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長く続いた降級制度の廃止 意外なところで早々に見えてきた変化

  • 2019年07月01日(月) 18時02分
教えてノモケン

▲旧ルール下なら降級しているはずのレイエンダが重賞初勝利 (撮影:下野雄規)


 中央競馬は6月の夏季競馬開始に併せて、クラス分け制度が変更された。長く続いた降級制度の廃止は、歴史的な改革と言えるだろう。

 本稿執筆時点で新ルール施行から4週、開催日数で言えば3場20日を消化しただけで、ルールの核心に関わる部分がどう変わったかを見極めるには、まだ時間が必要なタイミングだが、意外なところで早々と変化が見えている。

昨年なら降級していた馬が…


 6月9日に東西で行われたエプソムC(東京・芝1800m)、マーメイドS(阪神・芝2000m)の両GIII。いずれも1、2着を4歳勢が占め、連対した4頭は昨年までのルールなら降級しているはずの馬だったのだ。

 エプソムCで重賞初制覇を果たしたレイエンダは、レース前の時点で収得賞金が2600万円、2着サラキアは1950万円。マーメイドSの1着サラス、2着レッドランディーニはともに1500万円だった。

 旧ルール下で4歳馬は、夏季競馬の時点で収得賞金が半減していたため、レイエンダは1600万条件(現3勝クラス)、残る3頭は全て1000万条件(同2勝クラス)に編入される馬だった。

 今年も同じルールだったとすれば、この4頭が重賞に出走していたかどうかも疑わしい。当然、自己条件の方が「適鞍」が多く組まれているからだ。

 今年の3勝クラスなら、東京は2週目に芝1600mの多摩川Sが、3週目に芝2000mのジューンSがある。2勝クラスの場合、阪神で1200-2400mまで芝の特別が各1つ、計6つある。

 旧ルールなら降級していた馬、それもオープンの2つ下に置かれたはずの馬が、重賞で連対したことは、それだけ従来式の編成で夏場の中堅クラスのフィールドが強かったことを示している。エプソムC2着のサラキアは昨年9月にGIIのローズSで2着。その後は苦戦が続いていたが、16日には牡馬相手のGIIIで意表を突く逃げ戦法で異変を起こした。

 飼料添加物への薬物混入問題で13頭中6頭が競走除外された函館スプリントS(GIII)でも、従来なら降級対象だったカイザーメランジェが逃げ切り優勝。相手関係が相当に軽かったとは言え、同じパターンで決着した。

中下級条件はやはり3歳優位


 一方、条件クラスを見ると、予想通りと言うべきか、昨年と比べて3歳勢の強さが目立った。夏季競馬開始後の4週で、1勝クラス(旧500万)は東京、阪神、函館で65戦行われたが、3歳勢は36勝2着25回で、勝率11.1%、連対率18.9%を記録した。昨年の同時期(74戦)は25勝2着25回で、勝率、連対率はそれぞれ 8.7%と17.4%だった。

 2勝クラス(旧1000万=28戦)でも、3歳勢は36頭が出走して14勝2着2回3着3回。勝率38.9%、連対率44.4%を記録し、半数近くが馬券に絡んだ。昨年は勝率17.1%、連対率28.6%だったから、軒並み数字を伸ばしたことになる。

 逆に4歳勢は、1勝クラスで勝率が8.3%から6.0%に、連対率も15%から13.3%にそれぞれ低下した。昨年は74戦で半数以上の41勝を占めていたが、うち27勝は降級馬の勝ち星だったから無理からぬところだ。

 2勝クラスに至っては、勝率が14.5%から4.1%に、連対率が30.4%から11.7%に急落した。2勝クラス以上の場合、昨年までなら「4歳馬=降級馬」だった。サラキアのように、牡馬相手のGIIIで連対する水準の馬が、昨年までなら1000万条件を走っていた訳で、斤量の利があっても、3歳勢には厳しい設定だった。

 5歳以上の世代はと言えば、4歳が手薄になった隙を突いて成績を伸ばした。1勝クラスが「3.3%、9.9%」から「4.5%、12.5%」に。2勝クラスも「3.7%、7.9%」から、「4.3%、12.2%」となった。

 ただし、3勝クラス(旧1600万)は、昨年と今年が10戦ずつで、昨年は年長馬が6勝2着7回とリードしていたが、今年は4歳勢が7勝2着5回と完全に逆転した。オープンから降級する馬がいなくても、留め置きの勢力だけで戦えるのだ。

 3勝クラスの場合、昨年も今年も3歳勢不在で、4歳と年長馬が争う構図となる。この時期は3歳クラシック参戦組の多くが夏休みに入る一方、まだ芝のラジオNIKKEI賞(福島・GIII)、ダートのユニコーンS(東京・GIII)と言った世代限定戦がある。

 今年から4歳世代の質が落ちたとは言え、経験値でそう差のない同世代の馬だけで、高額賞金を争う方が有利なのは当然。逆に言えば、7-8月でも3歳勢があえて3勝クラスにぶつけて来れば、要警戒である。

 実際、昨年7月に佐渡Sを勝ったグローリーヴェイズは、菊花賞は5着止まりだったが、今年に入ってGIIの日経新春杯を勝ち、天皇賞・春(GI)では、フィエールマンと大接戦を演じた。

狙い通り…高額条件の頭数増


 ここからは、降級制度廃止の狙いと実情を見ていく。廃止の大きな狙いは高額条件戦の頭数確保だった。夏季競馬開始から9月にかけては、各開催日のメーン競走となるオープンや旧1600万では少頭数戦が目立ち、JRAの悩みの種になっていた。降級廃止により、現級据え置きの馬は当然増える。

 東京、阪神開催終了時点での在籍数は、オープン507頭、3勝クラス449頭で、昨年の同時期よりオープンが69頭、3勝級が84頭も増えた。効果はてきめんで、6月の3勝クラスでは東京の多摩川S(芝1600m)、阪神の垂水S(芝1800m)がともにフルゲートの18頭を集めた。

 多摩川Sは過去7年、同じ6月2週目に行われていて、13-15年はフルゲートだったが、その後は15→11→9頭と急減していた。垂水Sは17年から宝塚記念の週で行われ、過去2年は9頭ずつだったが、今年は倍増した。

 オープンも同じで、6月30日の巴賞(函館・芝1800m)は、9年ぶりのフルゲート16頭立てとなった。巴賞は函館記念の前哨戦格の名物レースで、12年から7月1週または6月30日に施行されたが、この間の最多頭数は13年の15頭だった。巴賞は4歳が3頭、垂水Sは4歳が5頭と急増とは言えないが、多摩川Sは18頭中10頭がを4歳勢。多摩川Sはファストアプローチ、垂水Sはアイスストームと4歳が勝った。

 JRAは頭数確保への執着は、半ば強迫観念に近いものがある。売り上げ確保に加え、かつては当事者を増やすことで談合的な不正をやりにくくする意図もあったと思われる。

 だが、近年は頭数が減っても、売り上げ減につながらない例が少なくない。メンバーの質が高かったにしても、今回の宝塚記念は頭数が前年より4頭少ない12頭立てで売り上げは1.3%増。少頭数の方が3連単などは買いやすくなる面もあり、「頭数増→売り上げ増」の図式になるか否かはなお未知数である。

3歳段階でも早期退出策?


 降級廃止が伝えられた時期に、当コラムでも触れたが、今回の施策の狙いは「早く頭打ちにさせる」ことに尽きる。4歳の夏までに中央2勝なら、間違いなく国内の競走馬全体の中では「気の利いた馬」に属する。昨年までなら、そういう馬にもう1勝のチャンスがかなり開かれていたが、今夏以降は成績を見極めた上で決断を迫られる。

 1勝馬の場合、4歳夏を迎えると活きの良い3歳勢と基本3kgの斤量差(長距離戦はさらに差が大きい)で戦うのだから、よほどの成算がない限り、中央に残すのは相当な負担だろう。短期間とは言え、6月以降の各条件の推移は、大方の予想通りで、時間の経過とともに、新編成を受けた馬の動きが本格的に出てきそうだ。

 似た流れは3歳世代でも見られる。今年からは初秋の中山、阪神で組まれていた限定未勝利戦が姿を消す。もちろん、世代全体での未勝利戦の数は維持され、秋の施行分は前倒しで組まれているが、施行者側が「早く仕上がらない馬に用はない」というメッセージを出しているのは明白だ。

 3月に当コラムで、年明けの新馬戦の出馬ラッシュについて触れたが、この問題に関しても、関係者の間では「新馬戦の編成自体を2歳時に終わらせるのでは」との観測が出ている。

 確かに、なくしてしまえば未出走馬は未勝利戦で優先出走権があるため、関係者の希望した競走に向かえる確率は高くなる。出馬ラッシュが12月に繰り上がることが想定されるが、有馬記念の前週までは中京を含めた3場開催が3週続くため、美浦の馬にも選択肢があるにはある。

 降級と限定未勝利を廃止し、新馬戦は2歳段階で打ち止めとなれば、12年の新馬戦前倒し以来、JRAが一貫して「早熟競馬」を推進しているのがわかる。今年の桜花賞は、18-19シーズンの新馬戦開始2日目に、東京で芝1600m1分33秒6という破格のタイムを出したグランアレグリアが圧勝したが、JRAはそういう競馬を目指しているのだ。

 この方向を推し進めた場合、競走馬のライフサイクルはいずれ相当に変化するだろう。地方競馬も含めた馬の動きにも影響が出る。美浦、栗東で 200馬房削減策が進行中だが、降級廃止もこれと無関係ではない。

 問題は、関係者がこうした変化を受け止められるかどうかにある。人手不足が深刻な地方競馬は、中央を退出した馬の受け皿になれるのか?

 小規模馬主の競馬に関わるモティベーションはどう変化するか? マーケットブリーダーという立場で競馬界の1強として君臨するノーザンファームには悪い話でないのは確かだが…。

※次回の更新は7/29(月)18時を予定しています。
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教えてノモケン! / 野元賢一
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1964年1月19日、東京都出身。87年4月、毎日新聞に入社。長野支局を経て、91年から東京本社運動部に移り、競馬のほか一般スポーツ、プロ野球、サッカーなどを担当。96年から日本経済新聞東京本社運動部に移り、関東の競馬担当記者として現在に至る。ラジオNIKKEIの中央競馬実況中継(土曜日)解説。著書に「競馬よ」(日本経済新聞出版)。

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