スマートフォン版へ

善意でやるのが“当たり前”――引退馬牧場の厳しい現実

  • 2020年06月23日(火) 18時01分
ノンフィクション

きれいに整備されたアドマイヤジャパンの放牧地(提供:ヴェルサイユリゾートファーム)


“馬のリゾートパーク”完成の目標に向けて…


 現在、クラウドファンディング中の引退馬を繋養するヴェルサイユリゾートファーム。昨年は4月に初めて立ち上げたクラウドファンディングでは、956名から1378万円の支援が集まり、目標額超えを達成している。その支援金で今年2月に第一厩舎の建て替えが実現。完成した新厩舎は、以前の馬房よりも広く、16頭の引退馬たちがゆったりと過ごしている。

 このように引退馬が余生を過ごす牧場の環境整備は整いつつある。しかし、引退馬牧場の経営は決して楽なものではない。かかる経費に比べて収入が少ないというのが、その理由だ。また長く経営を続けていくには、人々の支援ばかりに頼ってもいられない。ファンに負担をしいるばかりではなく、継続可能な引退馬牧場経営の仕組みを作ることだ。そこでヴェルサイユリゾートファームでは、サードキャリアならではの自立化させた事業を作り上げ、引退馬牧場を経営をしていく道を選んだ。

 その計画というのは、リゾートパークを作り上げることだ。牧場の中で過ごせる宿泊施設の稼働、馬を観ながら過ごせる馬カフェ、有名馬にも乗れる乗馬・引き馬サービスの3つが、重点計画とされている。宿泊施設はほぼ出来上がっており、今回クラウドで募っているのは、主に馬カフェ新設にかかる資金だ。

 コロナ禍が影響してクラウドは苦戦していたが、6月17日に元ジョッキーの藤田伸二さんが牧場を訪れて、かつて自らが跨って天皇賞を勝ったヒルノダムールと再会し、クラウドファンディングへの支援も呼び掛けた。その影響は絶大で、あっという間に1000万を超え、目標の1500万が近づいてきており、夢の実現までもう一歩となった。

 今回はその引退馬牧場の厳しい実情について、クラウドファンディングの話を交えてヴェルサイユリゾートファーム代表の岩崎崇文さんに話を聞いた。

――まず引退馬牧場の問題点は何だと思いますか?

岩崎 (引退馬牧場経営側は)善意で行うのが当たり前という雰囲気を感じることですね。儲けてはいけないといいますか…(笑)。

――例えば処分されるかもしれなかった馬を繋養するのだから、ボランティア精神で預託料などは安くて当たり前という感じでしょうか?

岩崎 そういう思いもあるのでしょう。

ノンフィクション

ヴェルサイユリゾートファーム代表の岩崎崇文さん(C)netkeiba.com


――引退馬に興味のある方と話していると、放牧地に放しておいて草を食べさせておけばいいのだから、お金も手間もかからないと考える人も結構います。でも経費はかなりかかっていますよね?

岩崎 そうですね。まず牧柵の修繕にかかりますよね。馬なので壊しますから(笑)。請求書を調べたら、杭は1本2,000円(税抜)、横板で1枚1,680円(税抜)です。あと柵の下方の金網のネットですね。生産牧場では当歳がくぐらないようにということだと思いますが、引退馬牧場の場合は人がくぐらないようにという意味合もあるでしょうね。そのネットは50mで77,000円ほどだったと思います。大きい放牧地は周囲が1570mあるのですが、それを考えると壮絶な値段になります(笑)。

――単純計算で2,417,800円ですね。牧柵も1本、1枚の値段を考えるとさほど高くは感じませんが、修繕も1本、1枚だけでは済まないですもんね。

岩崎 そうなんですよ。牧柵も腐敗するといけないですし、数年に1度は木を買い替えて打ち直しています。

――業者に頼むとまた高そうですし、ご自身で修繕もされているのですよね? それにも重機が必要で、維持費や燃料代も…。

岩崎 そうです。今牧場にはユンボとトラクター、堆肥を持ち上げるタイヤショベルがあります。タイヤショベルは、除雪車みたいな感じですね。あと北海道の場合、冬を越すと杭が浮いてきてしまうので、それを元に戻すという作業もあります。それをしないと年々浮いてきて、放っておくと最終的には倒れてしまいますので。

――放牧地自体にも経費がかかるんですよね?

岩崎 はい。冬を越して夏を青々とした放牧地にするには、肥料代がかかります。(画像参照)

――肥料代だけで、ざっと計算して60万近くかかりますね。

ノンフィクション

実際の請求書の一部(提供:ヴェルサイユリゾートファーム)


岩崎 肥料を撒くのに重機を使用するので、燃料費もかかります。

――肥料を入れた放牧地には、何種類の牧草の種を蒔くのですか?

岩崎 ケンタッキーブルーグラス、チモシー、オーチャードと、秋口くらいまで伸びているペレニアルライグラスですね。長い間草がある環境を作るために、早い時期から伸びてくる牧草から、遅い時期に伸びる牧草まで、そのバランスを考えて種を撒きます。 

――何種類かの牧草の種を一度に蒔くのですか?

岩崎 はい。それぞれ成長期が違うので、いろいろな種類の牧草の種を混ぜて蒔いて、なるべく長い期間、牧草を青々とさせるという感じですね。あとは掃除刈り(※馬が採食しない伸びた牧草や雑草は、牧草の再生産を妨げて、牧草の密度を低下させる。それを防ぐために、伸びた牧草や雑草を刈ること)というのをしなければなりません。

――それをしないと草ボーボーになってしまいますよね?

岩崎 はい。それに馬は新芽しか食べないんですよ。ですから草丈が長ければいいというものではなくて、掃除刈りする必要があるんです。あと1つの放牧地にたくさんの馬を入れたら、草地が傷んでしまいますから、放牧地の広さと馬の頭数のバランスは大事ですね。確か1頭あたりの放牧地面積は、0.5〜2ヘクタールだったと思います。


ノンフィクション

このように重機で肥料を撒いていく(提供:ヴェルサイユリゾートファーム)


――実際の引退馬牧場の経営状況ですが、ブログにも生産をされている本場におんぶに抱っこの状態と書かれていましたね。

岩崎 はい、将来的には、本場と引退馬牧場とは分けて経営をしていかなければいけないと考えています。

――それを目指しての今回のクラウドファンディングとなったわけですね?

岩崎 そうですね。まずは馬カフェを作って、その後に乗馬ができるようにと計画しています。ただ引退名馬繋養展示事業の助成金が出ている馬は、乗馬に使えないんですよね。

――営業に使うと助成金は頂けない決まりになっていますね。お金を取らなければ、一緒に写真を撮るサービスは大丈夫なんですか?

岩崎 それは大丈夫だと聞きました。入場料は取ってはいけないそうです。

――岩崎さんが考える馬にとってのより良い環境は?

岩崎 その馬によると思うのですけど、群れで暮らす動物なので馬同士一緒に放してあげるのが1番良いとは思うんですけどね。ただ種牡馬を経験した馬は1頭で放牧しないと難しいケースもあると思います。それ以外でしたら、広くて草の生えている放牧地で仲間たちと一緒に放牧するのがいいのではないかなと思います。

――引退馬牧場の方は、岩崎さんが基本的に1人でやられてきたのですよね?

岩崎 そうですね。なかなか人件費を捻出するまでの利益は出ていないというのが実情です。あともう1つの理由として、ウチは種牡馬経験のある引退馬が多いので、技術がないと扱えないんですよね。立ち上がったりが普通なんで(笑)。

――どの馬が1番大変ですか?

岩崎 ローズキングダムも急にスイッチが入りますし、アドマイヤジャパンが危ないですね。立ち上がったり、噛んでくるのは普通です。

ノンフィクション

種牡馬経験のあるアドマイヤジャパン(提供:ヴェルサイユリゾートファーム)


――それを考えると、人材育成も急務ですね。

岩崎 そう思いますね。それと今回私がお話させて頂いたような牧場の内情をよくご存知ない方も多いせいなのか、SNSなどで牧場批判をされる方もいらっしゃいます。でもそれをされると新しく始めたい人がいなくなってしまうんですよね。なので簡単に批判はしないでほしいと思っています。

――JRAも引退競走馬に関する検討委員会で会議を重ねて、引退馬支援に乗り出していますから、これからは馬たちを繋養する受け皿も必要になりそうですし、牧場など引退馬を繋養する施設を始める人が増えてほしいところですよね。そのあたりも含めて、今回のクラウファンディングを達成させて、引退馬牧場のモデル作りをしたいところですね。

岩崎 はい、もう引き返せないところまで来ていますからね(笑)。クラウドも今回は達成できないかなと思った時期もありましたけど、もうあと一押し、皆さんの応援をいただきたいです。

(※文中敬称略、取材・文=佐々木祥恵)
今回のクラウドファンディングは6月30日(火)午後11時までとなっております! 下記リンクから詳細をご覧いただけます。

▽ヴェルサイユリゾートファーム HP
https://www.versailles-resort.com/

▽ヴェルサイユリゾートファーム クラウドファンディング
https://readyfor.jp/projects/VersaillesResortFarm2020

このコラムをお気に入り登録する

このコラムをお気に入り登録する

お気に入り登録済み

netkeiba豪華ライター陣による本格的読み物コーナー。“競馬”が映し出す真の世界に触れてください。

バックナンバー

新着コラム

アクセスランキング

注目数ランキング