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JCのラップで再認識できるアーモンドアイの特別な強さ

  • 2018年11月29日(木) 12時00分
 先週のジャパンカップでアーモンドアイが衝撃的な世界レコードを叩き出した。

 ジャパンカップの38回の歴史で、東京芝2400メートルのレコードが6回更新されたことになる。その勝ち馬、年号、レース名、タイムを以下に列挙する。

1)メアジードーツ 1981年 第1回ジャパンカップ 2分25秒3
2)ジュピターアイランド 1986年 第6回ジャパンカップ 2分25秒0
3)ルグロリュー 1987年 第7回ジャパンカップ 2分24秒9
4)ホーリックス 1989年 第9回ジャパンカップ 2分22秒2
5)アルカセット 2005年 第25回ジャパンカップ 2分22秒1
6)アーモンドアイ 2018年 第38回ジャパンカップ 2分20秒6

 これらのうち、直近3回のレース展開を振り返ってみたい。

 1989年は、イギリスのイブンベイがハナに立った。それを、2分22秒8の世界レコードでオークツリー招待ハンデキャップを勝ったアメリカのホークスター、ニュージーランドの牝馬ホーリックスが追いかける。そこから4、5馬身離れたところに日本のスーパークリークとオグリキャップがつけた。1000メートル通過は58秒5。直線に入り、ラスト400メートル地点でホーリックスが抜け出した。オグリキャップが凄まじい末脚で追い上げ、内のホーリックスに首差まで詰め寄ったところがゴールだった。勝ちタイムは2分22秒2。当時の世界レコードを更新した。

 2005年は、2年前の覇者タップダンスシチーが逃げ、ストーミーカフェが2番手。やや離れた3番手がビッグゴールド、4、5番手がアドマイヤジャパン、コスモバルクと、日本勢がレースを引っ張った。1000メートル通過は58秒3。タップダンスシチーが4馬身ほどのリードを保って直線へ。ラスト200メートルを切るとランフランコ・デットーリ騎手のアルカセットが先頭に立ち、内からクリストフ・ルメール騎手のハーツクライが鋭く追い込み、2頭が並んでゴールした。

 そして今年は、昨年の菊花賞馬キセキが川田将雅騎手に導かれて馬群を引っ張り、1000メートル通過は59秒9。直線、キセキの直後につけていたアーモンドアイがラスト300メートル地点でスパートをかけ、1馬身3/4差をつけてフィニッシュした。

 レコードというのは、ハイペースで引っ張る馬が現れ、直線で差し馬が台頭し、僅差でゴールしたときに生まれる――というのがパターンになっている。

 ところが、今年はそうではなかった。1000メートル通過が59秒9というのは、1989年より1秒4、2005年より1秒6も遅い。にもかかわらず、従来の記録を1秒5も更新するスーパーレコードが飛び出したのは、キセキが少しずつペースを上げていったからだ。

 上記3回のジャパンカップのラップを見ていきたい。

1989年:13秒0 - 11秒1 - 11秒5 - 11秒4 - 11秒5 - 12秒0 - 12秒0 - 11秒6 - 11秒7 - 12秒2 - 11秒9 - 12秒3
2005年:12秒5 - 10秒7 - 11秒5 - 11秒8 - 11秒8 - 11秒9 - 12秒0 - 11秒8 - 11秒8 - 11秒9 - 12秒0 - 12秒4
2018年:12秒9 - 10秒8 - 12秒2 - 12秒3 - 11秒7 - 11秒8 - 11秒7 - 11秒4 - 11秒4 - 11秒0 - 11秒4 - 12秒0

 これらを、スタートからゴールまで3ハロンごとに見ていくと、今年は序盤から中盤、終盤にかけて少しずつペースの上がる、特殊な流れだったことがわかる。

1989年:35秒6 - 34秒9 - 35秒3 - 36秒4
2005年:34秒7 - 35秒5 - 35秒6 - 36秒3
2018年:35秒9 - 35秒8 - 34秒5 - 34秒4

 4ハロン、つまり、半マイルごとに分けて見ていくと、今年のラップの特性が、さらによくわかる。

1989年:47秒0 - 47秒1 - 48秒1
2005年:46秒5 - 47秒5 - 48秒1
2018年:48秒2 - 46秒6 - 45秒8

 1989年と2005年は、序盤、中盤、終盤と進むにつれて時計がかかっている。つまり、ハイペースで差しが決まる、レコードの出やすい流れだった。

 それに対して今年は、そもそも、競走馬がこういうラップでチャンピオンディスタンスを走り切れるのが不思議に思えてくるような流れだった。

「普通なら、当たり前に押し切れる展開でした。ほかにも素晴らしい馬がいた、ということです」

 川田騎手はそう話していた。アーモンドアイにコンマ3秒突き放されたものの、キセキは「48秒2 - 46秒6 - 46秒1」というラップで走り切った。それで走破時計は2分20秒9なのだから、菊花賞馬の名に恥じないどころか、超一流と評価されるべきパフォーマンスを発揮したと言える。

 別次元の脚で抜け出したアーモンドアイが強すぎたのだ。

 それに関して、拙著『ダービーパラドックス』を読了した、と、朝日新聞の有吉正徳さんがメッセージをくれた。そのメッセージには、作中のダービーの勝ちタイムが遅すぎて、これならアーモンドアイに軽くひねられます、とあった。まったくだ。

 実は私も、あのジャパンカップを見て、別の箇所を修正すべきかもしれない、と思っていた。作中で凱旋門賞を「歴代の日本最強馬の挑戦をはね返してきた」と記したのだが、重版がかかったら、そこを「日本のホースマンが制覇に執念を燃やす」ぐらいに書き換えたほうがいいような気がする。

 アーモンドアイは、私たちの常識をもとにしたスケールでははかり知れない強さを持っている。これからも、思いも寄らない未来を見せてくれることを望みたい。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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