スマートフォン版へ

「海外GI年間最多勝」も露呈した課題 日本は何をしてこなかったのか?

  • 2019年12月23日(月) 18時02分
教えてノモケン

▲香港Cを制し、香港GI2勝目となったウインブライト陣営 (撮影:高橋正和)


 12月8日の競馬は、国内外とも話題の多い日となった。国内メーンの阪神JFではレシステンシアが鮮やかに逃げ切り、無敗の3連勝でGI制覇。ノーザンファーム(NF)生産馬はGIの連勝記録を8に伸ばし、年間でも17勝と昨年の最多記録を更新した。

 中山では藤田菜七子騎手(22)がGIIIのカペラSをコパノキッキングで圧勝し、騎乗23回目にして中央重賞を初制覇。女性騎手が中央の平地重賞を勝ったのは史上初だ。

 この2つに比べて、日本調教馬が1日にGI3勝の荒稼ぎを演じた香港国際競走のインパクトはどの程度だったか。1日GI3勝は2001年のGI3戦全勝以来18年ぶりだが、今年はそれまでに海外GIを5勝。「また勝ったか」と思う人がいてもおかしくない。

 実際には、今年3月にアーモンドアイがドバイ・ターフを勝つまで、日本馬は約1年11カ月も海外GI勝利から遠ざかっていた。巡り合わせもあり、競馬で勝つのは簡単ではない。ただ、今年の日本馬が残した成果は、そのまま日本競馬の現住所、さらには残された壁の高さを物語る。

国内GI未勝利馬が2勝


 今年は香港の緊迫した政治情勢が半年も続き、国際競走にも影を落とした。欧州勢がGI4戦で計10頭。前年より4頭少なかった。その分、主催者側の日本馬への期待は大きかっただろう。

 当初はアーモンドアイが参戦する予定だったが、出発直前に微熱で遠征を取りやめ、それに先だってオークス馬ラヴズオンリーユーも断念。当初の11頭から9頭に減ったが、それでも主催者の期待には十分に応えるデレゲーションだったことは確かだ。

 結果は芝1200mの「スプリント」を除いてGIを3勝。01年は同レースがGIに昇格する前で文字通り「スウィープ」だったが、それ以上に特徴的なのは今回の内容。

 芝2400mの香港ヴァーズで、GI未勝利のグローリーヴェイズが優勝。中位追走から、直線で日本のラッキーライラックが一度抜け出しかけた時点で、ジョアン・モレイラがタイミング良くスパート。一気に後続を振り切り、ラッキーライラックに3馬身半差をつけた。3着がエグザルタントでその後に日本のディアドラが追い込み、あわや日本馬が馬券圏内を独占かと思わせた。

教えてノモケン

▲国内GI未勝利ながら、香港ヴァーズを勝利したグローリーヴェイズ (撮影:高橋正和)


 芝2000mの香港Cは、日本から唯一の参戦となったウインブライトが、エイダン・オブライエン厩舎(アイルランド)のマジックワンドに競り勝ち、4月末のクイーンエリザベスII世C(QEII)に続き香港GIを2勝目。同馬も国内GI未勝利だ。

海外GI43勝中19勝の金城湯池


 この結果、今年の日本馬の海外GI8勝のうち、4勝が国内GI未勝利馬によるタイトルとなった。グローリーヴェイズ、ウインブライトのほか、豪州GI・コーフィールドC(芝2400m)をメールドグラースが勝った。

 香港での3勝のうち、国内GI勝ち馬は「マイル」(芝1600m)のアドマイヤマーズだけだった。同レースは日本勢がGI馬4頭の強力な布陣で臨んでおり、層の厚い地元勢を相手に勝ち切った価値は高い。昨年圧勝のビューティージェネレーション(セン7)に衰えが見えていたとはいえ、史上初の3歳での同レース制覇である。年明けに発表されるレーティングも、相当に上がる可能性がある。

教えてノモケン

▲史上初、3歳で香港マイルを制したアドマイヤマーズ (撮影:高橋正和)


 日本馬はこれで香港国際競走でGIを通算13勝。春のQEII、チャンピオンズマイルを含めると、香港でGI19勝を数える。日本馬の海外GIで通算43勝だから、全体の44%を占める金城湯池だ。

 内訳は香港C、香港マイルが4勝ずつで、「ヴァーズ」が3勝と「スプリント」がロードカナロアの2勝。QEIIは5勝に上る。北海道や小倉への陸送よりも短時間で渡航できる「海外」で、日本馬の得意な中長距離が手薄と来ている。昨年は地元勢がGI4戦でスウィープを決め、中長距離での戦力強化をアピールしたが、安定的に力を出すだけの層は、まだ伴っていないか。

 全43勝の国別の内訳をもう少し詳しく見ると、香港に次いで多いのがアラブ首長国連邦で8勝。ドバイ・ターフの5勝が光り、ドバイ・シーマクラシックも2勝。ドバイW杯はメイダンが全天候馬場だった11年のヴィクトワールピサの1勝である。以下、豪州が6勝でフランスが5勝。英国とシンガポールが各2勝で、米国は05年にシーザリオが圧勝したアメリカンオークスの1勝だけだ。

 注目すべきは今年の豪州で、コーフィールドCの翌週には伝統のコックスプレートをリスグラシューが制した。香港所属馬の多くはオセアニア産だから当然、特徴も似ている。こちらも短距離やマイルの層が厚く、中長距離は手薄。そのせいか、日本勢の6勝中、マイル以下は2勝の一方、コーフィールドCは今回が2勝目で、メルボルンC(芝3200m)も05年にデルタブルースが勝っている。

 豪州は検疫が厳格な点がネックだが、日本ではGIに手の届かなかったトーセンスターダムやブレイブスマッシュが移籍してGIを勝っている。メルボルンCも頭数は多いが、頼りは欧州からの移籍馬と遠征馬。この先、日本で超一流に届かないクラスが活躍する余地は十分ある。

「非欧州圏芝」のお山の大将


 前回は今年のジャパンCで遠征馬が姿を消した問題に触れた。香港国際競走の結果はそのまま、「遠征馬がなぜ消えたか」という設問への答えになっている。

 今回、欧州から参戦した10頭中、レーティングが115(牝馬はアローワンスを考慮して111)以上だったのは半数の5頭。残る5頭は日本のGIに出走意思を示したとしても、輸送費と滞在費の補助が出ないのだ。

 結果を見ても、香港Cのマジックワンド(114=牝4)が2着に入ったのが目につく程度。香港ヴァーズでは欧州から7頭が参戦して最高で5着。日本馬に先着した馬はいない。将来、香港ヴァーズにも欧州馬が来なくなる日が来るかも知れない。結局、日本馬は豪州や香港にせっせと通って、日本に来る可能性がある馬の頭を抑えているのだ。

 前回も触れた通り、彼らは欧州の一軍半であり、来たところで日本の競馬の地位が高まる訳ではない。一方、今年の香港国際競走は、売り上げが史上最高の約17億1000万香港ドル(約239億4000万円=10レース施行)だったが、うち域外分は3億3400万香港ドル(46億7600万円)で2割近くを占める。

 日本での発売はオッズが別で、売り上げも域外分に含まれていないが、香港ジョッキークラブは直前に、「ヴァーズ」と「スプリント」の発走時間をそれぞれ5分遅らせ、中山の10、11レースと重なるのを避けた。結果的にJRA発売分は4競走で30億5679万5500円と、域外分の約65%に相当する。

 これだけ食われても、阪神JFの単体売り上げは約124億9249万円。改めて日本の馬券大国ぶりには驚く。「香港は成功している。日本でもカーニバル開催を」といった議論も多いが、こうしたファクトへの評価から出発する必要がある。

 ともかく、この1年で見えたのは、日本が「非欧州圏の芝」という何とも微妙なカテゴリーで、お山の大将的な地位に就きつつあるという流れだ。「微妙な」と表現したのは、世界的な種牡馬育成・選定の主戦場ではないという意味だ。

 非欧州圏には積極的に参戦しているNFも、凱旋門賞以外の欧州の主流路線にはそう熱心でない。賞金、馬代金、維持費のすべてが高い日本の「インフレ麻雀」が魅力的なのか、海外で種牡馬として売れる馬づくりを目指していないのがよくわかる。

日本は何をしてこなかったか?


 日本馬にとって、欧州の芝主流路線と並んで高い壁となっているのが、北米のダートである。今年のブリーダーズカップ(BC)にも、日本からはBCスプリントのマテラスカイ、BCジュベナイルのフルフラットという栗東・森秀行厩舎の米国産馬2頭だけが参戦し、8、5着に終わった。

 BCダートマイル(GI・約1600m)には、韓国のブルーチッパー(セン4、米国産)が出走して3着と好走した。日本馬は「BC」と名のつくレースで3着以内に入ったことがなく、先を越された形である。逃げたスパントゥラン(牡3)の直後を追走し、直線で振り切られたがよく粘り、同馬とは4馬身差。レーティング120で人気に推されたオマハビーチ(同=2着)とは1馬身4分の1差だった。

 韓国はダートのみの施行で米国産馬が多いとはいえ、競馬全体のレベルを思えば、「日本が何をしてこなかったか」を示す象徴的事例と言える。

 今後、こうした未開拓の領域にどこまで本気で取り組むかは、日本の競馬産業に投じられた極めて重い質問である。「競馬は所詮、国の数だけガラパゴスが並び立つ世界」と割り切って、現在の路線を進むのも有力な選択肢である。

 この場合、伝統国と新興国の間の「中二階」の地位を保つだけの売り上げと競走の質の維持が課題になる。これとて、少子高齢化が進む日本の現実を思えば、長期的には容易でなく、十分に意味はあるだろう。

 欧州の芝主流路線や北米のダートでも現在以上の成果を目指すのなら、従来とは異なる方法論が求められる。現時点で、こうした選択の主体になり得る勢力は、国内ではNFしかいないが、NFは国内の不特定多数の人々から資金を集め、主にJRAの賞金で還元しつつ、自らが持つ馬資源の価値を高める戦略を取っている。

 ドバイや香港への参戦は、国内の延長線上にある。欧州の主流や北米のダートで本気で戦うなら、資質を示した馬を売らないと投資を回収できないため、NFがこの方向を選ぶ可能性は低そうだ。一方、見る側も「海外GI」とひとくくりに見るのでなく、欧州や北米と、香港やドバイ、オセアニアを区別して見る観点が求められている。

※次回の更新は1/27(月)18時を予定しています。
コラムテーマ募集
教えてノモケン! / 野元賢一
このコラムでは、コラムニストに解説してほしいテーマを募集しています。
競馬で気になっている話題を、下記フォームからお寄せください。
質問フォームへ

このコラムをお気に入り登録する

このコラムをお気に入り登録する

お気に入り登録済み

1964年1月19日、東京都出身。87年4月、毎日新聞に入社。長野支局を経て、91年から東京本社運動部に移り、競馬のほか一般スポーツ、プロ野球、サッカーなどを担当。96年から日本経済新聞東京本社運動部に移り、関東の競馬担当記者として現在に至る。ラジオNIKKEIの中央競馬実況中継(土曜日)解説。著書に「競馬よ」(日本経済新聞出版)。

バックナンバー

新着コラム

アクセスランキング

注目数ランキング