スマートフォン版へ

【太論コラボ】コラム内にたびたび登場する“三津谷隼人騎手”ってどんな人?! ご本人を直撃! (前編)

  • 2019年04月16日(火) 18時01分
今週のface

▲「太論」にたびたび登場、三津谷隼人騎手の素顔に迫る


今回の「今週のFace」は、毎週火曜に好評連載中の小牧太騎手の連載「太論」とのコラボ企画です。コラム内でたびたび取り上げられてきた、三津谷隼人騎手との数々のエピソード。そこで、三津谷騎手の素顔を探るべくご本人を直撃。すると今まさに、ジョッキーとしての新たな挑戦を控えていました。三津谷騎手の「5年目のチャレンジ」に迫ります。

(取材・文=不破由妃子)


年齢の開きでいえば親子以上ですが


──最近は、『太論』で度々お名前が登場する三津谷騎手ですが、小牧さんとは鞍置き場が隣だそうですね。

三津谷 はい。阪神では隣です。ただ、京都が始まったら離れてしまうので、それがちょっと寂しくて(笑)。

──そうなんですね(笑)。三津谷騎手とのエピソードは、いつも本当に微笑ましくて。もはや“お父さん”みたいな感じですか?

三津谷 実際、加矢太くん(小牧さんのご長男)と同じ年なんですよ。ただ、僕の父親(安田隆行厩舎の調教助手・三津谷直樹氏)は今年で44歳なので、年齢の開きでいえば親子以上です(笑)。でも、小牧さんは本当に話しやすくて。

──誰に対しても壁を作らない方ですものね。そういえば、最近ようやく電話番号を交換されたとか。

三津谷 そうなんですよ。(騎手会の旅行先の)愛媛で満を持して(笑)。「小牧さん、連絡先を教えてくださいよ!」って言ったら、最初は冗談で「俺は可愛い女の子としか交換せん!」とか言ってたんですけど(笑)、ちゃんと教えてくれました。

──その光景が目に浮かびます(笑)。今回の旅行でさらに距離が近くなったのでは?

三津谷 そうですね。小牧さんもだいぶ気に掛けてくださって、お話する機会を作ってくれたので。

──「宴会のときに、三津谷に頭をなでなでされた」ってうれしそうに話していらっしゃいましたよ(笑)。

三津谷 はい(笑)。宴会場で小牧さんは前のほうの席にいて、僕は後ろのほうにいたんですけど、ビール瓶を片手に小牧さんの席まで行って、横に座って話をしていたんです。そうしたら、佑介さんと康太さんに「お前、なんで小牧さんの隣に座ってんねん!」って茶化されたので、小牧さんの頭をなでなでして仲良しアピールをしました(笑)。

デビュー以来所属していた目野厩舎の解散


──なるほど。そういう状況でしたか(笑)。さて、前置きが長くなりましたが、今回インタビューをお願いしたのは、三津谷騎手の「5年目のチャレンジ」についてお話を伺いたかったからです。

三津谷 いやいや、ずっと小牧さんの話でいいですよ(笑)。

──それはダメです(笑)。近々、障害デビューされるそうですね。

三津谷 はい、その予定です。ついこの前(3月28日)、コンビを組むダンツカホウが障害試験に受かりまして。今(取材時点)は放牧に出ているので、人間も馬も新潟で障害デビューとなるかと思います。

──新たな分野に挑戦するわけですが、その決断をするまでには葛藤があったのでは? 昨年、デビュー以来所属していた目野厩舎が解散したことで環境も変わったでしょうし。

三津谷 はい、ガラッと変わりましたね。所属しているときは自厩舎の仕事で忙しくて他の厩舎の調教はなかなか手伝えなかったのですが、今は調教で乗せてもらえる厩舎を自分で見つけてきたりして。仕事の仕方が本当にガラッと変わりました。

──今まで当たり前のように目の前にあった仕事を、一から自力で開拓していくわけですものね。

三津谷 そうですね。ただ、去年一年間については、安田翔伍先生が「朝一番の調教を毎日固定で乗ってくれないか」と声を掛けてくださったんです。本当に助けられました。今年も引き続き、空いた時間があれば調教に乗せていただいているんですが、所属厩舎があることがこんなに大きいことだったのかと日々実感しています。もっともっと頑張らなくちゃと思いますね。

──解散にあたって、目野先生からはどんな言葉がありましたか?

三津谷 「もっと競馬に乗せてやれたらよかったんだけどな…」みたいな感じでしたね。ただ、今でもちょくちょくお会いするんですけど、その度に「毎週観てるんや」と言ってくださって。うれしいですよね、ホントに。最近は乗り鞍もあまり集まらなかったりするので、そのあたりは先生もすごく心配してくださっていて…。これ以上心配を掛けたくないので、本当にもっと頑張らなければと思っています。

今週のface

▲師匠にこれ以上心配を掛けたくない「本当にもっと頑張らなければと」


──障害へのチャレンジが、現状打破のきっかけになる可能性も十分にあります。

三津谷 そうなればいいなと思っています。もともと競馬学校に入る前から乗馬をしていて、当時から障害を飛ぶのが好きだったんです。ただ、レースとなると「怖いなぁ」みたいな気持ちがずっとあって。だけど、今年は減量の恩恵がある最後の年なので、今までにないチャレンジをしてみてもいいのかなって思ました。

 実は、去年1年間も障害に乗ってみたいなという気持ちはずっとあったんですが、フリーになって初めての年だったので、この1年間はいろんな厩舎を回ったり、初めて北海道に滞在したりなど、いろんなことをしてみようと思いまして。

──実際に心を決めたのはいつ頃ですか?

三津谷 今年の2月の半ばくらいですね。

──先輩からの進言やアドバイスがあったり?

三津谷 どうしようかなぁ、障害乗ろうかなぁと考えているとき、白浜さんに相談しました。そうしたら、「どうするべきかは自分で決めること。ただ、ずっと待っているから」と言ってくださって。

──障害ジョッキー界は、年齢層が高くなっていますからね。

三津谷 そうなんですよ。関西で若手の先輩といったら、森(一馬)先輩しかいないので。のちに続く若手が絶対にいたほうがいいし、しかも僕はまだ減量があるから面白いんじゃないかと思ったんです。

(文中敬称略、次回へつづく)

このコラムの通知を受け取りますか?

お気に入り

このコラムの通知を受け取りますか?

お気に入り

すでにお気に入りに登録しています。

登録済

ジョッキーや調教師など、毎週“旬”な競馬関係者にインタビュー。netkeiba特派員がジョッキーや調教師、厩舎スタッフなど、いま最も旬な競馬関係者を直撃。ホースマンの勝負師としての信念から、人気ジョッキーのプライベートまで、ここだけで見せてくれる素顔をお届けします!

バックナンバー

新着コラム

アクセスランキング

注目数ランキング