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【木村哲也調教師×大塚海渡騎手】「彼から学ばせてもらっている―共にありたいという気持ち」後編 / シリーズ師弟対談

  • 2019年05月12日(日) 18時01分
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▲大塚海渡騎手と木村哲也調教師の師弟対談、後編(C)netkeiba.com


師弟コンビの絆や普段の姿に迫っていく「シリーズ師弟対談」(不定期)。第2弾となる今回は、美浦から木村哲也調教師と大塚海渡騎手。「競馬学校期間中は怒鳴り倒しましたよ」と語った木村調教師。真正面からぶつかる師匠と、それに応えようと努力する弟子の姿が垣間見えました。後編では、そんなおふたりの素顔に迫り、冷静な木村調教師も思わずガッツポーズしてしまったという記念すべき初勝利の瞬間も改めて振り返ります。

(取材・文=佐々木祥恵)

全員で高め合って進化していく舎風


――競馬学校時代の大塚騎手のどのようなところに、気持ちの面での物足りなさが見受けられたのですか?

木村師 周りの目が気になって、結局恥ずかしがるんですよ。周りに何と言われようと、どんな目で見られてもやらなきゃいけない、パフォーマンスをしなければいけないことがあると思うのですが、その域に入っていこうとしないんです。だから大仲(厩舎の休憩所)で大声を出す練習をさせました。はいっていう返事を大声で言えないんです。

――自分の殻をなかなか破れなかったのでしょうか?

木村師 そう思いますよ。僕が怒るようにけしかけても、怒らないですしね。多分それまで彼が生きてきた中で、そのようなシチュエーションに遭遇していないから、大声を出したり、怒ったりする必要性がなかったんだと思います。それはしょうがないですよね。でもこれから先はそうしてもらわなければ困りますから。そうしてもらわざるを得ない手段として、けしかけたのですけど、当時はできなかったですね。

――その時、大塚騎手はどのような心境でしたか?

大塚騎手 自分に騎手になりたいという気持ちがあったので、自分のためにもなりましたし、周りが応援してくれていたのでひたすらやり続けるしかない、やってみるしかないという気持ちでいました。あの当時は、やはり自分の殻を破れていなかったということだと思います。

――先生からご覧になって、今はいかがでしょう?

木村師 多分言われた意味はわかっていると思いますし、その部分は今は変わってきていると思いますね。

大塚騎手 わかっているんですが、今でもまだそこは、いざという時に自分がどうなるか自信を持てるところではないので、これからもっと良くしていかなければならないと思っています。 

木村師 唯一の心配はそこですね。

――話を聞いていると先生も正面からぶつかっている、対峙されているなと感じました。

木村師 やり方は別にして、怒鳴り倒しましたよ、だから。それこそ周りの厩舎の人が見ているとか、ウチのスタッフが見ているとか、そんな人目なんかどうでもいいと言って、それこそ怒鳴り倒しましたよ、当時は。これだ!みたいな(笑)。

――ちなみに一番怒鳴り倒したのは、いつですか?

木村師 木馬に乗りながらの時だから、1年間(実習で)いる時ですね。その研修期間の途中で、あまりにも変化がなくて、私の我慢がきかなかったんです。それで彼を無理矢理木馬に乗せて、その状態でああしろこうしろと言って…。まあ無茶苦茶なことをしましたよ。

大塚騎手 その時は自分がダメだっていう意識があったのにできない自分がいて、何でできないんだという気持ちとか、悔しい気持ちがありましたね。

――木馬に乗りながら先生に怒られて、それを何とか変えていこうという気持ちにもなりましたか?

大塚騎手 はい、なりました。

――話は変わりますが、大塚騎手にとって木村厩舎のスタッフはどのような存在ですか?

大塚騎手 競馬学校の生徒として来た本当に最初の頃は厳しいというか、ちょっと怖いイメージがあったのですけど、すぐに打ち解けることができました。いろいろな場面でいつも気にかけてくださっています。

木村師 うちの舎風のようなものですが、スタッフ全員で進化していかないといけない、お互いに高め合っていかなければいけないというのが根底にあります。彼自身もちゃんと自分を律して周りとのコミュニケーションを取る努力もしていると思いますし、それだけではなくトータル的な努力を彼自身がしているので、周りも彼を評価してサポートをするのではないでしょうか。彼自身がちゃらんぽらんだったら、周りも助けないと思いますね。

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▲「お互いに高め合っていかなければいけないというのが根底にある」(C)netkeiba.com


――大塚騎手の長所はどこでしょう?

木村師 人の悪口を言うのは聞いたことないです。人の良いところを見ていますね。多分本人は意識していない、無意識のうちにそうなっていると思いますし、いい育ち方をしてきていると思いました。

大塚騎手 意識はしていないんですけど、人の悪口を言うと結局自分が嫌な思いをするというか…自分が嫌な思いをしたくないから言わないようにしていると思います。

――少しプライベートについても教えてください。大塚騎手は趣味はありますか?

大塚騎手 水泳をやっていました。泳ぐのが好きですし、海は行く機会はないですけど、海に行って泳ぎたいなと思ったりします。今はプールに行ったりはしていないのですが、学生の時は行っていました。水泳は小学校1年生から中学校1年生までやっていました。基本全部の種類をやってましたが、得意なのは平泳ぎです。

木村師 私も小学校の時、水泳をずっとやってましたよ。得意というほどではないですけど、人並みにはできていました。

――師弟で偶然ですね。そういえば先生は鹿島アントラーズのファンと聞きましたが、サッカー観戦にはよく行かれているのですか?

木村師 行ってますよ。1人で行く場合もありますし、家内も楽しんで見るので一緒に行くこともあります。

――大塚騎手は先生と一緒にサッカー観戦に行ったことはありますか?

大塚騎手 いや、ないですね。スポーツが基本苦手で興味があまりないです。体力だけというか。水泳をやっていたので長距離走は確かに得意ではあったんですよ。サッカーも一応やってみたこともあったんですけど、面白いと思ってもうまくできないので…。

木村師 彼は多分、球技全般が全然ダメだと思います(笑)。

――師弟で普段どんな話をしているのですか?

木村師 信じてもらえないかもしれないですけど(笑)、卒業して免許を取ってから怒ったことは1回もないです。怒鳴ったとか、もう一切ないです。普通に話をしますよ。最近、うまくいっているか? とかといった話をしますよ。周りの人とうまくいっているか? とか。

重要なのは、まずこの社会の中で人として認められること


――怒鳴らなくなったというのは理由はあるんですか?

木村師 怒鳴っているようじゃダメだと思いました。彼に対してだけではなくて。それは彼から教えられて、学んだという感じです。

大塚騎手 でも言われないと気づかないことがたくさんあると思うので、そういうのは言ってもらいたいというのはあります。

――お2人の素顔が垣間見えたところで、また競馬の話に戻りますが、大塚騎手のデビュー戦はどのようにご覧になりましたか?

木村師 自分の厩舎の馬には乗せられなかったのですが、見ていました。よく乗せてくれるなと思って、ありがたかったですね。(見ていて)ヒヤヒヤもしましたし、落馬があってあまり後味の良いレースではなかったですからね。

――デビュー戦は緊張しましたか?

大塚騎手 そんなに緊張しなかったです。今思うと初勝利を挙げた日に比べると、全然緊張はしていませんでした。

――実際のレースは、模擬レースとは頭数もスピードも展開も全く違いましたか?

大塚騎手 確かに流れとか頭数も違うなとは思ったところは多かったですけど、全く違うというほどではないという印象でした。逆に初めよりも、乗るにつれて知ることが多くなって、いろいろなことがあるのだなということがわかってきました。

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▲2018年11月10日、模擬レースでの大塚騎手(C)netkeiba.com


――木村厩舎の馬で初勝利を挙げたわけですが、パドックで大塚騎手が馬に乗る時に木村先生が「勝って来いよ」と声をかけていたという目撃談があるのですけど…。

木村師 何とかしてあげたいというのがありましたし、あの日はウチの厩舎から2頭を用意していたのですが、前半のレースで勝てなかったので、何とかしないとまずいなという感じでしたね。ただその日の1レースは他の厩舎の馬に乗せてもらったのですが、初勝利の時と同じダート1200mで逃げて結果3着だったんですよ。あの時は騎手が相当張り切り過ぎちゃってペース判断ができなかったので、パドックで正に跨る瞬間、頑張り過ぎるなとも言いました。

――勝った直後は先生がものすごく嬉しそうにしていたのに、大塚騎手が戻ってきた時は結構キリッとして表情が変わっていたという目撃談もあります。

木村師 ゴールした瞬間は上(調教師席)で見ていて、結構ガッツポーズしちゃったりしたんですよね(笑)。でも周りに2着以下の方々もいるわけで、そういう行動はあまり良いことではないですし、普段はそういうことはしないんですよ。勝った瞬間は確かに嬉しいですけど、パブリックな場で「やったやった万歳万歳!」というのはなるべく少なくしていきたいなと思っていたので、彼が戻ってきた時はそういうふうになったのかもしれないですね。

――先生が思わずガッツポーズをしていたという話を聞いてどうです?

大塚騎手 やっぱり勝てて良かったなと思います。

――いつもは馬に騎手は乗せないで口取り写真を撮っているのに、大塚騎手の初勝利の時は馬に跨って口取りをしていましたが?

木村師 騎手が乗って口取り写真を撮っていたのが当たり前の時代がありましたが、今は違います。多分、今後それはなくなっていくでしょうから、最初だけですね。

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▲馬への負担を考慮し、少なくなってきている口取り撮影も、今回だけはという思いから…(C)netkeiba.com


――先生は大塚騎手にどんなジョッキーになっていってほしいですか?

木村師 技術的なことはキャリアが必要になってくるでしょうし、1日1日をより正しい方に努力してさえいれば、(技術的なことは)問題としてとらえてはいません。1番になることも確かに重要なんでしょうけど、まずこの社会の中で人として認められることが非常に重要ではないかと思います。そうなって初めて、継続的に何かを成し遂げられるのでしょうからね。

 例えば、まずは隣の人に信頼される。傍らにいる人に信頼されて、厩舎の中で信頼されて、最終的にはこの業界の中で信頼される人間になっていってほしいですね。でもそう言いながら、自分もそうなりたいと思っているんです。だから彼から学ばせてもらっているなと。共にありたいというか。上からという感じではないですね。

――大塚騎手はどんなジョッキーになっていきたいですか?

大塚騎手 自分なりの目標はあるんですけど…。その目標以外にもこのトレセンで認められるような、あのジョッキーはちゃんとしていると思われる存在になりたいと思っています。

――ちなみにその目標は何ですか?

大塚騎手 ジョッキ―になった時にダービーを勝ちたいなと思って、それが目標なんですけど、達成するためにはその前にいろいろとあると思いますので…。

――木村厩舎の馬でダービーを勝てれば1番いいですね? 

大塚騎手 はい、そう思います!

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