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2つのダービー、それぞれの物語

  • 2020年06月23日(火) 18時00分
日本には全国各地に「ダービー」があります。各地方競馬でナンバー1を決める戦いは、その地の皆が目指す舞台。今年のダービーシリーズも十人十色の物語が秘められていました。

今回の「ちょっと馬ニアックな世界」では地方競馬で行われた8つのダービーの中から2つの物語にスポットを当てます。父母ともに管理し、「子どもみたい」と目尻を下げて見つめる1頭との高知優駿制覇や、ダービーで1番人気での敗戦や相棒との別れを経験したジョッキーの兵庫ダービー初制覇の舞台裏を覗いてみましょう。

高知優駿 調教師の奥様が頭絡に書いた馬名とは


 6月14日、高知競馬場で行われた高知優駿を制覇したのはリワードアヴァロン。

馬ニアックな世界

▲先行して後続を振り切る形でダービー馬の栄冠に輝いたリワードアヴァロン


 高知一冠目の黒潮皐月賞は内枠で、周りにスタートの速い馬がいて怯んでしまい3着でしたが、高知優駿では外枠から好スタートを決めて先手を奪うと、後続を振り切り1馬身半差でダービー馬に輝きました。

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▲黒潮皐月賞からの巻き返しに成功!


 注目すべきはその血統。父はJRAから高知に移籍して重賞4勝を挙げたグランシュヴァリエ、母デイトナも高知在籍歴のある「高知血統」で、父母そしてリワードアヴァロン自身も雑賀正光調教師の管理馬でした。

「この配合は雑賀正光調教師がオーナーに勧められたんですよ」と教えてくださったのは高知競馬実況の橋口浩二アナウンサー。その横で花束を手に笑顔の雑賀調教師に詳しく伺うと、「グランシュヴァリエが種牡馬になって、オーナーから『奥さんを探してほしい』と言われたんです。たまたまウチの厩舎にいたデイトナという牝馬が脚元の問題で1走しか使えなかったのですが、サンデーサイレンスが入っていなかったのでいいのではないかと思って」と、父タヤスツヨシ(その父サンデーサイレンス)のグランシュヴァリエとの交配が決まったようです。

 そうしてこの世に生を受けたリワードアヴァロンは門別競馬場でデビュー。2勝を挙げて昨年暮れ、両親を管理した高知の雑賀厩舎にやってきました。

「自分の子どもみたいです」

 ほくほく笑顔で話す雑賀師。雑賀一家にとっても特別な馬のようで、師の奥様は頭絡に黄色いテープを巻きつけて、そこに「グランシュヴァリエ」と父の名を記しました。

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▲頭絡には「グランシュヴァリエ」の名が!


 高知ゆかりの血統が高知優駿を勝った直後、雑賀師はこう話しました。

「グランシュヴァリエがとにかく偉い馬やったから、リワードアヴァロンは『グランシュヴァリエの仔』と言われていました。でも、高知優駿を勝ったことで『リワードアヴァロン』って自分の名前を言ってもらえるんじゃないかな」

 父の名を背負って奮闘していた3歳馬は、これからはダービー馬の看板を背負ってさらなる活躍を見せてくれることでしょう。

悔しさと相棒の死を乗り越えて


 6月11日の兵庫ダービー(園田)を制覇したのはディアタイザン。鞍上の杉浦健太騎手は兵庫ダービー初制覇となり、「ずっとなりたかったダービージョッキーにやっとなれました。園田の一番を決める兵庫ダービーを勝てたことは嬉しいです」と笑顔が弾けました。

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▲兵庫ダービーを制したのはディアタイザン!


 兵庫ダービーへの思いが強くなったのは4年前。

 マイタイザンとのコンビで当時23歳だった杉浦騎手は兵庫ダービーを1番人気で迎えました。マイタイザンの持ち味を生かす逃げの手に出ましたが、4コーナーで交わされて7着。

「周りからも『勝てる』と言われていましたけど全然ダメで、そんなに甘くないなっていう思いと、早く兵庫ダービーを勝ちたいって思いがより一層強くなりました。なにより、僕はマイタイザンに成長をさせてもらったんです」

 マイタイザンと杉浦騎手の歩みは以前、このコラムでも書きましたが、重賞7勝を挙げ、名古屋大賞典(JpnIII)では4着と健闘。杉浦騎手自身の重賞初制覇はマイタイザンとの兵庫若駒賞で「ジョッキー人生で一番ガチガチに緊張した」という今となってはいい思い出もある馬です。

 兵庫ダービーで敗れた後、マイタイザンは秋に西日本ダービーを制覇し同レース初代王者に輝きましたが、地元馬ナンバーワンを決める兵庫ダービーへの思いは変わらず強く持っていました。

 そして翌年はイオタイザンとともに兵庫ダービーに挑戦。デビュー前から北海道で何度も騎乗し、ずっと一緒に歩んできていました。しかし、直線で先頭を目指し脚を伸ばしている最中に骨折。悲しい結末を迎えることとなってしまいました。

「マイタイザンで1番人気で負けた翌年にイオで……。デビュー前からずっと乗っていた馬なのでショックでした」

 2年連続の悪夢でした。

 あれから3年。今年も冠名「タイザン」のディアタイザンとともに兵庫ダービーを目指している過程で、一つのターニングポイントが訪れました。

「ここ何走か4コーナーでハミが外れるというか、ふわっとする面があったので、どうにか改善したいなと話していました。そこで、前走後の調教からシャドーロール、ブリンカー、チークピーシズを試してみたんです。馬の雰囲気が一番良くなったのがチークピーシズで、本番でも着用することになりました。それに気づけたことは良かったです」

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▲調教で試したチークピーシズがターニングポイントに!


 さらに追い風は吹きます。

「人気のステラモナークや他の逃げ・先行馬より絶対に内枠が欲しいと思っていたらその通りになりました。内枠を無駄にしたくない、と細心の注意を払ったスタートはポンッと出てくれて、最も力を発揮できる逃げの形でスローに落とすことができました。馬が後ろに見えていて集中力を切らさずに道中は運べましたし、チークピーシズの効果も出て、兵庫ダービーは何もかもが上手くいきました」

 直線に向くと、ステラモナークと内外離れての叩き合いとなりましたが、「併せ馬の方がいいタイプ」とディアタイザンを少しずつ相手に寄せながら追い、半馬身差で勝利をもぎ取りました。

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▲ステラモナークと内外離れての壮絶な叩き合い


 そして、口にしたのは平野オーナーご夫妻への感謝の言葉。

「いい時も悪い時も全部、タイザンの馬に経験させてもらって、僕自身、成長することができました。平野オーナーには感謝しかありません」

 実は杉浦騎手の重賞制覇は2つを除き、すべて平野ご夫妻が所有される「タイザン」でのもの。

「ずっとお世話になっている平野さんの馬で兵庫ダービーを勝てて、ほんのちょっとですけど恩返しができたのかな、と思います。デビューからずっと乗せてもらっている碇(清次郎)先生の馬で勝てたこととダブルで嬉しいです」

 悔しさも悲しみも跳ね除けて手にしたダービージョッキーの称号。若手の台頭が目立ち始める兵庫で、杉浦騎手もその一角を担うことでしょう。

競馬リポーター。競馬番組のほか、UMAJOセミナー講師やイベントMCも務める。『優駿』『週刊競馬ブック』『Club JRA-Net CAFEブログ』などを執筆。小学5年生からJRAと地方競馬の二刀流。神戸市出身、ホームグラウンドは阪神・園田・栗東。特技は寝ることと馬名しりとり。

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