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ウィズコロナとウィズリンギング

  • 2020年07月09日(木) 12時00分
 4月ぐらいから、キーンという高音の耳鳴りがずっとつづいている。気になるので、耳鼻科に行ってきた。耳や鼻、口のなかを診てもらったほか、聴こえ方や耳の圧力などを検査した結果、鼓膜も綺麗で中耳炎などでもなく、それほど心配しなくてもいいとのことだった。検査結果のグラフを見ると、高音が聴こえづらくなっているようだが、年齢的に珍しくない下がり方だという。原因は加齢やストレスだと思われる――というものだらけになってきた。

 今も、スズムシの声より細くて高い連続音が、特に右耳からずっと聴こえている。

 2月の終わり、四位洋文調教師の騎手引退式を取材したときは、ときおり耳鳴りがする程度だった。それは、あくびをするように耳抜きをすればおさまった。

 4月の初め、大阪杯を取材したときも、今ほどではなかった。競馬場に行ったのはあれが最後だから、私の耳鳴りは、競馬場に行かなくなったころから悪化したようだ。

 だからといって、また競馬場に行くようになれば良化するという単純なものでもないだろう。それでも、入場の解禁日が待ち遠しい。

 競馬場は、差し当たって今月19日までの無観客開催が発表されている。が、今週末から一部のウインズとJ-PLACEで、発売内容と営業時間を制限して「発売・払戻」が再開されるという。

 今週末からの売上げは、ネットと電話投票のほか、釧路、津軽、横手、米子、佐世保、八代、宮崎のウインズと、中標津、くしろ(Aiba)などのJ-PLACEのそれを合計したものになるわけだ。発売されるのは、メインレースと前日発売レースのみということだが、コロナ禍に見舞われてから初めての解禁なのだから、「ウィズコロナ」における一歩前進であることは間違いない。

 プロ野球が開幕してから3週間になろうとしている。無観客競馬は今週が20週目だ。
 無観客競馬が始まったばかりのころ、鞭を入れる音や騎手の声など、観客がいたときには聴こえなかった音が聴こえて面白いと話題になった。同じように、無観客野球では、捕手がボールを受けるときの音や打球音、選手たちの声など、「これまでもあったのに気づかなかったもの」の再発見が、ひとつの楽しみになっている。

 私の耳鳴りも、静かな場所にいるときほど喧しく感じられる。

 つまり、無観客スポーツの音も耳鳴りも相対的なもので、ほかの音がなくなるとクローズアップされるだけなのだ……と、まとめようと思ったのだが、耳鳴りというのは、鞭の音や打球音のように、普通は(というか健康な人は)、必ず聴こえるものではない。

 今思い出したのだが、さっき診てくれた医師は、私の耳鳴りがおさまるともよくなるとも言わなかった。「気にしなくても大丈夫です」というのが結論だった。これは(簡単には)なくならないと思ったほうがいい。となると、求められるのは、耳鳴りといかに共生するか、だ。「ウィズコロナ」ならぬ「ウィズ耳鳴り」、小池百合子風に言うと「ウィズリンギング」である。

 コロナは、何より警戒しなければならない唯一絶対の敵とみなされているが、実は相対的な脅威にほかならない。例えば、私の父の場合は、すい臓がんの治療とコロナ感染リスクのどっちを取るか、という問題だ。私も、家を出ると感染のリスクがあることを承知のうえで、耳鳴りを診てもらうため、駅前のクリニックに行ってきた。

 コロナと経済の関係も同様だ。その経済の部分に、無観客競馬の継続か解除かという問題も関わってくる。

 競馬場に出入りする飲食店などの業者、そこで働く人々、フリーのカメラマンなど、かつての「職場」に出入りできないがゆえに苦しんでいる人々もいる。平時なら周辺の駅やコンビニでよく売れる専門紙や、近隣の飲食店なども、このままではたまらないだろう。

 主催者としては悩ましいところだろうが、長年競馬を周辺で支えてきた人々の痛みにも目を向けてほしい。

 プロ野球では、本稿がアップされた翌日、7月10日から上限5000人の有観客試合を行うという。

 ここ数カ月で私たちが理解したのは、コロナは簡単にはなくならない、ということだ。コロナはつねにそこにある、という前提で動いていくしかない。

 豪雨の被害に遇い、コロナ以外の大きな脅威とも戦わなければならない、九州や岐阜、長野の方々には、心よりお見舞い申し上げます。

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作家。1964年札幌生まれ。ノンフィクションや小説、エッセイなどを、Number、週刊競馬ブック、優駿ほかに寄稿。好きなアスリートは武豊と小林誠司。馬券は単複と馬連がほとんど。ワンフィンガーのビールで卒倒する下戸。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』など多数。『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』で2011年度JRA賞馬事文化賞、小説「下総御料牧場の春」で第26回さきがけ文学賞選奨を受賞。netkeiba.com初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリー『ノン・サラブレッド』。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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