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ひろがるコロナの影響

  • 2020年03月19日(木) 12時00分
 既報のように、新型コロナウイルス感染拡大を防止するため、アメリカのケンタッキーダービー(チャーチルダウンズ競馬場ダート2000m)が、予定していた5月2日から9月5日に延期されることになった。

 ケンタッキーダービーは、今年で146回目を迎える。延期となるのは第2次世界大戦中の1945年(6月9日に開催)以来75年ぶり。

 日本でも、2016年から出走権を争うポイントシリーズが行われ、同年ラニが出走し9着、昨年はマスターフェンサーが6着になっている。今年もサンバサウジダービーを制したフルフラットをはじめ19頭がエントリーしている。

 また、同じケンタッキー州のキーンランド競馬場も、4月2日から24日までの開催を中止することが発表されている。

 WHOによって「流行の中心」とされたヨーロッパでも、競馬開催の中止が相次いでいる。

 フランスギャロは4月15日まで開催を一時中止(3月17日から)すると発表。イギリスでは4月4日に予定されていた世界最高峰の障害レース、グランドナショナルが中止。さらに、4月末まですべての開催が中止になると発表された。

 アジアでは、いち早く無観客競馬が実施されている香港を拠点とするジョアン・モレイラ騎手が、日本馬5頭に騎乗を予定していたドバイ遠征を断念するなど、影響がひろがっている。

 そんななか、JRAは、今週末の3月20日、21日、22日の開催を、引きつづき無観客で実施すると発表した。

 JRAの無観客競馬も、これが4週目。このまま行けば、3月29日の高松宮記念が、戦後初の無観客GIとなる。

 慣れというのは恐ろしいもので、初めて無観客のレースを見たときは違和感しかなかったが、2週、3週とつづけるうちに、その違和感が薄れてきた。人が少ないのは競馬場だけではないことも関係しているのか。ネット投票のおかげで、無観客でもおおむね前年の7割以上の売り上げを確保できているというのも、ある意味、ちょっと怖い。

 10年ほど前、大手広告代理店の人間が「競馬はITコマースです」と言い切ったことに、私は大きな違和感を覚えた。ITとの相性は確かにいいが、ITを利用して、映像やオッズ、馬体重などのデータを見たり、馬券を買ったりするのは、あくまでも、スタジアム、すなわち競馬場に行くことの「代用行為」にすぎない、と私は考えていたし、今も、基本的な考え方は変わっていない。

 しかし、競馬場でもウインズでも馬券を買えないのにこれだけ馬券が売れる(もちろん、普段競馬場に行っているのにネットで我慢している人もいるだろう)という事実を前にすると、競馬のITコマースとしての長所を伸ばしてきたことが、一種のリスク管理にもなっていた、ということなのか。

「前年の7割以上売れている」と言われると、お、たいしたものだと思ってしまうが、「前年の3割近く落ちている」と考えると、やはり、痛い。個人的な事情を加えると、私の著書は競馬場などのターフィーショップでよく売れているらしいので、このまま無観客競馬がつづくと、そのうちシャレにならない状況になってしまう。

 JRAと地方競馬にはこのまま踏ん張ってもらうしかない。春のクラシックを、(ほぼ)スケジュールどおりに開催することができれば、最悪、その後一定期間開催を中止することになったとしても、競馬の連続性はかなりの部分で保たれる。悪天候や災害などによる開催中止や延期のマネジメントには習熟した主催者なので、今後のさまざまなパターンに対して備えているだろう。

 これはあくまで個人の想像なのだが、安倍晋三首相の「コロナのピークを遅らせる」という発言を受け、ピークの時期を何パターンか想定し、その時点での拡散度合いに応じた対策を考えているはずだ。

 一時はスーパーなどの棚が空になっていたトイレットペーパーが、今は普通に売られている。相変わらずマスクは品薄だが、昔はそもそも使い捨てマスクなどなかった。私が子供のころは、母がガーゼで作っていたのを覚えている。

「マスクに予防効果はない」と言う人も出てきた。が、せきやくしゃみの飛沫を最小限に抑えるという意味では、周囲の人にとっての予防効果には期待できるはずだ。

「歯磨きは効果があるが、うがいには効果がない」などと、訳のわからないことを言い出す人もいる。口をゆすげば、歯の汚れをいくらかでも落とすことになるはずだが。

 人はいわゆる「常識の嘘」に弱い。盲点を突かれて新事実(らしきもの)を示されると、それが真理だと思い込んでしまう。

 IOCが「東京五輪は予定どおり開催」と声明を出したかと思えば、その記事が出たのと同日のスポーツ紙の1面には「五輪1年延期」という大見出しが載っている。

 誰でも簡単に発信元にアクセスできる時代になっても、こうしてさまざまな情報が乱れ飛んでいる。関東大震災が起きた大正時代は情報不足によるパニックが起きていたようだが、令和の今は情報過多によるパニックに、多くの人が踊らされている。

 現在のコロナ渦も、治療法が確立されれば落ちつくのだろうが、それがいつになるのかわからないから、情報を求めて冷静さを失ってしまう。

 少しでも冷静に、情報を整理しつつ、競馬場に活気が戻る日を待ちたい。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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