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サートゥルナーリアの「無敗制覇」の価値

  • 2019年04月18日(木) 12時00分
 今、福島の新白河に向かう新幹線の車中でこれを書いている。

 統一地方選挙が近づいているので街宣車が喧しく、仕事にならない。なので、期日前投票を済ませ、早めの新幹線に乗った。何度もあちこちで言ったり書いたりしているのだが、天下の往来の流れをのろのろ運転で阻害し、近くの学校は授業中で、企業では働いている人が大勢いるのに、自分たちの都合で候補者の名前を拡声器で連呼するのは、公害にほかならない。候補者自身が政策を述べたり、演説会の日時の告知をすること以外は禁止にすべきだ。改革だの新時代だのと立派なことを言っても、何十年も前と変わらぬ選挙運動で自己満足に浸っているようではお里が知れている。政治のためなら何をしてもいいという姿勢は、傲慢すぎる。家族でもないおばちゃんが候補者の名前をがなり立てるのは恥ずかしいという感覚を、彼らにも持ってほしい。誤解のないよう言っておくが、駅前など、あらかじめ定められた場所で候補者自身が演説をするのは大いに結構だと思う。

 さて──。

 サートゥルナーリアが皐月賞を制し、2005年のディープインパクト以来14年ぶり、史上17頭目の「無敗の皐月賞馬」となった。

 いくつもの意味で、非常に高いハードルをクリアしての「無敗」制覇だった。

 まず、中106日という、皐月賞の最長レース間隔勝利だったこと。これまでの中62日を大幅に更新した。要は、最長でも2月の共同通信杯からというステップだったのが、前年12月のホープフルステークスからでも勝てることを実証してみせたわけだ。

 中間を過ごす外厩のノーザンファームしがらきの施設と技術のレベルの高さをより広く知らしめる結果となった。

 そして、もうひとつ、角居勝彦厩舎の馬でありながら「無敗」を貫いたことにも価値がある。というのは、今回、厩舎スタッフが「うちではないぐらい攻めた」と話していたように、角居厩舎では、速いタイムでの調教をあまり重視していないからだ。

「速い調教は一瞬で終わってしまうので、そのなかでの指示は意味をなさない」というのが角居師の考え方だ。理想的なフォームにつながる首の使い方や肩関節の動かし方は、常歩などの遅い動きのときにじっくり教え込むようにしているのだ。

 もうひとつ、角居師がよく口にするのは、「競馬でしかつかない筋肉がある」ということ。

 もちろん競馬は「本番」なのだが、少しでも上の着順を目指す、ということのほか、いい競走馬になるための筋肉をつける、ということも大切な目的になる。

「だから、うちの厩舎から無敗馬は出にくいでしょうね」

 角居師はそう話していた。

 そのような考えのもとで歩き方や走り方を教え込まれながら、なおかつ結果を、それも世代最強のメンバーが揃ったところで出してきたのだから、素晴らしい。

 幸いサートゥルナーリアは違ったが、前走を持ったままで楽勝し、もし目一杯追ったらどれだけ強いのだろう──と思われた馬が、強く追われても 、軽く追われたときとあまり変わらない伸びしか見せないこともある。

 理由はいくつかあって、実は切れる脚がなかったり、馬がレースを全力で走らなくてもいいものだと思い込んでしまったり、ということが考えられる。

 皐月賞で、サートゥルナーリアは、それまでの3戦と違い、競馬というのは、鞭で叩かれることもあれば、ほかの馬とぶつかっても最後まで全力で走り切らなければならないものだということを、初めて知ったのかもしれない。初めてかどうかは馬に訊いてみないとわからないが、理解したことは間違いないと思われる。

 今回は、角居師が話していたように、初めて競り合う競馬になって戸惑っていたようだが、次は迷うことなく突き抜ける脚を繰り出すだろう。

 オーナーサイドは凱旋門賞に登録する意向だという。僚馬のキセキも出走を視野に入れているというから、楽しみだ。天国に旅立ったシャケトラのぶんまで「チームスミイ」の力を世界に見せつけてほしい。

 一方、アーモンドアイが登録を見送ったという報せには驚いた。新幹線の車内で表示される文字ニュースにもなっていた。言ってもせんないタラレバだが、ドバイで出走するレースをレイデオロと逆にしていたら、互いに違う未来がひらけていたのではないか。

 ホテルにチェックインした。馬ではなく私の話だ。東京から1時間ちょっとで着く近さなのだが、思っていたより寒い。ここが東北だということを忘れていた。私も学習しなければ。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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