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止まらない日本馬の海外GI連敗記録 本当に「日本馬は強くなった」のか?

  • 2019年01月28日(月) 18時02分
教えてノモケン

▲日本時間27日未明に行われたペガサスワールドカップ・ターフ招待Sに出走したアエロリット (C)netkeiba.com


 今年の日本馬の海外遠征の先陣を切ったのは、米フロリダ州ガルフストリームパークで1月26日(日本時間27日未明)行われたペガサスワールドカップ・ターフ招待S(GI・約芝1900m)のアエロリット(牝5、美浦・菊沢隆徳厩舎)だった。

 結果は10頭中9着の惨敗。当日は雨で発表はyielding(不良)。序盤は好位置につけたが、中盤を過ぎてからズルズルと後退する全く見せ場のない内容に終わった。この結果、17年4月末のクイーンエリザベスII世C(香港・シャティン)以降の日本馬の海外の国際GI連敗記録は止まらなかった。本当に「日本馬は強くなった」のか?

PWCの新システム


 ペガサスワールドカップ(以下PWC)は2017年に第1回がダート約1800mで行われ、当初からGIだった。新設レースがGIとなるためには、直近3年の上位4頭の平均レーティングが一定の基準(古馬は115)を満たす必要があるが、PWCは既存GIのドンHを継承する形を取ることで、GIとして出発した。PWCターフ・招待Sも、既存のガルフストリームパーク・ターフHを引き継ぐことで、1回目からGIの看板を掲げる形になった。

 PWCの特徴は高額の出走登録料である。過去2年は、出走各馬の登録料を100万ドルに設定。出走枠は12頭で、集まった1200万ドルのうち、優勝賞金に700万ドルが充てられた。第1回が興行的に成功したため、2回目は主催者側の持ち出しで賞金を増額。1着は据え置いたが、総額1630万ドルに拡大した。

 3年目の今回は1600万ドルをダートと芝で分け、ダート900万ドル、芝700万ドルに設定する一方、登録料は50万ドルに減額。北米の芝路線が手薄な点を考慮し、主催者招待枠を設定。招待馬は登録料を徴収せず、賞金額は本来の額の6割とする。芝の優勝賞金は300万ドルだが、招待馬は180万ドルである。

クラブ法人と海外遠征


 アエロリットが招待枠に入ったかどうかは明らかでないが、同馬はクラブ法人「サンデーレーシング」(SR)所有で、募集価格35万円(40口)だった。既に本賞金と付加賞だけで1口当たり約845万円に達しているが、登録料50万ドルなら負担は1口当たり約136万円となる。出資者の同意確保は常識的に不可能で、招待枠で出走した可能性が高い。

 近年はクラブ法人全盛で、昨年の中央の馬主ランク1-4位をクラブ法人が占める。昨年の平地GIの半数はクラブ法人所有馬が勝った。国内GIを勝って初めて、海外遠征が視野に入る現状から、必然的に遠征馬の多くはクラブ所有馬が占めるのだが、ここで問題が生じる。

 クラブ所有馬を資金的に支えるのは出資者だが、彼らは馬主でなく、各馬の進路などを最終的に意思決定するのは、馬主登録された法人の運営者で、多くの場合は生産者側かそれに近い人々だ。カネの出し手と意思決定する側が完全に同じでないのだ。もちろん、馬主法人の運営者も、出資者の意見には神経を遣うだろう。だが、当事者が多ければ合意形成も難しい。

 特に海外遠征は国内で稼ぐ機会を捨てることを意味する。馬主並みの意思決定権がない出資者側は、「とにかく稼いでくれ」が最大公約数で、遠征先は「あご足」(輸送費と滞在費)が主催者持ちの招待レース、ドバイや香港に限られてくる。昨年、GIを4勝し、年度代表馬に選定されたアーモンドアイも既にドバイ遠征が決まっている。参戦レースは発表されていないが、芝1800mのドバイターフの見通しだ。

“辺境”での勝利の価値は?


 国際競馬統括機関連盟(IFHA)は、前年のレースレートを比較して算定する「ワールドトップ100GIレーシズ」を公表している。18年版でドバイ・シーマクラシックは前年の48位から3位に躍進したが、ドバイターフは前年の18位から47位に後退。香港の最高はチャンピオンズマイル、香港マイル、香港Cが29位で並んでいる。香港ヴァーズは前年の40位タイから84位タイに後退。日本の春秋の天皇賞や大阪杯、宝塚記念より下だ。

 ドバイ・シーマクラシックは大躍進だが、実は勝ったホークビルは昨年の最終レーティングが120で、レース直後に出た122から下方修正されている。上昇の要因は2-4着馬で、2着ポエッツワードが事後に126、3着を争ったクロスオブスターズとレイデオロがともに123まで伸ばしたため、格も急上昇した。

 レーティングという数字自体、突っ込みどころ満載の指標であり、どのレースも年ごとに出走馬の質は上下するが、ドバイや香港の競馬に対する欧米の主要競馬国の評価はそうは高くない。芝で世界2位タイの高額賞金を誇るドバイ・ターフでも、国際的評価はこの程度である。香港も1着賞金が日本円で1億円を超えるGIは多く、欧州よりは高いが格は別問題。だが、国内では香港やドバイの成績で「日本馬は強い」と評価されているのだ。

 実際、日本調教馬は過去に海外の国際GIを35勝しているが、うち24勝はドバイ、香港、シンガポールであげている。きつい言い方をすれば、この3カ所は日本と同様、主要競馬国の関係者からは辺境と思われている。

 一方、欧州ではフランスで5勝、英国で1勝の計6勝だが、5勝は20世紀中に輸入競走馬があげたという共通点がある。当時は高額の褒賞金制度があり、しかも国内GIの多くが輸入馬に門戸を閉ざしていた。今世紀に入って、欧州で勝ったのは16年5月のイスパーン賞(仏、エイシンヒカリ)だけ。この勝利は国産馬唯一の欧州GI優勝記録として残っている。

金城湯池の崩壊?


 日本馬の国際GI勝利の内訳をさらに細かく見ると、アジア圏3カ所でも、香港が15勝と圧倒的に多い。北海道への陸路移動より輸送時間が短く、しかも日本馬が得意な中長距離路線で地元勢は手薄なうえ賞金も高い。香港国際競走は施行時期が12月で、シーズンオフに入った欧州勢で出てくる馬は限られている。シャティン競馬場はバミューダグラスを使用しており、日本より多少、タイムが遅い程度で適応も楽だ。これだけ並べれば、香港が日本勢にいかに恵まれた条件かがわかる。

 ところが、昨年12月の香港国際競走では異変が起きた。日本馬は3頭が2着に入ったものの勝てず、地元・香港勢が4GIスウィープ(全勝)に成功したのだ。日本側から見て惜しかったのは、香港ヴァーズ(芝2400m)のリスグラシューで、好位置から直線で一度は先頭に立ったが、エグザルタント(当時せん4)に差し返された。

 香港マイルのヴィブロスは健闘したが断然人気のビューティージェネレーションには3馬身差。最も期待された香港カップでは、現地でも1番人気に推されたディアドラがスローの展開にはまり、グロリアスフォーエバーを捕らえきれなかった。

 香港勢の国際競走での成績を見ると、GI昇格後に「スプリント」14勝、「マイル」14勝なのに対し、「カップ」が8勝、「ヴァーズ」2勝。距離が伸びるのに反比例して成績が落ちる傾向を示していた。だが、昨年は苦手の中長距離2戦も制し、史上初の完全制覇となった。背景には、競馬の好業績に支えられて馬の質が向上した点や、パートI昇格を前後して、競走体系の整備が進んだ点が考えられる。

 実は伸びしろはまだある。昨年8月28日に中国広東省で從化区トレーニングセンター(CTC)が開場。広州から車で約1時間、シャティンから約4時間の位置にあり、約660の馬房と芝、全天候の2本の馬場、さらに全長1100mの芝坂路を備える。日本の地方馬と同様、競馬場だけで調教されていた香港馬が、充実した施設で多様な調教をされれば、日本馬にとってはもっと難敵になる。

アーモンドアイの敵は内に?


 凱旋門賞以外の欧州競馬には目を向けず、ドバイや香港にほぼ専念してきた日本勢が、近年の成績以上に過大評価された面はなかったか? 昨年の凱旋門賞に遠征したクリンチャーは国内GI未勝利で、前哨戦も本番も惨敗に終わった。冷静に考えれば予期された結果だった。

 関係者はどのレースを目指そうと自由で、問題は伝える側にある。海外ブックメーカーのオッズは正直で、結果もその通りになったが、国内で何か「触りにくい数字」になってはいなかったか? あくまでも一般論だが、個々の案件をシビアに評価する雰囲気が当たり前にならなければ、慢心が生まれても、きちんと指摘するのは難しかろう。

 アーモンドアイに関しても、シビアに考えるべき点はいくつかある。前回の当コラムでは、55kgまでしか背負った経験がなく、凱旋門賞の58kgが課題になる点に触れた。この点で気になるのは臨戦過程である。

 昨今のノーザンファーム天栄調教馬によくあるパターンだが、この馬もレース間隔を長目に取るタイプ。凱旋門賞3週前の前哨戦(ヴェルメイユ賞かフォワ賞)への出否から問題になる。馬場と斤量への慣れを考えれば、長期遠征を考えても良さそうだが、現状では可能性は薄く見える。一方で凱旋門賞との関連が強くはないドバイには行くという辺りに、日本の競馬の体系に由来する限界を感じてしまう。

教えてノモケン

▲2019年はドバイ遠征から始動を予定しているアーモンドアイ (撮影:下野雄規)


 今年はエルコンドルパサーの凱旋門賞2着から20年である。小規模馬主の渡邊隆オーナーが過去に例のない長期遠征を敢行し、結果を出した。だが、1勝もしないうちに「短期滞在で勝つのが本当の強さ」という雰囲気が拡散した。

 前哨戦抜きで臨んだハープスターなど3頭が、何もできずに敗れた14年の凱旋門賞は、根拠なき慢心の産物に他ならない。欧州競馬の本質は貴族の道楽である。今でこそ種牡馬ビジネスという補償の道はあるが、その可能性は薄く、どこまでも浪費的だ。一方、日本は馬券購入者もクラブ法人出資者も庶民のささやかな楽しみというレベルで、勢い、目先の利益が優先視される。しかも、最強のマーケットブリーダーが最強の馬主を兼ねる構造だ。

 馬づくりの方向も、海外の特定GI優勝より国内販売が優先となる。このアプローチを繰り返していたら勝てるのか? アーモンドアイが届かなければ、何を目指すべきか、深刻な再考が必要になるだろう。

※次回の更新は2/25(月)18時を予定しています。
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1964年1月19日、東京都出身。87年4月、毎日新聞に入社。長野支局を経て、91年から東京本社運動部に移り、競馬のほか一般スポーツ、プロ野球、サッカーなどを担当。96年から日本経済新聞東京本社運動部に移り、関東の競馬担当記者として現在に至る。ラジオNIKKEIの中央競馬実況中継(土曜日)解説。著書に「競馬よ」(日本経済新聞出版)。

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