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結果として有馬記念優勝がラストランとなった名馬たち

  • 2018年12月20日(木) 12時00分
 1984年のグレード制導入以降、有馬記念をラストランと定めて勝利し、有終の美を飾った馬は6頭しかいない。

 90年オグリキャップ、2003年シンボリクリスエス、06年ディープインパクト、13年オルフェーヴル、14年ジェンティルドンナ、17年キタサンブラックである。

 オグリは単勝5.5倍の4番人気、クリスエスは2.6倍、ディープは1.2倍、オルフェは1.6倍の1番人気、ジェンティルは8.7倍の4番人気、キタサンは1.9倍の1番人気であった。

 そのほか、翌年も現役をつづける予定だったのに故障のため走ることができず、結果として、勝った有馬記念がラストランになった、という馬も2頭いる。

 93年のトウカイテイオーと、08年のダイワスカーレットだ。

 トウカイテイオーは、91年に無敗のまま皐月賞、ダービーの二冠を制した。皐月賞は18頭中18番枠から出て1馬身差、ダービーは20頭中20番枠から出て3馬身差で完勝。繋(つなぎ)が柔らかかったため、パドックでは腰を大きく上下させる独特の歩き方をし、そのまま弾むようにコースに出たら後ろをちぎっていた、という感じだった。

 父シンボリルドルフにつづく無敗の三冠制覇は確実と思われたが、骨折のため長期休養を余儀なくされる。

 復帰戦は翌92年の大阪杯。父の主戦だった岡部幸雄騎手(当時)を鞍上に迎え、持ったままで圧勝。つづく天皇賞・春は武豊騎手のメジロマックイーンとの「天下分け目の決戦」と言われたが、5着に敗退。またも骨折が判明し、休養に入った。

 ほぼ半年ぶりの実戦となった天皇賞・秋では乱ペースに巻き込まれて7着。次走、この年から日本初の国際GIとなったジャパンカップでは、単勝10.0倍の5番人気に評価を落としていたが、直線で鮮やかに抜け出して優勝。

 しかし、つづく有馬記念では、岡部元騎手が騎乗停止中だったため田原成貴騎手(当時)に乗り替わり、単勝2.4倍の1番人気に推されたものの、11着に大敗した。マイナス10キロの馬体重に表れていたように、体調が整い切らなかったようだが、それにしても負けすぎだった。メンタル面で切れてしまい、自分から走るのをやめたようにも見えた。

 翌93年、宝塚記念を目標に調整されたが、骨折のため休養。その結果、次走は、1年ぶり(364日ぶり)の実戦となる第38回有馬記念となった。

 いくら調教施設が充実し、それを使うホースマンの技術も進歩したとはいえ、1年ぶりの実戦で、ダービー馬ウイニングチケット、菊花賞馬ビワハヤヒデ、ジャパンカップを勝ったばかりのレガシーワールドといった強豪相手では苦しいと見られ、単勝9.4倍の4番人気止まりだった。

 しかし、やはりこの馬はトウカイテイオーだった。

 先に抜け出したビワハヤヒデを外から豪快に差し切り、半馬身差をつけてフィニッシュ。

「日本競馬の常識を覆したトウカイテイオー、彼自身の勝利です」とパートナーを讃えた田原元騎手の目は潤んでいた。

 ――いくらテイオーでも無理だろう。

 レース前、少しでもそう思ってしまったことを、馬に対して申し訳なく思う気持ちもあっての涙だったという。

 旧7歳になった94年も現役をつづけ、天皇賞・春を目標としていたが、またもや骨折のため休養。天皇賞・秋にも間に合わないと判断され、現役を退くことになった。

 07年に桜花賞、秋華賞、エリザベス女王杯と牝馬GIを3勝したダイワスカーレットは、その年の有馬記念でマツリダゴッホの2着に終わった。

 4歳になったスカーレットは、ドバイワールドカップ参戦を見据え、ダートを試す意味でフェブラリーステークスに向けて調整されていたが、調教中にウッドチップが目に入って角膜炎になり、遠征を断念。

 年明け初戦となった大阪杯ではエイシンデピュティ、アサクサキングス、メイショウサムソン、ヴィクトリーといった牡の強豪をあっさり切って捨て、それ以来の実戦となった天皇賞・秋では、同い年の宿敵ウオッカと2センチ差の接戦を演じ、2着に惜敗。

 次走の有馬記念では単勝2.6倍の1番人気に支持され、スピードの違いでハナに立ち、押し切った。1971年のトウメイ以来、37年ぶりに牝馬として勝利を挙げたスカーレットは、翌09年もドバイワールドカップをターゲットにしていたが、ステップレースに選んだフェブラリーステークスの1週前追い切りのあと、屈腱炎を発症。そのまま引退することになった。

 トウカイテイオーもダイワスカーレットも、夢の途中で競馬場を去ることになったわけだが、どちらもグランプリで印象的、かつ、競馬史において特別な意味を持つ勝利でキャリアを締めくくることになった。

 この稿を書いている途中で、スカーレットのライバルだったウオッカの写真集が仕事場に届いた。

 関真澄さんによる『ウオッカinアイルランド』(スタジオリーヴス、3万9000円+税)である。

 30.5センチ四方の特別製本で、76ページの豪華版だ。

 これほど美しい写真集を見たのはいつ以来だろう。りんご畑を歩くウオッカのページからは、甘酸っぱい香りが流れてくるかのようだ。犬と足並みを揃えて歩く姿も愛らしい。

 もういくつ寝ると有馬記念、である。今年の有馬記念がラストランとなるサトノダイヤモンドやサウンズオブアースはどんな走りを見せてくれるか。オジュウチョウサンが、レイデオロやキセキといった平地のトップホースを相手にどこまでやれるかを含め、楽しみに待ちたい。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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