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吉田勝彦アナウンサー、実況最後の日

  • 2020年01月14日(火) 18時00分

こだわり抜いた“そのだひめじ 実況ひとすじ”


 前回は63歳、的場文男騎手に“あっぱれ!”だったが、今回はさらに上、82歳、吉田勝彦アナウンサーの“あっぱれ!”だ。

 1月9日、この日で競馬実況を引退する吉田勝彦さんの60年以上に及ぶ園田競馬場での最後の実況を見届け、聞き届けてきた。

最終レース後に行われたセレモニーにて、小牧太騎手と


 もともとは2019年の大晦日を最後にという案もあったようだが、大晦日ではニュースバリューとして扱いが小さくなってしまうということがあり、7年半ぶりに復活する姫路開催に変わる前の園田での実況引退となったようだ。

 この日、予定されていた吉田さんの実況は1、2、5、6の4レース。第1レースは淡々とはじまり、第2レースも普段どおり、しかしその実況はまさに“吉田劇場”だった。

 第5レースではおなじみ、最後に声のトーンが上がる「ゴールイン!」が聞かれた。そして迎えた第6レース。「スタートしました!」は普段以上に気合が入っているように思えた。ゴール前は、4コーナーで5番手にいた馬が突っ込んでの接戦に「替わったかぁ?」という掛け声。ゴールを過ぎてから向こう流しの描写は、最後の実況を名残惜しんでいたのか、普段よりいくぶん長いように思われた。

 最後の実況を終えると、スタンド前にいたファンは振り返って実況席のほうを見上げ、拍手と歓声。最後の2レースの実況席は代表取材のカメラに限られていたため、その場では見ていないのだが、あとでその映像を見たところ、こらえていたものが一気に溢れたようだった。「競馬場で泣いたのは初めてや」と話していた。

 その後、場内ではサイン会が行われたのだが、第6レースの最後の実況が終わるまで場内では特別なイベントもなかったため、ベテランファンには、この日が吉田さんの最後の実況であるということを知らない方も少なくなかったようだ。平日開催の前半から普段より若いファンが多く訪れていたことには、「今日はなにかあるん?」と聞いている人がいるかと思えば、サイン会の行列に「これは何の行列?」と聞いている人もいた。

最後の実況を終えたあとのサイン会には120人以上のファンが並んだ


 そのサイン会には、120人以上のファンが並んだ。途中、岩田康誠騎手が現れ、吉田さんと一緒に写真撮影に応じる場面もあった。サインの際、ひとりひとりの要望に丁寧にこたえていたのは、吉田さんの人柄ゆえだろう。予定していた1時間半を過ぎ、サイン会はメインの重賞の本馬場入場のあとまで続いたと思われる。

 最終レース後、スタンド前で行われたセレモニーにも多くのファンが残っていた。岩田騎手のほか、小牧太騎手や、かつて調教師として活躍し、現在は馬主としても重賞を勝っている橋本忠男さんなどがねぎらいの声をかけた。吉田さんからは、作家の故・山口瞳さん、同じく故・藤本義一さん、歌手の北島三郎さんなどとの思い出が語られた。涙して聞き入るファンの姿もあり、吉田さん自身も涙をこらえるような場面もあった。

「私のレース実況というのは、まったく我流なんです。その我流であっても、藤本義一先生は『我流も極めれば一流なんやから、胸を張ってこれからもがんばりや』と言うてくれました。みなさんこうやって見つめてくださっているという喜びに、わたしは競馬場で涙を流したことがないのに、今日はいろんなところで涙を流しました。みなさん長い間、私の実況を聞いていただきましてありがとうございました。18歳のときから64年、約9万レースの実況をしゃべらせてもらいました。ファンの皆さん、長い間、本当にありがとうございました」という挨拶で締めた。

実況引退を惜しむ多くのファンが集った


 吉田さんは高校卒業後、大阪府にかつてあった長居競馬場、春木競馬場で、アルバイトとして競馬実況を始めた。そしてまもなくスカウトのような形で園田・姫路の実況にたずさわるようになった。以来、園田・姫路以外の競馬場で実況したことはない。

 かつて矢野吉彦さんが中心になって、地方の競馬場に全国の実況アナウンサーが集まり、レースごとに実況するという『全国実況アナウンサーまつり』が何度か行われた。吉田さんもその場に参加したことがあり、たしか本馬場入場はやったが、レース実況は頑なに断られていた。サインを求められると、“そのだひめじ 実況ひとすじ”と記すが、それが吉田さんのこだわりだった。

 最終レース後のセレモニーでも、その後に行われた共同会見でも、吉田さんが何度か繰り返して強調したことがある。それは、「レース実況を引退するのであって、競馬をやめるわけでありません。これからも園田の開催日には毎日競馬場に来ます」ということ。展望番組やイベントの司会などでは、引き続き吉田さんの名調子を聞くことができる。

 そこでひとつ提案がある。最近はイベントなどの司会も、そのほとんどを竹之上アナウンサーが担当するようになっているが、2000勝以上のジョッキーによって争われる『ゴールデンジョッキーカップ』の騎手紹介セレモニーには復活していただけないだろうか。原稿など一切見ることなく、実績を積み重ねた騎手ひとりひとりについて朗々と語る名調子は、まさに“吉田勝彦節”として忘れられない。

1964年生まれ。グリーンチャンネル『地・中・海ケイバモード』解説。NAR公式サイト『ウェブハロン』、『優駿』、『週刊競馬ブック』等で記事を執筆。ドバイ、ブリーダーズC、シンガポール、香港などの国際レースにも毎年足を運ぶ。

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