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あっぱれ!な直線勝負、岩永千明

  • 2020年05月12日(火) 18時00分

巡ってきたチャンスを見事モノにして勝利


 5月3日佐賀の重賞・佐賀皐月賞を予想していて、あれ?と思ったのは、その前日から山口勲騎手が騎乗していなかったこと。主催者に問い合わせたところ、調教中に馬が故障し、落馬して腰椎を骨折したとのこと。復帰まで2カ月くらいかかるのでは、とのことだった。

 山口騎手といえば、実況の中島英峰アナウンサーがつけた「ミスターほとんどパーフェクト」というニックネームでも知られるとおり、佐賀では不動のリーディング。特に昨年までのここ3年は、2位にダブルスコアをつける圧倒的な勝利数となっている。

 その山口騎手がしばらく不在となれば、佐賀のレースは少し変わったものになるのではないか、と思っていたところ、山口騎手で昨年末の中島記念を制した佐賀のトップホースの1頭、ウノピアットブリオが5月10日の高千穂峰特別(A1・A2)に出走。替って鞍上となったのが岩永千明騎手で、これがまさに“あっぱれ!”なレースぶりだった。

 岩永騎手といえば、命にもかかわるような落馬事故から昨年6月、3年3カ月ぶりに復帰。今年2月から3月に高知、佐賀、名古屋で争われたレディスヴィクトリーラウンドで総合優勝を果たした。という一連の経緯については、大恵陽子さんの3月17日付『ちょっと馬ニアックな世界』をご覧いただきたい。

 山口騎手から岩永騎手に乗替り、高千穂峰特別に出走したウノピアットブリオは、単勝2.2倍の1番人気に支持された。

 向正面からのスタートで、先行争いで前の出入りが激しくなったが、1周目のスタンド前で隊列が決まると流れは落ち着いた。しかしながら、スタート後の先行争いの影響か、8頭立てで前4頭とうしろ4頭、馬群が2つに分かれた。

 2周目向正面では、前の集団とうしろの集団の差が10馬身以上。岩永騎手のウノピアットブリオは後方集団の先頭だった。「果たして間に合うんでしょうか、ウノピアットブリオ」と、実況の中島アナも心配になったようだ。3コーナーあたりから前4頭の馬群がばらけはじめたものの、急激に失速する馬もなく、前は過剰なハイペースだったわけではない。

 4コーナー、ウノピアットブリオはようやくその4頭のうしろまで差を詰めたものの、先頭まではまだ6〜7馬身ほども差があった。佐賀の直線は200m。さすがにそこからは届かないだろう、と思ったのだが……。直線、一気に伸びたウノピアットブリオは、前の4頭を並ぶ間もなく交わし去り、逃げて直線でも先頭だったアドミラルティに1馬身半差をつけての勝利となった。

 あらためて着順を見ると、終始レースを引っ張ったアドミラルティが2着、前4頭集団の4番手だったイケノアサが3着、2番手だったアルゴセイコウが4着と、先行集団にいた馬たちが上位に残っていることからもオーバーペースではなかったことがわかる。レースの上り3Fが39秒6のところ、ウノピアットブリオは37秒1で差し切り、さらに突き放した。

 重賞実績馬が何頭かいたとはいえ、ウノピアットブリオ以外はいずれもここ1年以上重賞での勝ち星がなく、やや下降気味の成績。加えてウノピアットブリオは女性騎手の2kg減。たしかに恵まれた面はあったが、それにしても実績断然の1番人気に騎乗し、大きく差の開いた向正面でも慌てることがなかった岩永騎手は見事だった。

 ウノピアットブリオを管理する手島勝利調教師に感想をうかがった。

 「(岩永騎手は)プレッシャーが相当だろうから、『スタートがあまりよくないので、追い上げての勝負。気楽に乗ってこい』という話をしました。(自分は)ゲート裏に行っていたのでレースは見てなかったのですが、戻ってくるバスの中で実況を聞いていて無理かなと思いましたし、あらためてレース映像を見ても、あの位置では無理だろうと思います(笑)。おそらく、馬が慌てるなと言っていたんじゃないでしょうか」

 さらに岩永騎手への乗替りでは興味深い話もうかがった。

 ウノピアットブリオの馬主は、実は岩永騎手が2016年3月の落馬事故の際に騎乗していたダンシングダンサーと同じ南里義彦さん。岩永騎手は南里氏の所有馬の何頭かに騎乗する機会があり、ウノピアットブリオにも、「山口騎手が乗れないときは岩永騎手に乗ってもらおう」という話を手島調教師としていたそう。ただそれはウノピアットブリオがまだ下級条件のころのこと。あれよあれよと連勝し重賞に挑戦するまでに出世したことで、その機会を失っていた。しかし山口騎手の怪我による戦線離脱で巡ってきたのが今回の高千穂峰特別での騎乗で、岩永騎手はそのチャンスを見事にモノにした。

 岩永騎手は昨年6月15日に復帰し、6カ月半で178戦12勝(勝率6.7%)という成績。そして今年は5月11日現在、161戦14勝(勝率8.7%)と成績を上げている。2014年には53勝をマーク、佐賀リーディングでも9位に入り、NARグランプリの優秀女性騎手賞を受賞。翌2015年にも同じく53勝を上げていた。復帰して間もなく1年、近いうちにキャリアハイの成績を上回る活躍を見せてくれるかもしれない。

1964年生まれ。グリーンチャンネル『地・中・海ケイバモード』解説。NAR公式サイト『ウェブハロン』、『優駿』、『週刊競馬ブック』等で記事を執筆。ドバイ、ブリーダーズC、シンガポール、香港などの国際レースにも毎年足を運ぶ。

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