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【有馬記念】史上3位タイの快時計で駆け抜けた女傑

  • 2019年12月23日(月) 18時00分

競走馬生活終盤のさらなる進化は例がない


「2分30秒5」の勝ち時計は、史上3位タイの快時計だった。レース全体を前後半の1200mに2分すると「前半1200m1分10秒6-(6秒2)-後半1200m1分13秒7」。

 最後の4コーナーまでラップは離して飛ばしたアエロリット(父クロフネ)のものだが、中間地点にさしかかった1200m通過「1分10秒6」は、04年ゼンノロブロイの大レコード2分29秒5(逃げたのはタップダンスシチー)、2位の09年ドリームジャーニーの2分30秒0(飛ばしたのはリーチザクラウン)の年を上回る速さだった。あくまで果敢に行った先頭馬のペース比較だが、レース前半は史上もっとも速いペースだった。

 ただし、リスグラシュー(父ハーツクライ)の時計はハイペースゆえの快時計ではない。ただ1頭だけ後半3ハロンを34秒台(レース上がりは37秒6)で突き抜け、5馬身差。その5馬身の差は残り200m標識を過ぎてあっというまにつけた差だった。

 後続は道中離れたため、途中から追撃に入らざるを得なかった。したがって、見た目以上に厳しい追い上げになり、結果、ほぼ中間地点でちょうど中団8番手前後にいたアーモンドアイ(父ロードカナロア)より前にいた先行7頭は、最後はそろって10着-16着。アーモンドアイよりうしろに位置していた8頭が、1着-8着独占だった。

 きつい流れによりレースが壊れたわけではない。まったく逆で、きびしい流れのため苦しい力関係と思われたグループの台頭はなく、上位5着までに入った馬はみんな7番人気以内の脈ありの有力馬だけだった。

 5馬身も抜け出したリスグラシュー(父ハーツクライ)の内容は、それこそ絶賛に値する。2分31秒台で入線した6着シュヴァルグラン(父ハーツクライ)まで、例年の勝ち時計以上であり、開催時期にもよるが、快時計が続出した90年代-2000年代より現在の12月後半の馬場が速いわけではない。5馬身以上も離されたグループが平凡だったのではなく、リスグラシューの中身があまりにも傑出していたのである。

 終始アーモンドアイ、スワーヴリチャード(父ハーツクライ)、フィエールマン(父ディープインパクト)、そして一歩速くスパートしたサートゥルナーリア(父ロードカナロア)を射程に入れて進んだリスグラシュー(D.レーン)は、ムチを抜こうとする素振りもなかった。前が詰まらないように1番外に出し、最後までノーステッキだった。

 2週連続して坂路51秒台で追って、初の中山に遠征して468キロの馬体重は、デビュー時より30キロ以上も増えて自己最高体重。初の2500mをノーステッキで歴代3位タイの2分30秒5。3歳時-4歳前半までどうしてもGIに手の届かなかった牝馬が、これで楽々とGI3連勝。競走生活の終盤に充実を示した名馬がいないことはないが、さすがにここまでの変身は例がない。引退は…残念だが、仕方がない。初年度の交配相手は、おそらくロードカナロアではないかとされる。

重賞レース回顧

引退が惜しまれるリスグラシュー(撮影:下野雄規)


 2着に押し上げた3歳サートゥルナーリアは、レース直前の気負い、イレ込みがやっと解消していた。折り合いの不安がなくなり、2度目の騎乗となったC.スミヨン騎手の仕掛けを待つことができた。得意の中山コースとはいえ、2500mを2分31秒3で乗り切れた。今回は完敗でも、スローの神戸新聞杯独走とは、記録の中身がちがう。4歳の来季は信頼感あるエースとなれるだろう。

 ワールドプレミア(父ディープインパクト)も、懸念のイレ込み癖が1戦ごとになくなってきた。今回の3着は、流れと有力馬の仕掛けのタイミングを読み切った武豊騎手の作戦勝ちは否定できないが、サートゥルナーリアとは首差、同じ3歳のヴェロックス(父ジャスタウェイ)には大きく先着。距離、相手によって正攻法のレースもできそうな成長を見せてきた。ここまで【3-1-3-0】。崩れないのが底力の証明だろう。

 フィエールマンは、流れを読んで道中でライバルと同じ位置まで一旦下げる実に巧みなレース運び。一気のスパートも作戦通りだったと思えるが、予測されたより全体のペースがかなりきつかったのが誤算。速い脚が長続きしない弱みが出てしまった。

 すばらしい状態と映ったキセキ(父ルーラーシップ)は、ちょっとだけ出負け。前半の位置取り争いが厳しく、なおかつハイペースなので動くに動けず、途中で自分の位置に押し上げることができなかった。切れる馬ではないので、この形は苦しい。

 断然人気のアーモンドアイ(父ロードカナロア)は、パドックの気配は上々。ゆったり大きく見せる好状態だった。馬場に先出しで気負いを見せるのは珍しいことではなく、凡走は考えられなかったが、この速いペースを追走しながら終始行きたがっていた。これが大きな敗因のひとつか。軽い発熱の影響はなかったはずだが、出走予定(ローテーション)の変更が、牝馬の体調キープに微妙に影響した内面が、レース中のアーモンドアイらしくない気負いにつながってしまったのかもしれない。陣営の落胆も大変なものだったが、ファンのショックも大きかった。雨も降り始め、あっというまに帰途についた。

 最大のライバル=リスグラシューとあまりに対照的な結果になったのは実に残念。牡馬を上回る能力を持つ名牝続出の時代だが、この有馬記念に限定すると、1番人気に支持された牝馬は通算【1-2-0-4】。2番人気馬も今年のリスグラシューを入れて【2-0-1-4】。能力通りの快走か、意外な凡走か、なぜか極端になってしまう不思議な歴史がつづいている。

 12着に失速したスワーヴリチャードは、レース直後にO.マーフィー騎手が早めに下馬して心配されたが、故障ではない模様。1週前に猛然と動いたため、輸送を控える直前に控えたのは慎重な仕上げだった。ちょっと良く映りすぎたあたりは、もうベテランになったため輸送で以前ほど馬体減りしなかったためだろう。

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1948年、長野県出身、早稲田大卒。1973年に日刊競馬に入社。UHFテレビ競馬中継解説者時代から、長年に渡って独自のスタンスと多様な角度からレースを推理し、競馬を語り続ける。netkeiba.com、競馬総合チャンネルでは、土曜メインレース展望(金曜18時)、日曜メインレース展望(土曜18時)、重賞レース回顧(月曜18時)の執筆を担当。

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