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信じること、祈ること

  • 2020年10月08日(木) 12時00分
 先週の本稿でレース実況の上手さを紹介したオイシン・マーフィー騎手が、フランスで受けた尿検査でコカインの陽性反応を示したことが明らかになった。

 マーフィー騎手は「私は生涯一度もコカインを使用したことがない」と話しており、別の機関で行った検査では陰性だったという。

 ディアドラで昨年の英国ナッソーステークス、スワーヴリチャードでジャパンカップを制するなど、日本でもおなじみの彼の潔白を信じたい。

 陽性反応が出たというニュースが伝えられたのは、先週の本稿がアップされてからほぼ半日経った、日本時間の10月1日、木曜日の夜のことだった。

 考えてしまったのは、もし、原稿がアップされる前に報せを受けていたとしたら、マーフィー騎手の実況に関するくだりを原稿から削除していたかどうか、ということだ。

 あのくだりが彼に下される裁定に何らかの影響を及ぼす性質のものだったら、おそらく削除していただろう。しかし、今はフランスギャロによるB検体の検査結果を待っている段階で、私にできることは、繰り返しになるが、彼の潔白を信じて祈ることだけだ。あのくだりは裁定に影響を及ぼさない。

 仮に、アップされる前にニュースを知らされていたとしても、「こういうキャラクターの彼を信じたい」という意味であのくだりを残し、ここに記したようなことを加えていただろう。

 何度でも繰り返す。マーフィー騎手の潔白を信じたい。

 この稿がアップされる10月8日、スポーツ誌「Number」の競馬特集号が、一部地域を除いて発売される。私は、コントレイルの記事と、モーリスの記事を担当した。競馬を大きく扱う雑誌としては、部数も影響力も突出しているだけに、反響が楽しみだ。

 コントレイルに関する取材では、今回も矢作芳人調教師に話を聞いた。矢作師へのインタビューはいつも楽しく、「へえ」と「なるほど」の連続で、時間があっと言う間に過ぎてしまう。

 前に取材したとき、私が明治時代のサラ系の名牝ミラについて書いていることを話すと、8代母にミラと同じく豪州から輸入されたサラ系の牝馬バウアーストツクを持つニキティス(牡、2004年生まれ。父ナリタトップロード、母ローズサーカス)の血統表をタブレットにサッと表示させ、「私が管理していた唯一のサラ系です」と微笑んだ。

 今調べて、このニキティスの伯父にあたるサブノハイタッチ(牡、1995年生まれ。父ワッスルタッチ、母イコマパーク)を、矢作師の父である矢作和人元調教師が大井で管理していたという縁を知った。こういう「矢作血統」もあったのだ。

 矢作師が頭脳派であることはつとに知られているが、馬に関することばかりでなく、世間話のなかで「島田さん、立会川に住んでいたことがあるんだよね」と言うなど、自身にとって重要ではないことの記憶力にも驚かされる。師は大井の出身なので、「地元ネタ」のひとつではあるのだが、私が立会川に住んでいたのは30年ほど前のことで、それを話したのは2年以上前だったと思う。

 本筋の取材で得られる、選馬眼に裏打ちされたコメントももちろん面白いのだが、脱線したときの話のなかにも、物書きにとって美味しいネタや言葉がたくさんある。マスコミ関係者に人気があるのは、取材に協力的だからという理由だけではない。

 さて、今週末から、競馬ミステリーの取材で青森の三沢と八戸に行く。私の場合、ノンフィクションのために取材した人や土地を、小説を書くために別の視点から再度取材することも多いのだが、今回は、寺山修司記念館のように再訪する場所もあれば、初めて訪ねる場所もある。

 それはいいとして、天気予報によると、土日の八戸は暴風雨になっている。

 青森に行くのは一昨年の秋以来だ。そのときも雨に降られた。

 予報が外れてくれることを祈りつつ、取材の下調べをつづけたい。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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