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孫とおじいちゃんのデビューの日、指さし棒を買った師匠――新人騎手たちのデビュー

  • 2020年10月13日(火) 18時01分
「厩務員をしているおじいちゃんがデビュー戦はパドックを曳きたいって言ってくれているんです。最近は曳いていなかったのに」。今年10月のデビューを控えた井上瑛太騎手は照れ笑いを浮かべました。地方競馬では春と秋の2回、新人騎手がデビューします。今秋のデビューは4人。井上瑛太騎手(高知)はおじいさんが和歌山県・紀三井寺競馬場(1988年廃止)の元騎手で、現在は厩務員の松崎健次さん。

一方、飛田愛斗騎手(佐賀)は叔父さんが競馬場の近くで居酒屋さんを営んでいたことがきっかけで所属厩舎が決定。初めて弟子を取る三小田幸人調教師は「指導しないかんけん」と、指さし棒を買ってきて、レース後にビデオを見ながら細やかな指導をしています。そんな新人騎手2人の「ちょっと馬ニアックな世界」を覗いてみましょう。

おじいちゃんの勝負服を受け継いでデビュー


 10月3日、高知競馬4R。

 松崎健次厩務員が曳くジャックビーンズの元に井上瑛太騎手が駆け寄って騎乗すると、一気にカメラのシャッター音が鳴り響きました。

馬ニアックな世界

▲おじいちゃんと孫の初共演。右が祖父・松崎健次厩務員


 松崎厩務員はいまは無き紀三井寺競馬場(和歌山県)で約10年、騎手として活躍し、重賞制覇も果たしました。現在は打越勇児厩舎(高知)で厩務員をしていて、2016年には担当するメイショウパーシーで重賞・建依別賞を制覇。その時、鞍上・宮川実騎手のガッツポーズに衝撃を受け、「騎手になりたい!」と強く決意したのが孫の井上騎手でした。

 サッカー少年だった井上騎手は、中学2年生から夏休みなどは祖父母の家に泊まり、深夜3時から厩舎作業を手伝いに行くようになりました。

 ご自身も打越厩舎の厩務員であるおばあさまの松崎笑美子さんは当時をこう振り返ります。

「この子が突然、『騎手になりたい』って言いましてね。『えーっ!』って驚きましたけど、主人はすごく喜んだんですよ」

馬ニアックな世界

▲井上騎手(中央)と、ともに現在は厩務員の祖父・松崎健次さん(右)、祖母・松崎笑美子さん(左)


 写真でしか見たことのないおじいさまの騎手時代。それでも、普段接する「おじいちゃんの姿」とは違って、「本当にレースに乗っていたんだなぁ」と感じたと言います。そして井上騎手は、おじいさまが騎手時代に使用していた勝負服(紫と黄色の配色)から紫色を借りて、柄は兄弟子たちと同じ星散らしの勝負服で騎手デビューすることを決めたのでした。

 デビュー戦は1Rトーセンチェロキーで10着。そしてデビュー3戦目となる4Rで冒頭の「おじいちゃんとの初共演」が実現したのでした。向正面から追い上げるも2着で、「おじいちゃんとの初勝利」とはなりませんでしたが、ゴール後は応援団から拍手も沸きました。

 初日はその後も勝つことができず「難しいです……」と肩を落とした井上騎手ですが、初勝利は早くも翌日にやってきました。4日高知3R、ビービーバーレスクで3コーナー過ぎで早め先頭に立つと、迫る赤岡修次騎手をギリギリ凌いで初勝利。

馬ニアックな世界

▲初勝利はデビュー7戦目・ビービーバーレスクで早め先頭から押し切り勝ち


「同期で初勝利一番乗りができてよかったです。斤量減を活かして、粘れればと思っていました。最後の直線が長くて、200mの直線が300mくらいに感じました。直線半ばでムチの音が聞こえてきて、振り返ったら赤岡騎手。『また昨日のように2着か…』と思いましたが、馬ががんばってくれました。教養センターの時と違って、1頭の馬に多くの関係者が携わっているので、乗せてくださったことにも感謝しています」

馬ニアックな世界

▲初勝利を挙げて笑顔で引き上げてきた井上騎手


 さらにその後、セイマーメイドで2勝目。「実習中から調教に乗っていて、一番縁のある馬なんです。それに、自厩舎で初めて勝てて嬉しいです」

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▲セイマーメイドで1日2勝!


 師匠の打越調教師からは「ムチよりも追うことを意識した方がいい。でも、いい競馬だった」と、初日を終えて言葉をかけられていたそうです。1年目の目標は50勝。「3期(1年半)先輩の多田羅誠也騎手が1年目にマークした48勝を超えたいです」と井上騎手。ファンのみなさんからは「えいちゃん」と呼んでほしいそうです。「えいちゃん、がんばれ!」の声援に応えて、目標を達成してほしいですね。

愛弟子のために師匠がいつもポケットに入れているモノ


 お父様と佐賀競馬場にレースを見に行き、「カッコイイ!」と騎手を目指した飛田愛斗騎手。叔父さまが佐賀競馬場の近くで居酒屋を営んでいて、三小田幸人調教師もお店の常連だったことから所属厩舎が決まった、という少し面白い経歴の持ち主です。

 中学を卒業し、地方競馬教養センターに合格。(※一部事実に誤りがあったため、訂正いたしました)

 デビューは10月3日佐賀4R、キュウシュウダンジで6着。その日の11Rではエーティーキンセイで中団から追い上げ、クビ+クビ差の3着と、初勝利まであと一歩でした。

「追いながら『うわー、初勝利いける!』って思ったんですけど、4コーナーで外を回りすぎてしまいました。他のレースでも、慌てないでおこうと思っても、体が勝手に勝ちに行こうとしてしまって、馬に体力を使わせてしまいました」

 少し落ち込み気味にそう話した飛田騎手。

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▲パドックには飛田愛斗騎手の大きな横断幕が掲げられています


 デビュー2週目を終えて初勝利はまだ手にしていませんが、三小田調教師は勝つことよりも大切なことがあると教えています。

「たまたま強い馬に乗ったら勝てることもあるかもしれないですけど、そうじゃなくて一つ一つ覚えていくことが大事です。レースの流れを覚えて、ある程度のポジションにつけるとか、コーナーをピッタリ回ってくるとか、そちらの方が大切です。『なんで負けたか』を考えないとね」

 騎手出身の三小田調教師。そういったレース中の細かな動きを、ビデオを見ながら教えているのでしょうか?

「そうなんです。こういう棒で、ホラ!」

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▲飛田騎手のために買ってきた指さし棒。いつもポケットに入れて持ち歩いています


「本人は焦っているでしょうけど、『もう勝つやろう』っていうのを繰り返して悩んで勝つ方が重みがありますからね。もう42年も前のことですけど、私も自分がデビューした時のことはいまだに覚えています」

 そう、三小田調教師も騎手としてデビューした頃はなかなか勝てなかったそうなのです。

「騎手が40人くらいいて、減量もなくて、6日間1開催で3つくらいしか乗れませんでした。2、3着ばかりで、焦っては負け、出遅れては負け、競っては負けて。30〜40鞍乗って、ようやく初勝利を挙げられるまでは長かったですけど、1つ勝ったらポンポンと続きました」

 初勝利まで3カ月の月日を要しましたが、通算1632勝を挙げました。初勝利の早さと、その後の活躍は必ずしも比例するというわけではないのです。飛田騎手自身も、頭では「焦らなくてもいい」と理解しているようです。そんな話をしていると、地元トップジョッキーの山口勲騎手が偶然通りかかって、こう声をかけました。

「天才じゃないけん、みんな最初からは上手くいかないですよ。飛田くんは普段も走り込んだりしてしっかりしているし、最近デビューした新人の中では一番いい感じ。すぐに勝つと思いますよ」

 走り込みの成果もあり、新人ながら道中は下半身がしっかりしているように見えます。

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▲新人ながら、下半身が安定したフォーム


 目標の先輩からの嬉しい言葉に「ありがとうございます!」と元気よく答えた飛田騎手。山口騎手が立ち去った後、力強くこう話しました。

「がんばって(山口)勲さんみたいにならないと。絶対にリーディングを獲ります!」

 この気持ちの強さはきっと将来、大きな花を咲かせることでしょう。

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▲飛田愛斗騎手(右)と師匠の三小田幸人調教師

競馬リポーター。競馬番組のほか、UMAJOセミナー講師やイベントMCも務める。『優駿』『週刊競馬ブック』『Club JRA-Net CAFEブログ』などを執筆。小学5年生からJRAと地方競馬の二刀流。神戸市出身、ホームグラウンドは阪神・園田・栗東。特技は寝ることと馬名しりとり。

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