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ブラッドスポーツで困ったことに

  • 2019年07月11日(木) 12時00分
 今年もセレクトセールに行ってきた。

 2日目の夕刻、ノースヒルズのテーブルに挨拶に行くと、前田幸治会長はすでに不在だったが、ゼネラルマネージャーの福田洋志さん、私と同じ札幌西高出身の佐藤雄輔さんらがいた。

 同じテーブルに、馬主で弁護士の白日光さんがいた。白さんはときどき拙文を読んでくれているとのことだった。私から見ると、世の中の人は、自分の文章を読んでくれる人と読まない人の2種類に分かれている。「読んでいます」と口にした瞬間、白さんは私にとって素晴らしくいい人になった。

 白さんは、その日、新種牡馬キタサンブラック産駒の牡馬「キープレイヤーの2019」を1300万円で落札した。セレクトセールで馬を落札した人には、自然と「おめでとうございます」と言ってしまう。ここで馬を買えること自体がステイタスだからだ。いくらか予算をオーバーしたようだが、それでも白さんは嬉しそうに見えた。私も、応援する馬がまた1頭増えて嬉しく思う。

 札幌滞在が予定より長引きそうだ。

 胃がんの検査で入院した父は、1年前にあったはずのがんが内視鏡でも組織検査でもなぜか見つからず、いったん退院した。

 すい臓がんのために飲んでいる抗がん剤は胃がんにも効くものだ。それで消えたのかもしれないが、主治医(1年前に胃がんと診断したのは別の医師)は、初期の胃がんにその薬を使ったことがないのでわからない、と首を傾げていた。

 ともあれ、また出てきたとしても内視鏡で切除できる程度のものだろう、と、次は、すい臓がんの手術に向けて、大学病院の消化器外科を受診することになった。

 それに付き添い、今後どうするかを決め、入院することになったら、手続きを済ませなければならない。

 といったことをしているさなかに受け取ったゲラに関して、ちょっとショックというか、困ったことがあった。

 私が、深く考えず「競馬というブラッドスポーツ」と書いたところ、「週刊競馬ブック」の水野隆弘さんから、次のような指摘があった。<「ブラッドスポーツ」の語は、近年、闘牛などの「血を見る、血なまぐさいスポーツ」との本来の意味での認知が優勢になっているようです。ご検討いただければ幸いです>

 ネット検索してみたら、ウィキペディアにこう記されていた。<ブラッド・スポーツとは、動物に暴力をふるう、あるいは動物同士を戦わせて楽しむスポーツであり余興である>

 そのページの「ブラッド・スポーツの一覧」のなかに、キツネ刈りや闘犬、闘鶏などのほか、牝馬をめぐって牡馬同士を闘わせる「闘馬」というものもあった。

 競馬を好きになった人間の感覚からすると、あまりいい印象のものではない。

 サラブレッドの血を後世につないでいくという意味の「ブラッドスポーツ」は後発の造語で、和製英語だった、ということか。

 いや、参った。自分の不勉強のせいではあるのだが、伝統とロマンと力強さを感じさせる素晴らしい表現だと思って使っていた言葉が、まるで違う意味で広く使われているとなると、都合が悪い。

 知らないふりをして、競馬の原稿では従前どおり使いつづけてもいいのだが、知ってしまうと、やはり、考えてしまう。

 ほかにどんな言い方があるだろう。

「ペディグリー(血統)スポーツ」だと、ペディグリーというドッグフードがあまりにもメジャーなので、響きがかわいらしすぎる。

「血をつなぐスポーツ」「能力を後世に伝える競技」という意味で、「ブラッドスポーツ」に替わる和製英語を考え出さねば。セレクトセールにおけるバイヤーたちの攻防も、「××」としての競馬の醍醐味と言えるだろう──というふうに使える表現を。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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