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オジュウチョウサンと石神騎手のオンリーワンチャンス

  • 2019年04月11日(木) 12時00分
 2019年のクラシック戦線が開幕した。一生に一度しか参戦できない「オンリーワンチャンス」ならではの緊張感が、勝負の迫力をさらに増幅させる。

 しかし、「最初で最後のチャンス」というのは、何もクラシックに限ったことではない。

 今週の土曜日、4月13日に中山グランドジャンプに参戦するオジュウチョウサンは、史上初の同一重賞4連覇と、自身の持つ障害重賞最多連勝記録の更新(10から11へ)という偉業に挑む。

「途切れたらお終い」という王者の連勝記録更新の場面にも、オンリーワンチャンスならではのハラハラドキドキがついて回る。

 王者の連勝記録や連続記録というと、思い出されるのは、2011年、武豊騎手のJRA・GIの連続年制覇記録が「23」で途切れたときだ。前年春の落馬事故をきっかけに崩れたリズムがなかなか戻らず、年間の勝ち鞍も64にとどまった。どうにか記録を更新してほしいと思っていた私は、あの年初めて、

 ――GIレースの数って少ないんだなあ。

 と感じた。

 と同時に、クラシックレースに出る若駒たちも、武騎手も、

 ――二度と来ない『今』を見逃したくない。

 と人々に思わせるからこそ、輝いているのだと思った。

 人間にとって、一生に一度きりのことは、どのくらいあるだろう。

 義務教育の9年間における、授業や試験、修学旅行などの行事、友達や教師との交流、クラブ活動として参加する大会などか。その後の受験や入学や卒業、就職や転職、結婚や離婚などは何度も繰り返す人がいる。

 つまり、参加に年齢などの資格制限がある場合と、武騎手のJRA・GIの連続年制覇記録のように、自身で積み重ね、その「連続」に価値を見出されるものを築き上げた場合に限られてしまうのか。

 作家の場合、出す本が連続して文学賞の候補作や受賞作となり、それがいつ途切れるかと、やっかみを込めて噂されるほどの人ならば、新作を出すときは毎度、これがオンリーワンチャンスであり、ラストチャンスでもある、という感覚になるのだろう。

 年齢制限のある何かとは無関係になった私が同様の緊張感を持つには、自分で「これが最初で最後のチャンスだ」と意識して決めるしかない。

 食事をするときも、「これが最後の味噌ラーメンだ」と思えば、味わいが違ってくるだろうし、友人と会うときも、「この人と話すのは今日でお終いだ」と思えば、相手の大切さが身にしみてわかるだろう。

 話が妙な方向に進んでしまったが、特に、何か嫌なことがあったわけではない。ただ、あまりに緊張感のない己の日々に疑問を感じ、危機感を覚えただけだ。ひょっとしたら、毎年花粉症につづいて襲われる五月病の症状が出はじめたのかもしれない。

 話は戻るが、今週の中山グランドジャンプでオジュウチョウサンに騎乗する石神深一騎手には、2016年の中山グランドジャンプから始まったJ・GI連勝記録を「6」から「7」に更新する、という大記録がかかっている。昨年、オジュウチョウサンが有馬記念に出走したため、ニホンピロバロンで臨むことになった中山大障害を制したからこそつながった記録だ。J・GIを自分だけで勝つようになってから4年目に突入するわけだから、すごい。

 オジュウチョウサン自身も、J・GI出走機会連続勝利記録を「5」から「6」に伸ばそうとしている。

 何が起きるかわからない競馬という競技にあって、4000メートル以上の長距離を走りながら障害を飛越しなければならないのだから、不確定要素はさらに多くなる。以前インタビューした矢野幸夫元騎手・調教師(1917-2004)は、戦時中、「上を見れば敵機、下を見れば大障害」という状況下で騎乗したこともあったという。

 まさに命懸けである。これぞ、オンリーワンチャンスでなくて何であろう、という気さえしてくる。

 オジュウチョウサンの走りと、石神騎手の手綱さばきから、ひりひりするような緊張感を分けてもらいながら、レースを見守りたい。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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