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新しい家族 “キトリとバジル” 長寿馬シャルロットのオーナーがみてきた引退馬の実情(4)

  • 2020年04月14日(火) 18時00分
第二のストーリー

青空の下、仲良く並ぶキトリ(奥)とバジル(提供:R.Oさん)


明るく楽しく毎日を生きて欲しい…


 2012年2月にスエトシ牧場に一緒に運ばれてきたキトリ(競走馬名ホコタナイスナイス)とバジル(競走馬名パリスケイワン)の2頭は、牧場を経由して仲介業者に売られることが既に決まっていた。だが前回も記したように、キトリは腰がフラフラしており、段差や躓くものが何もない場所でも転ぶような状態だった。健康体なら仲介業者から乗馬クラブへの道も考えられたが、この状態ではその先に繋がらないと感じたR.Oさんは引き取りを決めて、そのままスエトシ牧場に預託をした。

 その一方で、バジルだけ仲介業者に渡してしまうのも心配だった。21歳という年齢や咬み癖があることから、買い手がつかないのではないかとR.Oさんを不安にさせたが、先に引き取ったシャルロットとキトリに加えてもう1頭養うとなると、さすがに経済的に無理があった。幸いバジルは特に悪いところもなく、乗った感触も良かったことから、練習馬としてスエトシ牧場に置いてもらえるようにR.Oさんは交渉をした。年齢から言えば、当時33歳のシャルロットの方が先に旅立つだろう。そう考えて、シャルロットが天寿を全うしたらバジルを引き取り、スエトシ牧場に預託すると牧場側とも約束をした。獣医代や削蹄代などの必要経費も、R.Oさんが支払う形をとった。こうしてバジルはキトリとともに、スエトシ牧場で過ごすことになった。
 
 ところでキトリとバジルというのは、バレエ『ドン・キホーテ』の登場人物と同名で、劇中では床屋のバジルと宿屋の看板娘キトリは恋人同士の設定となっている。そこでR.Oさんに2頭の馬名の由来について尋ねてみた。

「元々バレエを観るのが好きで、数多い演目の中でも『ドン・キホーテ』が特に好きだったんです。バジルはマザー牧場時代から付いていた馬名だったので、バレエが好きな私とは縁を感じました。キトリはホコタナイスナイスという名前でしたが、もう少し女の子らしい方が良いかなと思ったのと、これからバジルと家族になるという意味も込めてキトリと名付けました」

 ドン・キホーテは、バレエでは珍しくコメディタッチの明るい演目だ。2頭には明るく楽しく毎日を生きてほしいというR.Oさんの願いも込められているように感じた。

 馬のキトリは体が決して丈夫な方ではなく、疝痛やフレグモーネを度々起こしていたという。

「神経が細かくて、日常の少しの変化でも気になって落ち着かなくなっていました。スエトシに来た当初も、不安で一杯のように見えましたが、バジルと一緒にいると安心していましたね」

 一方バジルは、プライドが高く気難しい面があった。

「気が強い…というよりも強がりで、この性格が逆に可愛く感じました。乗馬や手入れの時に初めは反抗的な面を見せていましたが、徐々に信頼してくれたようで懐いてくれました。そしてかなりイケメン君でしたよ」

第二のストーリー

イケメンだが、プライドが高かったというバジル(提供:R.Oさん)


 だがキトリとバジルとの時間は長くは続かなかった。2頭がスエトシ牧場の住人になって3年以上が経過した2015年7月末頃から、バジルが急激に痩せ出した。元々偏食気味でガツガツと食べるタイプではなかったこともあったが、それにしても急だった。

「最後に会ったのは8月26日でした。この時には更に痩せていたので、獣医さんに診て頂くことにしていました。その僅か2日後の28日に亡くなってしまうとは想像だにしませんでした。獣医さんの診察が間に合わず、悔やんでいます」

 バジル、24歳。痩せてきてはいたものの、突然訪れた死だった。R.Oさんを信頼して懐いていたバジル。それでもR.Oさんは「もっとわかり合って仲良くなりたかった」と心残りの様子だ。またR.Oさんは、前述した通りシャルロットを看取ったら、バジルを本当の意味での自馬にするつもりだった。のちにシャルロットが軽種馬の長寿記録を更新したことを考えると、バジルがシャルロットよりも先に24歳で亡くなったのは、運命でもあり、シャルロットの長寿記録更新の後押しをしたようにも思えて仕方ないのだった。

 バジルが天に召されてから約2年後の2017年6月24日。今度はキトリが疝痛でこの世を去った。28歳だった。体が弱かっただけに、28歳という年齢はキトリにとっては天寿だったのではないかと思う。

 R.Oさんは、将来自馬になる予定だったバジルを含めて6頭を看取った。キトリが亡くなった2017年6月の時点で、満年齢38歳のシャルロットはまだまだ健在だった。

第二のストーリー

寄り添うシャルロット(左)とキトリ(提供:R.Oさん)


 2014年8月26日に5冠馬シンザンの持っていた35歳3か月11日のサラブレッド長寿記録を更新したあたりから、無名だったシャルロットの存在がメディアを通じて知れ渡るようになり、2016年10月14日にはアングロアラブのマリージョイ(競走馬名スインフアニー)の37歳5か月の軽種馬長寿記録も更新。シャルロットはさらに脚光を浴びるようになっていった。

(つづく)

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北海道旭川市出身。少女マンガ「ロリィの青春」で乗馬に憧れ、テンポイント骨折のニュースを偶然目にして競馬の世界に引き込まれる。大学卒業後、流転の末に1998年優駿エッセイ賞で次席に入賞。これを機にライター業に転身。以来スポーツ紙、競馬雑誌、クラブ法人会報誌等で執筆。netkeiba.comでは、美浦トレセンニュース等を担当。念願叶って以前から関心があった引退馬の余生について、当コラムで連載中。

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