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牧場を貸すことに―突如現れた救世主編―

  • 2020年11月19日(木) 18時00分

「共同牧場」として再び歩み始めた個人牧場


 いきなり私事で恐縮だが、このほど牧場を賃貸することになった。順調ならば、来週にも地元の農業委員会で正式に認可され、牧場賃貸契約が正式にスタートする。

 私の牧場は、2005年を最後にサラブレッドの生産を休止しており、以来15年間にわたり、半ば空き家に近い状態が続いていた。現在は縁あって現役をリタイアした功労馬を数頭預かって繋養しているものの、生産牧場としてはすでに機能していない。一応、牧場としての体裁をかろうじて保っているだけの存在になっていた。

生産地便り

現在は生産は行っておらず、功労馬を数頭繋養している


 私にとって、自分の牧場の行く末がかねてより最も気になる部分ではあった。現在、私は妻と二人暮らしで、子供たち(娘のみ)は全員成人して家を出ている。いわゆる“スープの冷めない距離”にある古い本宅には、90代の父親が一人で暮らす。牧場を継ぐ子供がいなければ、当然のことながら、いずれ近いうちに牧場は管理が行き届かなくなって、やがて荒れ果てる。そうした状況を間近で見ながら老後をこの地で送ることになるのだろう、と考えると、何とも複雑な心境に陥ってくるのであった。

 そんな折、9月中旬に、救世主が現れた。名前をFさんという。夫人と小学生のお子さんが2人いる43歳の男性である。とある知人の紹介でこの方と知り合った。聞くところによると、Fさんはかなり若い頃から「自分の牧場を持つ」のが夢であったそうな。

 Fさんは千葉県出身。帯広畜産大学卒業後、浦河町内のとある中規模牧場に就職し、20年近く勤めてきたという。いよいよ独立すべく、今年7月末でその牧場を退職し、町内で牧場の賃貸物件を探していたらしい。

 現在、浦河町内には、大小合わせて、生産牧場が200軒近くはあるだろう。中には、私の牧場のように、すでに生産活動を休止してしまっているところもあれば、まだ、今は何とか生産を続けてはいるものの、後継者不在で、近々廃業せざるを得ない個人牧場も少なくない。Fさんによれば「すぐに牧場は見つかるだろうと思っていたのが、いざ当たってみるとなかなか適当な物件がないことが分かってきた」とのことで、9月中旬の段階では、もう年内は難しいかもしれないと半ば諦めかけていたという。

 そんな矢先に、前述したように、とある方の紹介でFさんが私宅にやってきたのであった。さっそくFさんに牧場を案内して、隅々まで見て頂くことにした。私の牧場は、規模から言えば、日高でも最小クラスの個人牧場である。面積は放牧地と採草地を合わせても10ヘクタールに満たない。厩舎は3棟あるが、うち2棟は「昭和」の建物で、かなり老朽化している。馬房は、全部で21馬房。他に倉庫が2棟。農機具はトラクター3台と牧草収穫用の各種作業機が一通り揃っているものの、これらもみんな古い中古品ばかりである。さらに、牧柵もまた、あちこち傷んでおり、修理の必要な箇所だらけである。

 おそらく、落胆するだろうと思いながら、Fさんに牧場を見て頂いたところ、「ここが気に入りました。ぜひお願いします」と言うのであった。厩舎内には様々ながらくたの類が空き馬房に山積みになっているし、牧柵もあちこち直さなければならないところだらけだが、それでも良いと彼は前向きであった。

 ネックになる功労馬たちも、そのままここで繋養してくれて構わない、とも口にした。

 最高齢は31歳。他の馬たちもみんな20歳をとうに超えている老齢馬たちだから、この期に及んで環境を変えるとかなりのストレスになるだろう、と彼は言うのであった。そんなわけで、当面は、Fさんと私との「共同牧場」のような形をとることにした。

生産地便り

「共同牧場」として再生していくこととなった


 Fさんは、すでに町内某所に住宅を所有しており、私の牧場へは車で10分かけて通ってきている。この浦河町内で貸物件の牧場を探していたのは、そんな制約があるからだ。

 もちろん生産牧場として独立するのだから、馬の出産などで厩舎を離れられない場面も出てくる。そのために、近々、厩舎の一角を改造して、Fさん用の事務所兼休憩スペースを作る予定になっている。

 今月に入り、さっそくFさんの繁殖牝馬が1頭入厩してきた。また、近いうちにとあるオーナーが繁殖牝馬を2頭預けてくれることになっている、とも聞く。

 すでに10月以来、折を見て、牧柵の整備に着手している。これはFさんと私との共同作業である。厩舎内の片付けもかなり進み、新しい繁殖牝馬を受け入れる準備がかなり整ってきた。

 ともあれ、縁あって、話がトントン拍子で進み、牧場を賃貸することになったのである。来月65歳になる私と異なり、Fさんは43歳とまだ若く、これから20年は現役でバリバリ働ける人だ。そして、何より私にとって最もうれしいのは、いくら取るに足らない牧場であったとしても、今後荒れるに任せるしかなかったであろう現状から、一転して、牧場が牧場として再生し、維持管理して頂ける目途が立った、ということだ。

 次回は、Fさんのことをもう少し詳しく紹介しようと思う。

岩手の怪物トウケイニセイの生産者。 「週刊Gallop」「日経新聞」などで 連載コラムを執筆中。1955年生まれ。

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