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【ベストパートナー】ドゥラメンテ後編 裸足で走ったドバイ…ダービー馬を襲ったアクシデント

  • 2020年05月19日(火) 18時02分
「Road to No.1」

▲骨折明けで、約9カ月ぶりの実戦となった中山記念 (撮影:下野雄規)


先週に引き続き、ミルコ騎手が過去に騎乗した名馬を語る「ベストパートナー」。間もなくダービーというタイミングに合わせ、2015年のダービーを制したドゥラメンテを、2週にわたって振り返ります。

皐月賞、ダービーを制し、菊花賞で三冠を…と思っていた矢先、ミルコ騎手のもとに入ってきたのが「放牧先での骨折」という一報。長期休養を経て復帰を果たすも、その後は度重なるアクシデントが…。当時の苦悩、そして種牡馬としての期待を語ります。

(取材・文=森カオル)

※このインタビューは電話取材で実施しました。


すごく残念な思い出…今でもめちゃめちゃ悔しい


──歓喜のダービーから一転、夏を前に放牧先で骨折が判明し、そのまま長期休養へ。その知らせを受けたときは、どんなお気持ちでしたか?

ミルコ すごくショックだった。やっぱり僕はついてないなと思った。菊花賞で三冠を狙いにいくつもりだったのに…(凱旋門賞にも登録していた)。だって菊花賞はスタミナ勝負でしょ? 絶対に勝てると思ってたから。結局、次の年の中山記念までお休みすることになってしまって。

──その中山記念は約9カ月ぶりの実戦で、リアルスティールとの再戦も注目を集めました。

ミルコ 久しぶりだったから、3歳のときとはどう変わったのか、強さはあのままなのか、僕も知りたかったね。だから、あえて強気の乗り方をしました。最後はちょっとだけ馬が苦しがっていたけど。

──着差こそクビ差でしたが、さすがの競馬だったと思います。

ミルコ うん、強さは何も変わっていなかった。クビ差だったけど、すごく自信があったし。骨折のあとはみんな心配するけど、堀先生も「大丈夫、大丈夫」ってずーっと言ってた。その通りでしたね。体も大きくなっていたし、強かった。

──精神的な成長も?

ミルコ 気持ちの面は…ちょっとだけ大人になってたかな(笑)。それより体が変わってました。首が大きくなったように感じたし、背中もちょっと大人になってた。だから、次のドバイはすごく楽しみにしてたんだけど…。

──落鉄のアクシデントが。

ミルコ いやぁ、もう信じられなかった。むちゃくちゃ悔しかった。パドックでおかしな歩き方をしていたけど、それはいつものことだし。

──ああ、行進しているような、あの独特の歩き方ですね。

ミルコ そうそう。パドックでの歩き方は、いつも普通じゃなかった(笑)。だからそれは全然心配なかったんだけど、返し馬がスタートしてすぐに鉄が取れた。

「もう最悪!」と思ったけど、まだ返し馬をしていなかったし、鉄もすぐに打ち直せると思っていたから、パドックにUターンして。でも、馬がイレ込んでいて、すごくテンションが高くて…。ずっと立ち上がっていたから、打ち直しができなかった。

──そうだったんですね。結局、裸足のまま走ることに。

「Road to No.1」

▲ドバイシーマクラシックでは、落鉄して裸足のまま走ることに… (撮影:高橋正和)


ミルコ そうなんです。まさかドバイまで来て、裸足で走ることになるなんて。僕、スタートからずーっと気にしてました。スタートもゆっくり出て、ポストポンドの後ろに行って。ポストポンドは1番人気だったから、ぴったりマークしたかったですね。そこまでは思った通りにいったんだけど。

──やっぱりいつもとは走りが違いましたか?

ミルコ そうですね。4コーナーまでは手応えがよかったけど、やっぱり勝負どころで躓いて。そこからはいつもの走りじゃなかったですね。瞬発力がなかった。

──そんななかでも2着を確保。それだけに余計に悔しさが増しますよね。

ミルコ 最後はさすがにちょっと苦しかったね。でも、裸足で2着にくるなんてすごいよ。やっぱりすごい馬だなと思った。良馬場で馬場も硬かったのにね。かわいそうだった。すごく残念な思い出。今でも思い出すとめちゃめちゃ悔しいです。

 ヴィクトワールピサで行ったドバイ(ドバイワールドC)はすごく運がよかったけど、ドゥラメンテのドバイは逆についてなかった。だから、僕のなかでドバイは2つの思い出しかない。今年もなんとかリベンジしたかったんだけど…。なかなかリベンジさせてくれないね。

──結果的に、次の宝塚記念が最後のレースになってしまうわけですが、その宝塚記念ではもっと大きなアクシデントがあって。

ミルコ 苦しかったねぇ、あの馬場は。ドゥラメンテは、良馬場以外走ったことがなかったね。スタートからずっと躓いて躓いて。ちょっと後ろになっちゃったし、全然いいところに行けなかったですね。それでも3〜4コーナーはいい感じで上がっていけたけど…。蛯名さん(1着マリアライト)は、一番いいところにいたね。あの馬は逆に、稍重が得意だった。

──ドバイもそうですが、アクシデントがあろうと、不得手な馬場だろうと、きっちり2着にはくる。大した馬ですよね。

ミルコ うん、本当に強い馬。僕は当然、稍重でも勝ちたかったし、1番人気でお客さんもいっぱい馬券を買っていたでしょ? だから、宝塚記念はけっこう強気の乗り方をしましたね。勝負だから。3着に上がって2着になって、馬がいけるまでは…と思ったけど、最後は馬がちょっとしんどそうだった。で、ゴールしたあとに、またちょっと躓いて…。ケガをしてしまいましたね。

──下馬をした後、俯きながらトボトボ馬場を歩いているミルコ騎手の姿をすごく憶えています。

「Road to No.1」

▲不本意なレースとなってしまった宝塚記念、俯き加減のミルコ騎手 (C)netkeiba.com


ミルコ めちゃめちゃ悲しかったから。ホントに悲しかった。歩きながら、ドゥラメンテの人生を一番考えてましたね。大きなケガじゃなければいいな、そうすれば種馬になれるなぁとか。そのときはどのくらいのケガなのかわからなかったから、とにかく心配だった。

──いったんは跛行ということで、大丈夫かなと思ったのですが。

ミルコ ん〜、僕は感覚的に、けっこう大きなケガだと思ってました。その年は、凱旋門賞に行くはずだったのにね。いやぁ、もうホントに最悪。あの馬で凱旋門賞に行きたかった…。本当にもったいなかった。悔しいですね。でもね、種馬になれて本当によかった。

なんといっても、僕史上No.1の馬だからね!


──今年、初年度産駒がデビューしますね。

「Road to No.1」

▲今年の種牡馬展示会でのドゥラメンテ (撮影:田中哲実)


ミルコ すごく期待してます。ホントに乗ってみたい! ジュエラー(父ヴィクトワールピサ)の桜花賞とか、ルヴァンスレーヴ(母父ネオユニヴァース)のチャンピオンズCとか、僕が乗ってた馬の仔や孫で勝つのは本当にうれしいこと。だから、ドゥラメンテの仔でGIを勝ちたい。絶対に勝ちたい!

──ミルコ騎手にしてみれば、まずはその強さに衝撃を受けて、うれしいこと、悔しいこと、悲しいことが次々と起こって。ドゥラメンテで味わった感情は、そのどれもが深いですよね。本当に大きな存在なのでは?

ミルコ もちろんです。ホントに大好き。早くドゥラメンテを超える馬に会いたいけど、なかなか出会えないね。それくらいの馬。なんといっても、僕史上No.1の馬だからね!
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Road to No.1 世界一になる / ミルコ・デムーロ
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1979年1月11日、イタリア生まれ。弟のクリスチャン・デムーロはイタリアのジョッキー。1997年から4年連続でイタリアリーディング。1999年に初来日。2003年、ネオユニヴァースの皐月賞でJRAGI初制覇。続くダービーも制し、外国人ジョッキー初の東京優駿制覇。2015年3月1日付けでJRAジョッキーに。

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