じような負荷がかけられますし、今年中央で2勝したことで、所属を問わず活躍できるということも証明できました。何よりセントポーリア賞を勝ったあと、周りの見る目が変わりました。地方の競馬場に顔を出すと、トップジョッキーや、見知らぬ調教師、馬主さんまで『あのレース、感動しました!』『頑張ってください!』などと声をかけてくれます。地方競馬全体の夢を背負っているんだなと、ある種の使命感みたいなものを感じてしまいますよね。このような挑戦を(ホッカイドウ競馬所属のまま中央挑戦を続けたコスモバルクの)岡田繁幸さんみたいな方がやるのではなく、僕みたいな一般人がやるからこそ、より地方競馬の関係者に夢を感じていただけるのかなと」

 先の話にも出たとおり、ハッピーグリンを管理する田中淳司調教師は、ハッピースプリントで2013年の全日本2歳優駿を勝ち、地方の年度代表馬に選出された。そして2015年から今年まで、ホッカイドウ競馬では4年連続で不動のリーディングとなっている。ところが意外なことに、これまで中央挑戦では勝ち星が遠く、ハッピーグリンでようやく中央の初勝利を挙げることができた。

 ハッピーグリンによる会田さんの地方からの挑戦は、田中淳司調教師にとってもようやく訪れたチャンスでもある。

1964年生まれ。グリーンチャンネル『地・中・海ケイバモード』解説。NAR公式サイト『ウェブハロン』、『優駿』、『週刊競馬ブック』等で記事を執筆。ドバイ、ブリーダーズC、シンガポール、香港などの国際レースにも毎年足を運ぶ。

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