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馬と人、共に成長…明るい未来へ1歩ずつ 光を失った元競走馬“バンダムテスコ”(3)

  • 2020年09月16日(水) 18時03分
第二のストーリー

ヒポクリニックで過ごすバンダムテスコ(提供:ヒポクリニック)


計り知れないパワーを持つテスコの生きる力


 調教中の事故により、視力を失ったバンダムテスコ。見えていたものが見えなくなる。馬はいったいその状況をどのように受け止めているのか。想像するしかないのだが、テスコを見ていると、全身で周囲の雰囲気や感触を感じようとしており、その姿からは不自由さや悲壮感はあまり漂ってこない。私がもし視力を失ったら、自らの現状に嘆き、不平不満を唱えてテスコのように生きることはできないだろう。

 そう思い巡らせている時に、ふと「明日のことは思いわずらうな。明日のことは、明日自身が思いわずらうであろう。1日の苦労は、その日1日だけで十分である」という聖書の一節が思い出された。「明日はどんな日になるか、誰にもわからない。だから明日を心配するよりも今を生きろ」私にはそういうメッセージに読み取れた。動物たちは、人間のように未来を心配することはない。そのかわり今をただ生きているのだ。目の前にある飼い葉を食べる。眠くなったらまどろむ。物音がしたら、あるいは誰かそばに来たら五感を働かせて探る。馬房から出たら一歩一歩を足裏から伝わる感触や、周囲の状況を全身で感じる。人間のように目が見えないことに悩まず、今という時を重ねている。ただそれだけなのかもしれない。

 ヒポクリニックにやって来て、およそ5か月。目が見えないテスコは、これまでは人との信頼関係を築くことに重きを置いてきた。だが7月半ば過ぎにやって来た幸馬という存在が、テスコの新たな可能性を引き出した。目が見えないからと行動を制限すれば、馬もストレスが溜まる。しかし目が見えない馬を、他の馬と一緒に放牧して大丈夫なのかという不安もあっただろうが、前回も紹介した通りそれは杞憂に終わった。

 年の近い2頭はすぐに意気投合して、じゃれ合うようになった。もちろん柵をまたいだり、アクシデントがあってはいけないので、必ず人が監視している中で放牧している。時間はだいたい1時間ほど。まだ暑い日もあるし、馬が嫌がる虫もいるので、このくらいの時間にとどめているが、もう少し長くても大丈夫そうな感触もあると、ヒポクリニック代表の小泉弓子さんは話す。

■なかよくじゃれ合う2頭(提供:ヒポクリニック)

 そしてもう1つ新たな可能性も開けつつある。最近小泉さんはテスコに跨っているという。8月21日の引退馬協会のバンダムテスコだよりにも、人が乗れるようになったと動画付きで報告されている。ただこれはあくまで乗るための調教ではなく、ある目的があってのものだった。

「調馬索を回していると、やはり右目に光を感じるのか、右目に頼っている感じがあるんですよね。なので右目側だけに頼って運動が左右どちらかに偏らないようにしたいと思ったんです。そこで右だけに頼らないように騎乗して指示を出すという方法が良いのではないかと考えました」

 競走馬の調教を受けており人が乗っていたこともあるのだろうが、今のところは特に反抗する様子はない。さらにプレッシャーをかけないように、ハミをつけずに乗る時もある。

「ハミがあってもなくても、同じ反応ですね。馴致は声でほとんどやっていますので、進めーとか、ホーッという音で止まるというのはおおよそわかっています。なので手綱はあまりいらない印象があります」

 このようにテスコ自身も成長しているのだが、関わってきたスタッフにもテスコは影響を与えている。

「目が見えないので、突然触ったりするとビクンとなったりするんですよね。だから近づく時に声をかけたり、目が見えないのはどんな気持ちなのだろうというのを想像しながら接するようにしています。テスコに関わるようになってからは、他の目の見える馬や、馬に限らず人の気持ちを想像することが多くなってきたように思いますし、以前より自分自身が成長した気がします」

 と話すのは、今年4月に正式にスタッフになった貝塚秀樹さんだ。馬とともに人も成長する。これは理想的な形なのではないだろうか。

第二のストーリー

馬場の角で並ぶバンダムテスコ(左)と幸馬(右)(提供:ヒポクリニック)


 全盲のハンデを乗り越えながら生きているテスコの今後には、どんな未来が待っているのだろう。

「引退馬協会からのお預かりの馬ですので、それはご相談しながらになりますね。いつも接している人でないと不安になってしまうというのではなく、誰が触っても安心していてくれるようになるまで持っていければ、馬も1番幸せなのかなと思っています。そうなればどこへ行っても暮らすことができるようになるでしょう。ですから人が好きであるというのが前提ですし、その人が好きな面をこれからも伸ばしてあげたいと思っています。そしてなるべく様々なことができるようになってほしいですし、たくさんの人に可愛がってもらえる子になってくれればという気持ちで日々接しています」(小泉さん)

 現在も引退馬協会では、バンダムテスコを支えてくれるフォスターペアレント会員募集中だ。たくさんの人に見守ってほしい。小泉さんはそう願っている。
 
 人からの愛情と馬との友情が今のテスコを包み込んでいる。その中でテスコは、明日を思い煩うことなく、目の前のことをこなしながら今日も生きている。

(了)


▽ 認定NPO法人引退馬協会 HP
https://rha.or.jp/index.html

▽ 認定NPO法人引退馬協会 バンダムテスコのページ
https://rha.or.jp/f/bandam_tesco.html

▽ ヒポクリニック Facebook
https://www.facebook.com/2013hippo/

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北海道旭川市出身。少女マンガ「ロリィの青春」で乗馬に憧れ、テンポイント骨折のニュースを偶然目にして競馬の世界に引き込まれる。大学卒業後、流転の末に1998年優駿エッセイ賞で次席に入賞。これを機にライター業に転身。以来スポーツ紙、競馬雑誌、クラブ法人会報誌等で執筆。netkeiba.comでは、美浦トレセンニュース等を担当。念願叶って以前から関心があった引退馬の余生について、当コラムで連載中。

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