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欧州障害競馬界の大手馬主が規模を大幅縮小

  • 2019年05月22日(水) 12時00分

厩舎や生産者など競馬界全体に縮小の余波


 ヨーロッパの障害競馬界における大手馬主であるギギンズタウンハウス・スタッドが、組織の規模を大幅に縮小することになった。ギギンズタウンの所有者であるマイケル・オライリー氏と、同氏の弟であるエディー・オライリー氏が、14日に発表したものだ。

 アイルランドを拠点とする格安航空会社「ライアン・エア」を世界最大手に育て上げ、現在も同社のCEOの座にあるのがマイケル・オライリー氏だ。アイルランドの財界でも有数の富豪となった同氏が、馬の世界に参画したのは今世紀に入った頃で、01年5月5日にフェアリーハウスで行われたナショナルハントフラットを、デヴィッド・ウォッチマンが管理するチューコで制したのが、馬主としての初勝利だった。

 そのチューコが、02年2月24日にナースのG3ジョンズタウンノーヴィスハードルを制し重賞初制覇。05年4月28日にパンチェスタウンで行われたG1スオードルスタウンCノーヴィスヘイスを、マウス・モリスが管理するウォーオヴアトリションで制したのが、馬主としてのG1初制覇となっている。

 そのウォーオヴアトリションは、このレースを皮切りに3つのG1を制し、ギギンズタウンが所有した最初の一流馬となったが、同馬の競走生活におけるハイライトが訪れたのが06年のチェルトナムフェスティヴァルで、スティープルチェイス3マイル路線の最高峰と言われるG1ゴールドCに優勝。ギギンズタウンに、チェルトナムフェスティヴァルを舞台としたメジャー競走初制覇の栄誉をもたらした。

 ギギンズタウンは16年にも、ゴードン・エリオットが管理するドンコサックで、チェルトナムのG1ゴールドCを制している。

 チャールズ・バーネスが管理するウェポンズアムネスティが、チェルトナムフェスティヴァルのG1RSAチェイスを制する活躍を見せた09/10年シーズンに、アイルランドにおける障害リーディングオーナーのタイトルを初めて奪取。そして、12/13年シーズンに2度目の栄冠を手にすると、14/15年シーズン以降は5季連続で首位の座を占め、ギギンズタウンは障害界の最強組織として君臨することになった。

 エイントリーのG3グランドナショナルは、16年にマウス・モリスが管理するルールザワールドで制したのが初制覇。そして、18年、19年と、ゴードン・エリオットが管理するタイガーロールで連覇したのは、皆様のご記憶にも新しいところだろう。

 18/19年シーズンを終えたところで、ギギンズタウンの通算G1勝利数は91まで積みあがっている。

 まさに今、絶頂期を迎えた感のあるギギンズタウンだけに、このタイミングでの「規模大幅縮小」というニュースに、ヨーロッパの競馬サークルは大きな衝撃を受けている。

 その理由についてマイケル・オライリー氏は、「家庭の事情」を挙げた。

 オライリー氏は晩婚で、アニタ夫人と結婚したのは彼が42歳だった03年で、夫人との間にもうけた4人の子供は、今まさにティーンエイジにさしかかろうとしている。オライリー氏の私生活の中で、学校行事を含めた、子供たちと過ごす時間の比重が増してくるにつれ、これと反比例するように減ってきたのが競馬場に足を運ぶ時間で、確かに競馬開催で彼の姿を見かける機会は、かつてに比べると激減していた。そして、今後は益々子供たちと関わる時間が増えることが予想される中、競馬との関わり方を変える決断を下したのである。

 大手馬主や生産者が競馬事業から撤退、もしくは縮小する際、「ディスパーザルセール」と称して、所有馬を一気に売却することは珍しくない。しかし、オライリー氏はそういう手段はとらず、まずは、今年これから行われる障害馬セールで、新規購入を一切行わないことを発表。

 現役馬は引退を機に手放し、新たに馬を仕入れることをせず、4〜5年かけて競馬事業を終息させる方針であることを明らかにしている。これだけの猶予期間があれば、現段階でギギンズタウンの馬を多数管理している厩舎も対応できるはずと、オライリー氏はコメントしている。

 しかし、ひと世代で50頭は購入し、200頭以上の現役馬を所有しているのがギギンズタウンである。年間で1500万ユーロ(約18億7500万円)を競馬産業界に投じていた組織だけに、その撤退は、厩舎だけでなく、生産者、せり会社など、競馬サークルの各所に少なからぬ影響をもたらすことが予測されている。

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1959年(昭和34年)東京に生まれ。父親が競馬ファンで、週末の午後は必ず茶の間のテレビが競馬中継を映す家庭で育つ。1982年(昭和57年)大学を卒業しテレビ東京に入社。営業局勤務を経てスポーツ局に異動し競馬中継の製作に携わり、1988年(昭和63年)テレビ東京を退社。その後イギリスにて海外競馬に学ぶ日々を過ごし、同年、日本国外の競馬関連業務を行う有限会社「リージェント」を設立。同時期にテレビ・新聞などで解説を始め現在に至る。

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