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ウィズコロナにおける「順番」

  • 2020年05月21日(木) 12時00分
 先日、7月に上梓する本の初校ゲラが宅配便で送られてきた。すると、数時間後にずしりとした荷物が届いた。品名のところに「肉」と書いてある。すわ、コロナ禍に便乗した悪徳商法か、と差出人の欄を見ると、つい先刻ゲラを送ってきた編集部になっている。

 ますますもって面妖である。なぜ紙を扱う出版社が肉を送ってくるのか。いぶかしく思いながら包装紙をひらくと、桐箱に「陣中見舞い」と記された熨斗が巻かれていた。

 見るからに上等なすきやき肉だったので、ありがたくいただいた。

 考えてみれば、肉をくれた編集部の彼らとは、「飯でも食いながら」という、かつてはごく当たり前だった打ち合わせを、かれこれ3カ月以上していない。

 落ちついたら、担当編集者のハンちゃんと、7月に出す本の解説を書いてくださることになった方と一緒に、飯でも食いながら、競馬談義を楽しみたいものだ。

 本稿がアップされる5月21日から、宝塚記念のファン投票がスタートする。

 また、この日は、スポーツ誌「ナンバー」の競馬特集号の発売日(一部地域は数日後)でもある。

 競馬特集の打ち合わせを始めたころは、もうすでに無観客競馬が行われていた。

「クラシックが開催されるという前提で取材を進めていいんですよね」

「ええ。もし開催が流れるなどしても、ウェブで発表の場を確保するなどしようと思っています」

 そんな話をしながらの船出だった。

 よくぞ発売まで漕ぎ着けたと思うし、それ以前に、よくぞ主催者が、ここまで開催しつづけてくれたと思う。

 誰も、2週間後、3週間後の自分たちがどうしているかを正確に予測することはできなかったし、その状況は今も同じだ。

 とにかく、このまま競馬がスケジュールどおりに進められることを願っている。

 ここで話は、冒頭の「肉」に戻る。

 ふと思ったのだが、ゲラと肉の届いた順番が、実によかった。もしあのとき、先に肉が届いて、それからゲラが送られてきたら、「食わしてやるから頑張りなさい」と言われたようで、ちょっと複雑だったかもしれない。だとしても、もちろん肉は頂戴していた。

 順番というのは大切である。私は子供のころ、ある力士を嫌っていた。理由は、好きな横綱をしばしば負かしてしまうことと、仕切りのときの仕草にあった。その力士は、自分の脇の下を拭いてから、同じタオルでそのまま顔を拭いていたのだ。誰も注意する人はいなかったらしく、引退するまで、その順番は変わらなかった。

 当時は、それを周囲に話しても「だから何」という顔をされるだけだったが、今なら、外出後は、手を洗ってから電気のスイッチを入れたり、カーテンを引いたりするという順番をみなが意識するようになっているので、私の気持ちをわかってくれる人も多くなっていると思う。

 アメリカではクラシック三冠の順番が入れ替わり、今年は6月20日にベルモントステークス、9月5日にケンタッキーダービー、10月3日にプリークネスステークスが行われるという。昨年まで三冠の最終戦だったベルモントステークスが一冠目となり、距離は2400mから1800mになる。

 女傑クリフジが1943年にダービー、オークス、菊花賞の「変則三冠」を勝ったが、それとは別の意味での「変則三冠」となるわけだ。

 順番と距離だけではなく、レース間隔まで変わるので、それはそれで面白そうだ。

 他国でレースの順番や開催時期が変わっているなか、スケジュールどおりに行われている日本の競馬が、海外の関係者にとって、いい意味でのターゲットになりはしないか。その結果、ジャパンカップのメンバーが超豪華になったりしたら面白いのだが、どうだろう。

 それまでコロナ禍が一定程度収束していることが大前提ではあるが、ウィズコロナ、アフターコロナの競馬も、盛り上がってくれることを祈りたい。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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