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角刈りの理由

  • 2020年11月12日(木) 12時00分
 先週の本稿の注目数が100を超えた。JBCに関する話がよかったと評価してくれた人が多かったのか。それとも、注目数が50以上になったら角刈りにした理由をネタにすると書いたことが効いてしまったのか。

 おそらく後者であろう。今も私の頭はほぼ角刈りで、サイドは1センチに満たず、前髪は3センチほどしかない。

 昔から、頭を丸めるのは、何か不都合があったときだ。いいことがあって、「めでたいめでたい」と髪を切る人はまずいない。

 読者のみなさんも、それを承知のうえで注目ボタンを押したはずだ。

 人の不幸は蜜の味である。きっとみなさんは、私が何らかの災難に見舞われたことを嗅ぎ取ったのだろう。

 そのとおりである。が、別に、何か悪いことをやらかし、みそぎとして頭を丸めたわけではない。

 角刈りにしたのは、治療に専念するためだ。

 何の治療かというと、ハゲの治療である。

 ここ数年、私はときおり同じ悪夢にうなされるようになっていた。自分の前髪から頭頂部へと手を差し入れ、髪をかき上げると、頭頂部が薄くなっている夢だ。以前は、目が覚めて頭を触ったらちゃんと髪があるので「夢か」で終わっていたのだが、コロナによる自粛生活をつづけていたある朝、久しぶりにその夢で目が覚め、自分の頭頂部に手をやると、本当に薄くなっていた。愕然とした。普通、夢が現実になるのはいいことだが、よもや、こんな形で夢が現実になるとは、それこそ夢にも思わなかった。

 島田家の男は、頭頂部から薄くなり、地肌が丸くひろがっていく「フランシスコ・ザビエル型」だ。額の生えぎわが後退していく「M字型」と行き着くところは同じでも、途中経過はずいぶん異なる。

 ザビエル型は、当初は周囲に気づかれにくいぶん、自覚症状も出にくい。

 一昨年の相馬野馬追取材で日焼けしたとき、頭皮までポロポロ剥けた。そのころは、全体に髪が細くなり、ボリュームが少なくなっているのだと思っていた。

 初めて「あれ?」と思ったのは昨年の夏のことだった。NHK札幌でのディープインパクト追悼特番の撮影前、メイクの女性が私の髪を整えるとき、開口一番「とりあえず、つむじ隠しましょうねー」と明るく言った。彼女は、サイドや後ろの髪までゴソッと前に持っていく、今風の洒落た感じのスタイルに仕上げてくれた。おかげで、強い照明が当たるなか、大胆なカメラワークで頭上から撮られても、どこにも問題があるようには見えなかった。

 今の私も、正面から見ると、特に何かを隠しているようには見えない。

 そう、ザビエル型は静かに進行するのだ。いや、侵攻と言うべきか。

 それに対し、M字型にはスピードタイプが多いように思う。

 この夏、自分の頭頂部が薄くなっていることに気づいたとき、まず脳裏に浮かんだのは、「我が家」というお笑い3人組の坪倉由幸さんというイケメンだ。彼も、正面から見たらまったくわからないが、頭を下げたり、後ろを向いてのけ反ったりすると頭頂部の地肌が見える。数年前からそれをネタにし、芸の幅をさらにひろげていたのだが、私にマネのできることではない。

 そこで決断した。とりあえず、あがくことを。最初は発毛剤を使い、効かなかったら増毛法、それが使えないほど進行したらスキンヘッドにしよう、と。

 かくして、忘れもしない、2020年8月6日から、発毛剤の「リアップ」を朝晩1回ずつ、トントンと塗るようになった。薬剤師のいる店でしか買えない第1類医薬品である。そのころは本稿のバナー写真と同じぐらいの長さだったので、髪の毛にかなり薬がついてしまった。なので、製造元の大正製薬のお客様119番室に電話をかけ、薬がもったいないので髪を短くしたほうがいいかと訊いてみた。すると、「そこまでする必要はありません。まったく髪につけずに塗布することは不可能なので、上手く髪をかき分けてつけてください」と言われた。

 それでも、根がセコい私は、少しでも多くの薬を地肌につけるべく、髪を短く切ることにした、というわけである。

 リアップの臨床データによると、使いはじめてから16週後には軽度改善が70%強、中等度改善が10%強と、80%以上の被験者に効果が見られると医師が評価している。密度の高い毛髪成長にあたる著明改善の被験者が出てくるのは24週後からで、そのころには90%以上に軽度、中等度を含む改善効果が出ている。つまり、明らかな効果が出るまでは半年ほど使いつづけなければいけないわけだ。

 実は、自分のハゲをカミングアウトするとしても、頭頂部が元に戻ってからにしようと思っていた。が、こういうネタは進行形で、失敗に終わるリスクもあるときのほうがいいに決まっている。

 私はリアップを使いはじめてから14週になろうとしている。

 現状は、いくらか増えてきたように思うが、気のせいかもしれない、というレベルだ。

 使いはじめてからひと月半ほどは、有効成分のミノキシジルが発毛サイクルを正常化させる過程で、弱い毛が毛穴から追い出される「初期脱毛」というやつなのか、抜け毛がひどくて参った。

 大山ヒルズに放牧されていたコントレイルを取材するため、8月の終わりに米子のホテルに泊まったときのことだった。ユニットバスで髪を洗って体を流していると、足元に湯が溜まってきた。何と、私の抜け毛が排水口を塞いでいたのだ(このときはまだ髪が長かった)。

 であるから、最初のふた月ほどは、使う前よりむしろ薄くなった。が、塗りはじめてすぐ、数年前からあった慢性的な頭皮の痒みがおさまり、残っている毛がしっかりしてきたような気がしたので、我慢して使いつづけた。すると、9月の終わりごろから、ようやく抜け毛が少なくなってきた。

 いわゆる「今ココ」は、使いはじめたころと同じくらいか、そのちょっと上のところだ。

 東京競馬場で会った柏木集保さんは私に気づいてくれず、マスクを外して「島田です」と言うと、「どうしたの、その頭」と驚いていた。私は「いやあ、ちょっと」と笑ってごまかしたが、こういう個人的事情を隠していたのである。

 ハゲネタのあとで恐縮だが、河崎秋子さんの新作『鳩護』(徳間書店)がとても面白かった。書名は「はともり」と読み、真っ白な鳩に「選ばれた」27歳の女性が主人公で、動物が好きな人も、嫌いな人も楽しめる。ネタバラシになるので詳述しないが、競馬ファンならさらに引き込まれる。酪農家として動物の生死に向き合ってきた人の作品だけに、人間と動物との関わりにおける本音と建前についても考えさせられる。

 入院中の父を退院させるため、今週、また札幌に行く。胆汁を体外に出す管を2本つけたままになる。これから数カ月は、私も、札幌で過ごす日がほとんどになりそうだ。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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