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「馬第一主義」シャンティステーブル(3)「1日だけでも長く」愛馬のための1番の願い

  • 2020年02月04日(火) 18時02分
第二のストーリー

並んで歩くポラリスとN.Uさん(撮影:佐々木祥恵)


馬にとっての“いい環境”を求めて…


 神戸から関東圏に移動してきて2番目に預託した乗馬クラブに比べると、現在のシャンティステーブルはN.Uさんの自宅から格段に近くなった。シャンティステーブルが休みの火曜日以外は、ほぼ毎日ポラリスのもとに自らハンドルを握り、通い詰めている。

 以前はサイドレーン(乗り手の固定した拳を再現するためや、頭の高い馬を矯正する場合の調教補助具)や折り返し手綱(安定した姿勢で馬を運動させたり、頭が高くコントロールが難しい馬に装着する)を装着してポラリスに騎乗していたが、シャンティステーブル代表の本田一彦さんの調教と指導により、それらの道具に頼らずに今は乗ることができている。

「時間はかかりますけど、ポラリスを納得させながら、手綱1本でハミを受けさせる練習をしています。そうすることで、ポラリスも機嫌良く私を乗せてくれています。サイドレーンや折り返し手綱に頼って乗っていたころは、ハミ受けという言葉は知っていても、実際どういうことなのかは理解していませんでした。それがこの馬の口の感覚はこうなんだなと、シャンティに来て初めてわかるようになりましたし、その感覚がわかったことで少し上達するような気がしますよね。これは大きな収穫だったと思います」

 騎乗する以外は、ポラリスの手入れをしたり、ステーブルの近所を一緒に散歩したりと、愛馬と充実した時間を過ごしている。この時期は青草が生えていない時期なので、散歩は少しお休み中だが、まだ草がたくさん生えている季節にはN.Uさんとポラリスは毎日のようにシャンティステーブルの外をともに歩いていた。

「ポラリスは物怖じしないんですよね。他の馬が怖がることでも、あまり驚かないんです。台風で風の強い時に走らせても全く平気ですしね。比較的、他の馬に比べたら安心できると思います。だからトラックなど大型の車が走る道路のそばでも平気で散歩ができるんです。1度古いサスペンションのダンプカーが通った時にものすごい音がして、それ以来、ダンプカーを見ると怖がるようにはなりましたけど、それまでは目の前をダンプカーが通っても驚きもしなかったですから。

 ただ肝が据わっている分、頑固ですよね。レッスンの時でもこれはしたくないという自己主張がすごいです(笑)。気が向かない時には全然動いてくれませんし、私がうまく乗れないと『下手くそやね』と言われている気がします」

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N.Uさん「ポラリスは肝が据わっている分頑固です」(撮影:佐々木祥恵)


 そしてN.Uさんは、8歳まで競走馬として一生懸命仕事をしてきたポラリスに余生を楽しく過ごしてほしいという気持ちが強い。
  
「馬にとって良い環境とは何かとずっと考え続けてますね。果たしてこの環境で良いのだろうかと試行錯誤して、飼い主もいくらかの勉強もして…。これが完璧という場所はなかなかないので、馬に合った環境を求めて転々とせざるを得ないんですよね。競技志向の人とそうではない人では、おのずと行くところも変わりますしね。競技をやろうと思っていても、全く競技に向かなかったという馬もいるでしょうし。

 ポラリスがある程度年を取ったら、草のある放牧地で自由に過ごすことができて、外乗も楽しめるクラブがあればいいなと思っています」

 シャンティステーブルのかかりつけの獣医師によると、ポラリスは体が強く、心臓もものすごく強い。これからも自分らしく頑固に、そして元気に過ごしていくことだろう。
 
「8歳まで競走馬として頑張って走ったポラリスには楽しく余生を送らせてやりたいですし、この子が亡くなるまで見てやりたいと思っています。それには私が健康で、ポラリスよりも1日だけでも良いから長く生きていたいというのが1番の願いですね」

 最近N.Uさんは、後ほど紹介するM.Nさんの愛馬のクラウン(競走馬名ゴールデンクラウン)にも乗る機会があった。

「いつもポラリスにしか乗っていないので、私がクラウンに乗っているのを見て、(ポラリスは)えっ? と驚いた感じでずっと馬場を見ているんですよ。こっちが知らん顔をすると寄ってきて、私が近づくと逃げるようなツンデレなところがある馬なんですけどね(笑)。

 帰り際、私から黒砂糖をもらえると思っていつも馬房から顔をのぞかせています。でも黒砂糖もう終わり! と手に何もないところを見せると、くるっとお尻向けますしね(笑)。この子は可愛いような憎らしいような(笑)。手のかかる子ほど愛おしいんですよね」

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ツンデレなところもあるというポラリス(撮影:佐々木祥恵)


 N.Uさんにとってポラリスは、かけがえのない家族のような存在なのだ。

もう1頭の元競走馬、ゴールデンクラウン


 そのN.Uさんが最近跨る機会のあったクラウンことゴールデンクラウンも、M.Nさんという女性オーナーに愛される元競走馬だ。N.Uさんのクラウン評は「ポラリスよりずっと素直で、とても乗りやすいですよ」だったが、果たしてその素顔はどうなのだろうか。競走馬時代に既に去勢されていたクラウンだけに、興味があった。

 ゴールデンクラウンは、2009年5月3日に北海道安平町にあるノーザンファームで生まれた。父フジキセキ、母は交流GIのマイルCS南部杯を含めてダート重賞5勝のゴールドティアラ、母父Seeking the Goldという血統だ。

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馬房の上にあるクラウンの血統表(撮影:佐々木祥恵)


 美浦の大竹正博厩舎の管理馬として、2011年8月28日に札幌競馬場の新馬戦(芝1800m)でデビューし、ヴィルシーナの2着という成績だった。翌年の2月4日、東京競馬場での3歳未勝利(ダ1600m)で見事追い込みを決め、4戦目で初勝利を挙げている。だがその後、しばらく勝利からは遠ざかることとなる。

「気が悪くて、人を襲ったりしていましたよ。ゴールドティアラ自身も気性が悪いようですし、その子供たちも悪いですよね」

 と話すのは、ゴールデンクラウンを管理していた大竹調教師だ。

 シャンティステーブルの洗い場でブラッシングをされては気持ち良さそうに目を細める今の姿からは想像できない過去があったようだ。

(つづく)

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北海道旭川市出身。少女マンガ「ロリィの青春」で乗馬に憧れ、テンポイント骨折のニュースを偶然目にして競馬の世界に引き込まれる。大学卒業後、流転の末に1998年優駿エッセイ賞で次席に入賞。これを機にライター業に転身。以来スポーツ紙、競馬雑誌、クラブ法人会報誌等で執筆。netkeiba.comでは、美浦トレセンニュース等を担当。念願叶って以前から関心があった引退馬の余生について、当コラムで連載中。

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