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飛野牧場の意欲が実った快挙/日本ダービー

  • 2019年05月27日(月) 18時00分

伏兵が制覇、歴史は繰り返された


 点滅する着順掲示板を見ながら、「歴史は繰り返す…」というのは本当なのだと思った。わたしは実際には見ていないが、1968年、3強とされた「皐月賞馬マーチス、同2着タケシバオー、同3着アサカオー」の断然人気の3頭が「4着、2着、3着」に沈んでいる。勝ったのは伏兵タニノハローモア(9番人気)だった。

 タニノハローモア(馬番1番)は逃げ切りだが、今年のロジャーバローズ(父ディープインパクト)も実際の中身は逃げ切りに近く、同じ1番からスイスイ行けた馬だった。断トツの1番人気馬は圏外の4着まで同じである。

 勝ったロジャーバローズは、展開を利したタニノハローモア(18戦目、重賞未勝利馬)と違い決して恵まれた日本ダービー制覇ではない。バローズの冠名で知られるオーナーの猪熊広次氏にとって初のGI制覇。名牝ジェンティルドンナ(GI7勝)の母ドナブリーニ(父BertoliniはDanzig直仔)と、きわめて似た血を持つ妹のリトルブック(父LibrettistもDanzig直仔)を英の繁殖牝馬セール名簿に発見し、依頼して高額で落札し、すばらしい馬を生産しようとした新ひだか町の飛野(とびの)牧場の意欲が実った快挙だった。日本ダービー初挑戦でのJRAGI初勝利。すでに凱旋門賞への一次登録は済ませているという。夢は限りなく広がった。

凱旋門賞に登録を済ませているロジャーバローズ(C)netkeiba.com、撮影:下野雄規



 こうやって、時にはいつもと違うオーナー、生産牧場の代表、異なるジョッキーが脚光を浴びないことには、みんな競馬が楽しくなくなってしまうかもしれない。

 種牡馬ディープインパクト産駒の日本ダービー勝利は5勝目。サンデーサイレンス直父系(直仔、孫世代)の日本ダービー優勝は、この28年間で「15頭」目だった。

 最内の1番枠から強気の先行策に出た浜中俊騎手(30)は、前半1000m通過57秒8、レースの前後半バランス「1分09秒8-1分12秒8」=2分22秒6で猛然と飛ばすリオンリオン(父ルーラーシップ)の作る流れを読みつつ、高速レースを鮮やかに乗り切る痛快な日本ダービー初制覇。最後、2着ダノンキングリー(父ディープインパクト)との差はクビ(同タイム)。スパートがもう少し遅くても、逆に早くても危なかったろう。ロジャーバローズ自身のレースの中身は、推定「1分11秒2-1分11秒4」。高速のスピードレースでは、完璧すぎるバランスだった。

 直線とゴール前の進路の取り方に物議をかもした2016年ミッキーアイルのマイルチャンピオンSのあと、それまでの年間100勝ペースから、近年は60勝台。すっかり自信を失う葛藤がつづいていたと思われる。浜中騎手の関東の競馬場での笑顔は久しぶりだった。東京でのGI制覇は2015年のラブリーデイの天皇賞・秋以来になる。念願のダービージョッキーとなった。もう低迷のスランプ脱出だろう。

 1番人気のサートゥルナーリアの直接の敗因はスタートで出負けして流れに乗れなかったことだが、あれはたまたまの出遅れではない気がする。パドックではどの馬より自信に満ちた動きだった。本馬場に入場しても、自制できずに走り出すシーンはなかった。ところが、注目の断然の1番人気馬ゆえ、待っていたのは大歓声。歓声はわたしたち日本の競馬ファンの誇る最大の熱意の現れであり、まして日本ダービー。熱狂は当然のことである。だが、それが最後の直線の攻防ならいいが、近年は、本馬場入場時と返し馬に入るときの絶叫に変わっている。大音響はレース直前の極限のサートゥルナーリアに届いてしまった。もう歓声は味方ではなくなり、待避所に着いて待つあたりからサートゥルナーリアは尋常ではなかった。

 気力の充実や、ほとばしる闘志ではない。何度もなんども激しくクビを上下に振り続けるサートゥルナーリアは、切れる寸前だった。ゲート近くに集合しても激しい感情は治まっていない。成り行きを見ていた人びとは「おそらくまともなスタートは切れないだろう」と心配するだけだった。

 でも、出負けは致命的ではなかったかもしれない。すぐカバーできた。直線坂上、伸びて勝ち負けに加わろうかというシーンもあった。あの形になってはライバルより少し早めに動いたのは当然、上がりの数字は最速の34秒1だった。だが、ゴール寸前は失速した印象も残った。秋を待たなければ分からないが、レース直前のロスがあったとはいえ、アーモンドアイと異なり「一番スタミナ不安があったのはサートゥルナーリアではないのか」の厳しい見方も生じた。たちまち、凱旋門賞挑戦などなしになった。心の傷を癒やした秋のサートゥルナーリアの復活に期待したい。

 2着ダノンキングリーは、直線の中ほどでは届くように映った。しかし、ロジャーバローズは先頭に並んでからの残る2ハロンを「11秒9-12秒0」。2000m通過「1分58秒7」で先頭に立ってからだからすごかった。もうちょっと早く動いていれば…の悔いはあるだろうが、勝った馬を称えるしかない。離して飛ばす馬が出現するとだれだってペースは読めない。戸崎圭太騎手は昨年が「半馬身差」、今年は「クビ差」の連続2着。来年もきっとチャンス大の有力馬に巡り会うはずである。ダノンキングリーは長距離型ではないが、2400m級までならスタミナ不安なしを示した。

 3着ヴェロックス(父ジャスタウェイ)は、直線に向いての反応もう一歩だった。ここまで7戦、さまざまなペースのレースを経験したが、自身の最高上がり3ハロンは「34秒1」が最速。サートゥルナーリアを差し返した今回が34秒3。コースも距離も異なる皐月賞2着が34秒4。まだ発展途上だが、鋭く切れるというタイプではないのだろう。秋は相手をねじ伏せるような力の競馬に持ち込みたい。

 好調教が買われて4番人気のアドマイヤジャスタ(父ジャスタウェイ)は、事前計測516キロの皐月賞の馬体重が、当日「508キロ」。今回も事前計測516キロなのに、当日は「492キロ」。直前は少し控えめにしていただけに、思わぬ体調の変動があったのだろう。M.デムーロ騎手は残り400m過ぎから追うのをやめている。

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1948年、長野県出身、早稲田大卒。1973年に日刊競馬に入社。UHFテレビ競馬中継解説者時代から、長年に渡って独自のスタンスと多様な角度からレースを推理し、競馬を語り続ける。netkeiba.com、競馬総合チャンネルでは、土曜メインレース展望(金曜18時)、日曜メインレース展望(土曜18時)、重賞レース回顧(月曜18時)の執筆を担当。

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