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ウオッカとオグリとドゥラメンテの「手前」

  • 2019年06月13日(木) 12時00分
 ユニオンオーナーズクラブの会報「My Horse」6月号を読んでいたら、面白い記事を見つけた。

「サラブレッドのスポーツ科学」という連載で、JRA競走馬総合研究所の高橋敏之氏が、前回から2回にわたって馬の手前を取り上げたものだ。厩舎関係者向けに発行されている「ぱどっく」の記事を転載したものなので、すでに読んだ人もいるだろう。

 記事によると、ヒトの利き手のように、ウマにも利き手があり、それは左右どちらの手前を好んで走るかと同じと考えていいようだ。

 そして、オランダ混血種を使った研究によると、仔馬のとき放牧地で草を食べる姿勢によって、どちらの前脚を前に出すのを好むかが決まってくるという。

 その好みは、大人になると吊るされた桶からカイバを食べるようになるのでわかりづらくなるが、基本的には変わらないようだ。

 そこまで読んで、以前見たウオッカの写真を思い出した。遠征先のドバイや、繋養先のアイルランドで地面の芝生を食べるとき、だいたい左脚を前に出していた。

 ウオッカは左回りに良績が集中しており、GI7勝のうち6勝を東京競馬場で挙げている。

 角居勝彦調教師によると、右トモをひねって走る癖があり、そこからエネルギーが抜けてしまうことに起因しているのではないか、ということだった。右トモが内側に来る右回りより、外側に来る左回りのほうが走りやすかったのではないか、と。

 そこに、左手前が好きだった(と思われる)ことを重ね合わせると、スムーズにコーナリングができた東京で、特に高いパフォーマンスを発揮したことが頷ける。

 手前から話は逸れるが、担当した中田陽之調教助手はこう話していた。

「ウオッカは、レースのあと東京競馬場から栗東に帰ろうとすると、なぜか怒るんです。そのまま動かずにいるほうが、気分がいいんですかね。本当に東京競馬場が好きなのかもしれません」

 好きな手前のほうが得意で、速く走れると見ていいだろう。左手前が好きな馬は、直線を左手前で走る右回りコースのほうがいいように思われるのだが、ウオッカは逆だった。

 ほかに、どちらかの手前を好んだ名馬としてパッと思い浮かぶのは、オグリキャップだ。

 武豊騎手によると、オグリキャップは右手前が好きだったという。有馬記念を2勝した中山や、マイルチャンピオンシップを制した京都など、コーナーを右手前で走る右回りのほうが、左回りより強かったような気がする。武騎手が乗って勝った1990年の安田記念は確かに強かったが、それ以外は、例えば、「芦毛対決」に沸いた1988年の天皇賞・秋でも、次走のジャパンカップでもタマモクロスに先着を許したし、翌1989年の天皇賞・秋とジャパンカップでは、どちらも2着に惜敗している。

 そして、ドゥラメンテ。堀宣行調教師が「得意の左手前」と話していたように、皐月賞では4コーナーを回りながら手前を左に替えたため、外に大きくふくれてしまった。

 その皐月賞も強かったが、次走のダービーは、さらに強烈だった。直線入口で右手前に替えてから、ラスト300メートルあたりでまた得意の左手前に戻して走っていた(直線の長い東京では、手前を2度替える馬は珍しくない)。

 直線を好きな手前で走るのと、コーナーを好きな手前で走るのとでは、どちらが総合的に高いパフォーマンスとなるのか――ということに関して、左右の回りにおける強さの比較に主観が入ってしまうが、ここに記した3頭はみな後者だった。

 競走研の高橋氏の記事には「手前の好みについては、トレーニングや競走時の回りについても影響されると考えられる」とある。また、「好みの手前があると逆の手前で走るときに怪我をしやすくなるのではないとも考察されている」ともあり、ゆえに、「今後調べていく必要がある」と結んでいる。

 アーモンドアイのように、直線で何度も手前を替える(安田記念は3回ほどとこの馬にしては少なかった)ことは、本当はよくないのか、それとも気にしなくていいのかといったことにも個人的には興味がある。

 今後の「手前」に関する調査結果を楽しみに待ちたい。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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