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【ジャパンC】初の外国馬不在に 「国際招待」の看板降ろす選択も (無料公開)

  • 2019年11月23日(土) 18時00分
教えてノモケン

▲昨年はアーモンドアイがレコード勝利、外国馬は2頭が参戦していた (撮影:下野雄規)


 ちょうど1年前にも、当コラムでジャパンCの外国遠征馬が著しく減っている問題に触れたが、今年はついに遠征馬が姿を消した。第1回特別登録を翌日に控えた11月9日、JRAは外国出走馬がゼロになると発表した。レース創設から今年で39回目だが、遠征馬不在は史上初。併せて、12月1日のチャンピオンズC(中京、GI・ダート1800m)でも、外国馬が出走しないことが決まった。

 今年は現時点で外国調教馬が中央で1頭も出走していない(地方は東京大賞典=大井・GI=、全日本2歳優駿=川崎・L=が出走可能)。このまま行けば、年間でも外国馬出走ゼロとなり、JRAが対外開放に動き出す以前に逆戻りする公算が大きい。

 一方で日本馬は今年、既に海外GIを既に5勝しており、年間最多タイを記録している。顕著な「輸出超過」の背後には何があるのか?

特殊装具巡り最後の1頭も…


 遠征馬勧誘での苦戦は昨日今日の話ではない。昨年もサンダリングブルー(英)、カプリ(愛)の参戦が発表されたのは第1回登録当日だった。

 今年も参戦の動きがないまま推移していたが、登録2日前になって豪GI、メルボルンCで3位入線後に2位マスターオブリアリティ(セン4)の降着で2着に繰り上がったプリンスオブアラン(セン6)の陣営が、ツイッターで日本行きを表明した。

「遠征ゼロは回避か」とメディアは色めき立ったが、当のJRAは慎重な態度のまま。翌9日、理由が判明した。午前中に同馬の回避が公表され、舞台裏の事情も表に出た。問題はバリアブランケットと呼ばれる特殊な装具の使用の可否だった。

 海外中継で時折、馬服に似たものを着けたままゲートに入る馬を見る。どうやって外すのか不思議に思っていたが、この装具にはフックがついていて、ゲートの支柱に引っ掛けるという。馬がゲートを出て走り出すと勝手に外れる。枠内で挙動の怪しい馬を落ち着かせる効果があるとされるが、日本では使用不可。プリンスオブアラン陣営は、この装具の使用を参戦の条件にしていて、調整がつかなかったのだ。

 JRAの一連の対応について、「硬直的」と指摘する意見も一部で出た。だが、ルールを変えてまで同馬を呼ぶことが、ジャパンCの価値を高めたかといえば極めて疑わしい。

 同馬は38戦6勝。昨年と今年、豪州遠征でハンディGIIIを2勝しただけで、メルボルンC前の時点で国際レーティング(RT)は113だった。メルボルンCのメンバー中、RT首位はマスターオブリアリティの118で、鼻差2、3位で入線した両馬のハンディ差は1.5kg。同レースのレーティングは未確定だが、マスターオブリアリティを据え置いた場合、プリンスオブアランは115程度か。

 RT115は、JRAが外国調教馬の輸送費と滞在費を負担する際の下限となっている。昨年のサンダリングブルー(10着)は119、カプリ(11着)は118だった点を考慮すれば、呼んだところで、国際レースの体裁を保つための員数合わせ程度にしか受け取られないだろう。

見えてきた世界の競馬の秩序


 メルボルンCは国内でもJRAが馬券を発売。日本のメールドグラース(牡4)が1番人気に推された。ロスの多い内容で差し届かずの6着に終わったが、その前の10月19日にはコーフィールドC(芝2400m)を快勝し、GI初制覇を果たしていた。

 また、1週後の26日にはリスグラシュー(牝5)がコックスプレート(芝2040m)をやはり国内1番人気で快勝。宝塚記念で国内牡馬の一線級を完封した実力がダテではないことを示した。

教えてノモケン

▲コーフィールドCでGI初制覇を果たしたメールドグラース (撮影:Racing Photos)


教えてノモケン

▲コックスプレートを制したリスグラシュー (撮影:Racing Photos)


 リスグラシューは4月末に香港GI、クイーンエリザベスII世Cに参戦(3着)したため、豪州の厳格な防疫条件に引っ掛かり、当初は遠征が困難と思われていた。だが、レース全体の格や日本での発売をにらんで施行者側は同馬の誘致に積極的に動き、防疫当局との交渉の末、出走にこぎ着けた。

 ジャパンCのプリンスオブアランとは対照的な経緯に映るが、RT119(実質123)のリスグラシューと同列に論じるのはバランスを失した議論だ。

 むしろ、一連の過程は現在の国際的な競馬の秩序の一端を示していると思える。ダートを別として、世界の競馬は欧州、北米、アジア、オセアニアの4極で構成されるが、実際は欧州とそれ以外が、力関係と施行のあり方の両面で分裂しており、日本が双方の間の溝にはまり込んでいるように映るのだ。

 今回、メルボルンCに出走した24頭中18頭は欧州産馬で、11頭は欧州調教。オセアニア産はわずか4頭だった。このレースに限らず、オセアニアの中長距離路線は近年、欧州産馬への依存を深めており、日本の現役馬が輸出されて現地でGIを勝つ事例が出始めているのは、導入元の多角化の結果である。

 香港もオセアニア産馬が主力を占めるため、伝統的に1200〜1600m路線に強く、中長距離は手薄。世界最大の生産国である米国でさえ、芝は非主流のため、欧州からの移籍馬が多い。今年のブリーダーズCターフを優勝し、来年から日本で種牡馬入りするブリックスアンドモルタル(父ジャイアンツコーズウェイ)は例外的存在と言える。

 現在の日本競馬は、7000頭余りの生産頭数で、芝の短距離から中長距離、さらに北米のダートに至るまで、全ての領域に参加を試みている。このうち、最も結果が出ているのが「非欧州の芝」領域といえる。

 ジャパンCに限らず、日本の主要競走への遠征が少ないのは、外に出て行く馬の属性の問題である。今回のメルボルンCには、アイルランドの名伯楽、エイダン・オブライエン調教師の管理馬が7頭も出走した。一方で、最も格上のマスターオブリアリティでもRTは118。いわば一軍半の賞金稼ぎで、こうしたタイプの馬にとって、敷居が高くなりすぎたのが、遠征馬減少の最大の理由である。

種牡馬検定の舞台では…


 日本馬が今年、海外であげたGI勝利の内訳は、豪州で2勝、香港、アラブ首長国連邦(UAE)、英国で各1勝である。ディアドラ(牝5)が長期遠征の末に英サセックスであげたナッソーSの勝利は値千金だが、残る4つは非欧州圏。

 7歳の高齢とは言え、シュヴァルグランがドバイシーマクラシックで2着と好走しながら、英国のGIでは2度とも大敗した結果は、現在の日本の立ち位置をよく示している。日本に似たコース形態で、そこそこタイムの出る芝なら勝てるが、欧州の主流路線で苦戦する「中二階」である。

 では、世界的に見て「稼ぐ種牡馬」はどこで選別されるか? 欧州の芝か北米のダートである。それぞれが自己完結していながら、折に触れて交流もある。日本の競馬が本当の意味で世界トップに位置づけられる条件は、この2つの路線で結果を出し、種牡馬として高く評価されるような馬を輩出することである。

 現在の日本のトップランナーであるノーザンファーム(NF)が、本気でここに向かおうとしているかは、疑わしい面がある。主力がクラブ法人所有のため、目先の賞金確保が優先されている感は否めない。

 日本の高速馬場とは対照的な欧州の芝も、スピードが出る北米のダートも、日本の競馬とは相当に異質で、国内とは違ったアプローチが要求されるが、現在のNFは良くも悪くも日本の現実に最適化する道を選んでいるように見える。

 この問題は本稿の論点からは外れるが、非欧州圏の芝路線で現在のレベルの競争力があれば、一軍半の賞金稼ぎはブロックできる。

「国際招待」の看板降ろす選択も


 ジャパンC創設は、日本の競馬の国際化の序幕だった。節目の第40回まで1年という時点で、外国馬が不在となった状況をどう受け止めるべきか? 政情不安で開催への影響が懸念される香港国際競走(12月8日)には、今年も日本から11頭が出走予定。香港にしても、ドバイ国際競走にしても、施行者の招待なしには行けない。

 迎えられる馬がこれほど多いことは、競争力向上の結果であり、それだけでもジャパンC創設の目的は十分に達せられたと言える。今は馬券発売もあり、競走資源の流失による業績へのダメージもある程度はカバーされている。

 一方で、当のジャパンCが空洞化した現実が、一片の苦みを伴うのも確かだ。それ故、煩雑な検疫の手順や、高速化した芝の状況が問題になる。

 ただ、実は芝の高速化は香港でも進んでいる。今年のクイーンエリザベスII世Cはウインブライトが1分58秒81のレコードで優勝したが、香港はゲートが開いた瞬間から計時するため、日本より見た目のタイムが遅くなる。日本と同様、5mほど通過した地点から計時すればもっと速くなる。

 10月12日に台風19号が通過した際は、実に327mmの降雨があったが、東京の芝は20時間足らずで良に回復した。この排水能力こそが、通年開催を支えている。外国馬を呼ぶために芝の造りを変えた場合、高温多雨の日本では、雨による開催中止が頻発するだろう。

 一方で、検疫については改善の余地もあろう。実際、来年の東京五輪・パラリンピックでは、海外の競技馬が入国後、JRA馬事公苑に直行する。競馬の遠征馬も競馬場に直行できる形が望ましく、実現に向けた取り組みの加速が期待される。

 ただ、京都の改修が始まり、開催時期や開催場の移設は当面、現実的な選択ではなくなった。今こそ長期的な観点で、国際レースのあり方を見直す好機であり、大胆な議論が期待される。国際招待の看板を降ろしたチャンピオンズC(旧ジャパンCダート)の方向も排除すべきはでない。

※次回の更新は12/23(月)18時を予定しています。
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1964年1月19日、東京都出身。87年4月、毎日新聞に入社。長野支局を経て、91年から東京本社運動部に移り、競馬のほか一般スポーツ、プロ野球、サッカーなどを担当。96年から日本経済新聞東京本社運動部に移り、関東の競馬担当記者として現在に至る。ラジオNIKKEIの中央競馬実況中継(土曜日)解説。著書に「競馬よ」(日本経済新聞出版)。

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