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【福永祐一×藤岡佑介】第1回『ジョッキーとしてのふたりはキャラ被り!?』

  • 2019年03月13日(水) 18時02分

昨年の3月までnetkeibaで、4年間にわたって連載コラム『祐言実行』を担当した福永騎手。“ジョッキー”ならではのメッセージをたくさん発信してきました。その役割を後進の佑介騎手らに託し、自身のコラムの終了を決断。あれから1年。今度は“ゲスト”という立場に変え、netkeibaに登場。新旧コラムニストの貴重な対談、まずは「ふたりのキャラ被り」からトークスタートです!

(取材・文=不破由妃子)


怒っているところをあまり見たことがない


佑介 祐一さん、今日はよろしくお願いします! のっけからなんですが、僭越ながら、祐一さんと僕はキャラが被っているところがあるような気がしていて…。そう思いません?

福永 まぁそうやね。俺も「佑介とはキャラが被ってる」って人に言ったことがあるかも(笑)。騎乗センスにあふれた天才肌ではないところとかね(苦笑)。だからこそ、たくさん考えて、人一倍頭を使って乗るしかないっていうところで、ざっくりタイプをわけると一緒かなって思う。

佑介 僕は性格的にも感じるところがあって、自分のやり方や考えを、時代や状況に合わせていけるところも似ていますよね。祐一さんは絶対にB型だろうなと思って調べたら、ホンマにB型やった(笑)。

──福永さんは、ご自身のことも含め、常に俯瞰でものを見ている印象があります。時代や状況に自分を合わせていけるけれど、決して巻き込まれないというか。

福永 最初から自分を貫き通して、それで通用するんだったらそれが一番だと思いますけどね。本音を言えば、自分もそうありたいと思う。でも、そういうタイプではないことが早くからわかっていたから、時代に合わせて変化をしていかなければと思ってやってきた。そうしなければ置いて行かれるだろうなっていう危機感はずっと持ってます。

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▲福永「時代に合わせて変化をしていかなければと思ってやってきた」 (C)netkeiba.com


佑介 祐一さんは、ここ10年くらいで「自分にはセンスがない」とか口に出すようになったじゃないですか。でも、悲観してそう言っているわけでは決してなくて、それ以外に“芯”があるからそう言えるんだろうなと思って。

 本当はそう思っていないんじゃないかと感じるくらい、自信が伝わってくることもありますしね。どちらにしても、僕がデビューした頃の祐一さんとは、だいぶ印象が変わっていますけど。

──佑介さんがデビューしたのが2004年。福永さんは当時27歳で、高松宮記念(サニングデール)やオークス(ダイワエルシエーロ)を勝ち、翌年にはラインクラフトやシーザリオで年間GI5勝と、すでに押しも押されもせぬスタージョッキーでした。当時の福永さんは、デビュー間もない佑介さんにはどう映っていたんですか?

佑介 怒っているところをあまり見たことがなかったので、穏やかで波がない先輩という印象でしたね。当時、トップジョッキーの方たちはとくにピリピリした雰囲気を醸し出していたような記憶があるんですけど、そんななかで一人だけ、無邪気に楽しく馬に乗ってる先輩、みたいな(笑)。

福永 その頃はそうだったかも(笑)。

佑介 でも、北橋先生と瀬戸口先生が引退されたあと、エイシンドーバーで京王杯スプリングCを勝ったじゃないですか。そのときのインタビューで、「これでもうちょっとジョッキーを続けられそうです」って話している祐一さんを見て、これだけ実績があって地位を確立しているジョッキーでも、こんなに思い悩むことがあるんだなって思ったんです。

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▲エイシンドーバーで京王杯SC優勝時、このレースが佑介騎手の転機に (撮影:下野雄規)


福永 あの頃は、目に見えて成績が落ちたからね。重賞で勝ち負けできる馬の騎乗依頼も減ったし…。

佑介 あのときの祐一さんの姿が僕の支えになっているところもあります。悩んだときに、「あの祐一さんですら、思い詰めることがあるんだから…」と、自分を納得させたことが何度かありますから。

 どれだけ実績があっても、どの位置にいても、みんなそういうものなんだなって。そうやって自分の状況を受け入れて、ここまで頑張ってきたような気がします。とはいえ、当時そこまで思い詰めているとは思わなかったので、ちょっとビックリしたところはありましたけど。

福永 人に相談したりしなかったからね。もうホントにジョッキーを辞めようかなと思ってた。

佑介騎手が福永騎手に、一番近づきにくかった時期


──その後、2011年(地方成績を合算するJRA賞の最多勝利騎手は岩田康誠騎手)、2013年と全国リーディングに。当時の福永さんには、20代後半の頃とはまた違う印象がありますか?

佑介 そうですね。自分を鼓舞するというのか、急に発言が強気になった時期ですよね。それまで祐一さんのそういう姿を見たことがなかったので、ずいぶん変わったなぁと思っていました。あえてそうしていたことを後で知ったんですけど、キャリアのなかで一番祐一さんに近づきにくかった時期ですね。

福永 もともとこういう性格やから、リーディングを獲るためには自分を変える必要があった。

佑介 そうだとすると、すごい自己プロデュースだと思います。

──自分を変えるためにということでは、フランスに修行に行かれたり、佑介さんも大きな決断をされてきましたよね。そこから数年を経て、昨年ついにGI初制覇。そこに至るまでの佑介さんの変化は、どう見ていましたか?

福永 佐藤(哲三)さんの影響が大きいのかなと思って見てました。馬の動かし方や競馬の組み立て方など、佐藤さんからの影響がずいぶんいい方向に出ているんじゃないかなと。

佑介 細かいコーチングを受けたわけではないんですけど、たしかに哲三さんの影響は大きいです。僕も祐一さんと同じように理論的に考えたりもするんですけど、何が正しいのか、今ひとつわかっていないところがあって。そういうときに、僕の騎乗について理論的に説明してくれるのが哲三さんなんですよね。

福永 独自の哲学を持っている人だけど、俺には佐藤さんの言うことがよくわかる。佑介もそうだと思うけど、俺も応援してくれているのが伝わってきて、それはすごくありがたいよね。

佑介 哲三さんは、志半ばで辞めざるを得なかったから、どこか目を掛けていた後輩に託したいという思いがあると思うんです。僕はそのあたりも感じて、僕が結果を出すことが哲三さんのモチベーションになるんだったら、少しでも頑張りたいなって。そういう気持ちもあって、定期的にお話をさせてもらっているんですけどね。

──福永さんのことも本当に応援されていて、ダービーを勝ったときには涙が出たとおっしゃっていましたよ。

with 佑

▲2018年の日本ダービーをワグネリアンで優勝、悲願達成に涙した (撮影:下野雄規)


福永 そうなんや。そういうのを聞くと、なんかうれしいよね。

佑介 僕も祐一さんのダービーでは、相当泣きましたけどね!

福永 なんで(笑)!?

佑介 騎乗停止中だったので自宅で観ていたんですけど、祐一さんがこみ上げている姿を見たらもう…。もともともらい泣きしやすいんですけど、そのなかでも祐一さんの涙はなかなかお目にかかれるものではありませんからね。

福永 そうかぁ。『はじめてのおつかい』を観て、いつも泣いてるんやけどな(笑)。

(文中敬称略、次回へつづく)


with 佑

▲netkeiba新旧コラムニストの対談!次回もお楽しみに (C)netkeiba.com

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JRAジョッキーの藤岡佑介がホスト役となり、騎手仲間や調教師、厩舎スタッフなど、ホースマンの本音に斬り込む対談企画。関係者からの人望も厚い藤岡佑介が、毎月ゲストの素顔や新たな一面をグイグイ引き出し、“ここでしか読めない”深い競馬トークを繰り広げます。

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1986年3月17日、滋賀県生まれ。父・健一はJRAの調教師、弟・康太もJRAジョッキーという競馬一家。2004年にデビュー。同期は川田将雅、吉田隼人、津村明秀ら。同年に35勝を挙げJRA賞最多勝利新人騎手を獲得。2005年、アズマサンダースで京都牝馬Sを勝利し重賞初制覇。2013年の長期フランス遠征で、海外初勝利をマーク。2018年には、ケイアイノーテックでNHKマイルCに勝利。GI初制覇を飾った。

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