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人と馬が幸せに共生できる社会のために…馬と歴史と未来の会(1)

  • 2020年07月28日(火) 18時03分
第二のストーリー

水沢競馬場で“再デビュー”を果たしたナグラーダ(提供:馬と歴史と未来の会)


諦めずに継続すること、続けていくこと


 今年5月10日、水沢競馬場で1頭の馬が再デビューを果たした。その馬はナグラーダ(牡4)。広尾レース株式会社の所有馬として1度は中央競馬で走ったものの、5戦未勝利で終わった。その後、再ファンドを目指して地方へと転籍したが、調教中に骨折。再ファンドの青写真は白紙になり、引退を余儀なくされた。

 リトレーニングをして乗馬の道を歩む予定だったが、運命は急転した。この馬に出資していた1人の女性が、治療、休養をさせて競走馬へと復帰させるプロジェクトを開始したのだ。その女性は上田優子さん。2018年8月に「岩手にアイドルホースを!」というタイトルで、3回に渡って引退馬支援団体のアハルテケイオンの活動を当コラムで連載したのだが、上田さんはアハルテケイオンの代表だった。当時はやはり骨折で競走馬を引退したアンナベルガイトを誘導馬にして岩手のアイドルホースにできないかと模索、奮闘していた。(※岩手にアイドルホースを!引退馬支援団体アハルテケイオンとは?)

 かつて岩手競馬にも誘導馬がいたのだが、資金的な問題から廃止されたままになっており、それを復活させてアンナベルガイトを誘導馬にするという夢を実現するため、アハルテケイオンの協賛レースを行い、当日ブースで引退馬支援の募金活動を行ったり、誘導馬を復活させるべく岩手競馬側と交渉をするなど、2年前の上田さんは本当に精力的に動き回っていた。

 だが残念ながらその計画はうまくはいかず、アンナベルガイトも岩手を離れ、新天地で第二の馬生を歩んでいると聞いた。

 上田さんは、それで諦めることはなかった。行動力に一層磨きがかかり、りんご農家に馬糞堆肥を使用してもらい、収穫したりんごを加工してリンゴジュースやゼリーを作って販売をしたり、競馬から引退したナグラーダを一旦所有し、岩手競馬で競走馬として復活させるべく活動していた。精神科医の夫の病院のデイサービスの一環として、馬っこパーク・いわてでホースセラピーも行っている。その一方で今年、一般社団法人馬と歴史と未来の会を立ち上げた。アハルテケイオンはいわば上田さん個人の力によるところが大きかったが、引退馬支援活動を大きく広げていくためには、個人では限界がある。そう考えた上田さんは、支援してくれる仲間とともに法人化に踏み切った。

第二のストーリー

馬と歴史と未来の会、代表理事の上田優子さん(提供:馬と歴史と未来の会)


 人と馬とが幸せに共生できる社会が構築されれば、競馬や乗馬を引退した馬たちももっと生きやすくなる。それには今以上に馬事文化が振興し、引退馬たちのセカンドキャリア、サードキャリアの選択肢が増えることが必須となる。馬1頭を飼養するにはある程度の土地と経済的負担が伴うわけで、その現実を踏まえると、人と馬が気持ち良く共生するためには、馬たち自身が自らの飼い葉代を稼げるような、馬それぞれに合ったいくつもの仕事が必要になってくるのだ。もちろん個人的に引退馬を引き取って飼養したり預託する人もいるが、馬と人が協力しての経済活動が可能になれば、より多くの馬たちが競馬を引退した後も命を繋いでいける。

 一般社団法人馬と歴史と未来の会では、その考えのもとナグラーダの競走馬復活のプロジェクトをはじめ、多岐に渡った活動を行っている。

 例えばFUMIER PROJECT。(fumierはフランス語で肥料)馬の利活用の一環として馬糞堆肥の効用を広め、引退馬を繋養して馬糞堆肥を作る牧場や、農作物に使用してもらえる農家を増やして、馬糞堆肥で育った農作物による加工販売を行っていくというものだ。馬糞堆肥の利点は土壌改良ができることで、動物堆肥の中でも繊維質が多い馬糞堆肥は、作物を作り続けて栄養分を吸い上げられて疲れ切った土壌を柔らかくしてフカフカの健康な状態に戻すための力となるという。

 現在行っているのは、馬糞堆肥を使用したりんご栽培だ。当コラムで以前紹介した岩手県のジオファーム八幡平の馬糞堆肥を購入し、リんご農家に協力を仰いで馬糞堆肥を使用したりんご栽培を行っている。ジオファーム八幡平には、2015年の京成杯(GIII)優勝のベルーフやオープンで活躍したシンボリエンパイアをはじめとする引退した競走馬たちも繋養されていて、彼らが排出した馬糞をもとに良質な堆肥が作られている。

 ジオファームの主力商品は馬糞堆肥を利用して作られたマッシュルームだが、良質な堆肥も一般向けに販売されている。その堆肥をジオファームからりんご農園用に馬と歴史と未来の会が購入することで、既に引退馬支援をしていることになるし、地元同士、互いの活性化に繋がるという点でも良い取り組みだと感じた。

 今年から馬糞堆肥で育てるりんごの木のオーナー制度も開始され、オーナーを1口6000円で募ったが、これが好評を博してあっという間に満口になっている。今年栽培したのは早生の品種の「さんさ」で、9月頃に収穫されたりんご1箱がオーナーへと送られることになっている。余剰分のりんごは、ジュースなど加工品に姿を変えて販売される予定だ。

第二のストーリー

馬糞堆肥で育ってている「さんさ」というりんご(提供:馬と歴史と未来の会)


 上田さんは、馬糞堆肥を使ってりんごを栽培してくれる農園に何度も足を運び、交流を深めてきた。昨年まではりんごには触らないようお達しが出ていたそうだが、今年はりんごに触れても良いし、作業も手伝ってほしいとまで言われるほど信頼を得た。上田さんは言う。「継続すること、続けていくことが大事です」と。

 アンナベルガイトを誘導馬としてデビューさせる夢は叶わなかったが、そこで諦めず、くじけずに活動を続けてきたことが、一般社団法人設立に繋がった。1度は競走馬の道が閉ざされたナグラーダが、岩手の地で競走馬として復活を果たした。だが競走馬として走るだけではない。上田さんはナグラーダを通して、やろうとしている計画があった。

(つづく)



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北海道旭川市出身。少女マンガ「ロリィの青春」で乗馬に憧れ、テンポイント骨折のニュースを偶然目にして競馬の世界に引き込まれる。大学卒業後、流転の末に1998年優駿エッセイ賞で次席に入賞。これを機にライター業に転身。以来スポーツ紙、競馬雑誌、クラブ法人会報誌等で執筆。netkeiba.comでは、美浦トレセンニュース等を担当。念願叶って以前から関心があった引退馬の余生について、当コラムで連載中。

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