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アザラシのシャドーロールで話題!イチャキナ シャドーロールがアザラシになったわけは…?(3)

  • 2019年01月08日(火) 18時00分
第二のストーリー

金沢競馬場でイチャキナを担当していた若林さんと


遊んでいるうちにエスカレートしてアザラシに?!


 昨年11月18日に阿見乗馬クラブで開催された「イチャキナファン感謝デー」には、金沢競馬場でイチャキナの担当厩務員だった若林佳樹さんも姿を見せていた。若林さんは現在、厩務員を辞して、実家のある栃木県に戻ってきている。
 
 若林さんがイチャキナと初めて出会ったのは、2015年の12月の終わり頃。イチャキナはまだ1歳だった。明け3歳には東海地区へと一度移籍しているので、若林さんとの付き合いは1歳の終わりから2歳のおよそ1年となる。

 デビューは2016年の6月26日の2歳新馬戦で、馬体重は362キロだった。吉原寛人騎手が手綱を取って6頭立ての5着。初勝利は5戦目で、この時の馬体重が371キロとデビュ―時より少し体は増えていた。勝った後も、ほぼ月2回のペースでコンスタントに走り、明け3歳になると笠松競馬へと移籍している。笠松、名古屋合わせて6戦したのちに再び金沢競馬場へとイチャキナは移動してきたが、若林さんの勤務する厩舎には戻らなかったため、イチャキナはその年の12月に引退するまで若林さんとは交流することはなかった。

 馬とは無縁の栃木県のサラリーマン家庭に育った若林さんが、馬と出会ったのは高校時代だった。

「自転車で高校に通学していたのですが、JRAの宇都宮の研究所(JRA競走馬総合研究所)が高校のすぐ近くにあったんですよね。それで学校をさぼって(笑)、研究所のあたりで馬をよく見ていたんですよ。

 元々動物は好きだったのですけど、実家の周りは馬より牛が結構多くて、小さい頃から牧場に行っては牛にいたずらして遊んだりしていたので、いずれは動物に関わる仕事をしたいなとは思っていました。それが研究所にいる馬たちを見ているうちに、馬も良いかなと…。それが厩務員になったきっかけですかね」

第二のストーリー

高校時代の馬と出会いが厩務員を志すきっかけに


 馬に関わる仕事を志した若林さんは、高校卒業後、オーストラリアへと渡る。

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北海道旭川市出身。少女マンガ「ロリィの青春」で乗馬に憧れ、テンポイント骨折のニュースを偶然目にして競馬の世界に引き込まれる。大学卒業後、流転の末に1998年優駿エッセイ賞で次席に入賞。これを機にライター業に転身。以来スポーツ紙、競馬雑誌、クラブ法人会報誌等で執筆。netkeiba.comでは、美浦トレセンニュース等を担当。念願叶って以前から関心があった引退馬の余生について、当コラムで連載中。

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