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芸術の秋、競馬の秋

  • 2019年09月05日(木) 12時00分
 久々に帰京すると、仕事場に、横溝正史ミステリ大賞優秀賞受賞作『女騎手』などの著者である蓮見恭子さんの新刊『MGCマラソンサバイバル』(光文社)が届いていた。ちょっとだけのつもりで手に取ったら、一気に読み終えてしまった。いや、面白かった。

 MGCとは「マラソングランドチャンピオンシップ」の頭文字で、東京オリンピックの男女マラソン日本代表を決めるレースとして、実際に来週日曜日、9月15日に東京で開催される。

 本書は、その女子代表を決めるレースを描いた小説である。

 日本記録となっているタイムや、過去のオリンピックや東京国際女子マラソンの結果などは実在の人物によるもので、作中で代表を争う登場人物はフィクションだ。そのあたり、種牡馬名やレコードなどは実馬のそれを用い、登場する人馬はフィクションという競馬小説に通じるものがある。

 実は、競馬ファンにぜひ読んでもらいたいと思うツボが、ほかにもある。

 代表を争う橋口樹里亜(はしぐち・じゅりあ)の所属チームの監督、古賀元(こが・はじめ)が、大の競馬好きなのだ。古賀は、エリモジョージやイクノディクタス、ホクトベガ、ミホノブルボンといった競走馬の名を挙げながら樹里亜を指導する。そして、不整地のアップダウンを利用した「坂路調教」と名付けたトレーニングも彼女に課している。往年の名馬を知っているということは、すなわち、ずいぶんいい年のオヤジであり、清潔感やスマートさはない。しかし、そのぶんあたたかく、包容力がある。登場するコーチのなかで、存在感は群を抜いている。

 作中で視点人物となるランナーは有力選手の5人。 読み進めるうちに、自然とそのひとりに肩入れし、応援している自分に気づく。私が肩入れした選手は勝てなかったが、それでも、作中のレースが終わってしまうのが寂しくなるぐらい楽しめた。

 蓮見さんのおかげで、物語の世界に浸る愉楽の時間を過ごすことができたと同時に、9月15日のMGCがより楽しみになった。

 さて、今週の火曜日、9月3日まで、銀座ニコンサロンで、フォトジャーナリストの岩波友紀さんの写真展が行われていた。

 岩波さんは震災を機に福島に移り住んだ人で、毎年相馬野馬追で会ううちに親しくなった。1977年、長野の出身。「ユキ」という名前だが、男性である。私が小高郷の蒔田保夫さんのお宅に泊めてもらって野馬追取材をしていたある朝、起きて居間に行くと、取材に来た岩波さんがテーブルで味噌汁を食べていた。

「Blue Persimmons」と題するこの写真展は、東日本大震災と原発事故後の福島をテーマにしたものだ。競馬や野馬追に関する写真は展示されていなかった(正確には、震災のため野馬追に出られなかった人の写真が1点だけあった)が、破棄せざるを得なかった柿が雪の積もった土手に絨毯のようにひろげられている写真などは、胸に迫るものがあった。

 来週の木曜日、9月12日から25日まで、大阪ニコンサロンで同じ写真展が行われるので、興味のある方は、足を運んでみてはいかがだろうか。ただし、日曜休館なので、ご注意を。

 また、競馬場や馬産地の写真でおなじみの川井博さんの写真展も、9月19日から25日まで、こちらはキャノンギャラリー銀座で行われる。日・祝休館とのこと。

 今週末、競馬開催が中山、阪神の中央場所に戻ってくる。秋競馬の開幕である。

 前述したMGCが行われる来週日曜日には、パリロンシャン競馬場でキセキが出走するフォワ賞が行われる。

 そして、10月6日には、そのキセキのほか、ブラストワンピースとフィエールマンも出走を予定している凱旋門賞がある。

 行こうかどうか迷っていたのだが、つい先ほど、凱旋門賞前日に横浜で行われる展示会関連の公開収録番組の出演依頼があったので、そちらを受けることにした。

 芸術の秋、競馬の秋である。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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