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元気になった、ばんえい競馬

  • 2020年12月15日(火) 18時00分

22歳の新人騎手は甲子園出場の元高校球児


 12月13日のばんえい競馬第9レースで、前日にデビューした新人・金田利貴(かねた・りき)騎手が、8戦目で初勝利を挙げた。

 ばんえい競馬では、2012年1月1日付けで新規に免許を受けた舘澤直央騎手以来、長らく新人騎手のデビューが途絶えていたのだが、約8年ぶりの新人デビューとなったのが、2019年12月1日付で免許を受けた林康文騎手。ただ林騎手はそのときすでに38歳。それまで馬に関わる仕事の経験がなく、初めて厩務員として働き始めたのが2017年10月、36歳のときだから、異色の経歴といえる。

 一方、金田騎手は、1998年1月生まれの22歳。ばんえいの現役騎手で次に若いのが、今月21日で30歳になる赤塚健仁騎手なのだが、その赤塚騎手も含めて30歳代前半(30〜34歳)の現役騎手は7人もいる。

 舘澤騎手から林騎手のデビューまで8年、そして赤塚騎手から金田騎手まで年齢にして7歳差というそれぞれの空白は、ばんえい競馬が苦しかった時代を象徴している。

 父が元騎手で現調教師(金田勇調教師)という金田騎手は、白樺学園高校3年のときに高校球児として夏の甲子園に出場した経験がある。大学に進学しても野球を続けたが、ばんえい競馬は子供の頃から身近にあり、「もっとばんえい競馬を伝えたい」という気持ちが強くなったとのことで、大学を中退。2018年9月から父の厩舎で厩務員として働き始めた。そして騎手試験には2度目の受験で合格した。

 デビューに先立ち、12月5日に行われたファンへのお披露目での挨拶が印象的だった。

「子供の頃、ばんえい競馬がなくなるかもしれないということがあったんですけど、そのときに、間近でいろんな人が、いろんなファンの皆さまが、この競馬が残るように尽力してくれたことに、まず感謝と尊敬をします。その思いを今後、騎乗で皆様に恩返しできるようにがんばります」

 ばんえい競馬はかつて、旭川、帯広、岩見沢、北見の4市(競馬場)で開催されていたが、2006年度に次々に撤退を表明。ほとんど廃止に傾いたが、民間企業の助けもあって、2007年度には帯広市単独で“生き残った”という経緯がある。

 のちの金田利貴騎手は、当時まだ8歳。そんな小学生のころのことを、いま「感謝と尊敬」という言葉にして伝えるとは、当時、少なからず存続に関わった者にとっては心に響くものがあった。

 ばんえい競馬は帯広単独開催となったあとも売上が下がり続け、2011年度には1日平均で6700万円余りにまで落ち込んだ。当時、1日の売上が1億円を越えたのは、年間でも数日程度しかなかったと記憶している。

 その後は地方競馬全体で売上が回復したのと軌を一にしたが、JRA-PATでの発売がないばんえい競馬は回復の割合も緩やかで、1日平均でようやく1億円を超えたのが2016年度のこと。それでもその後はネットとスマホの普及によってさらなる回復を見せ、2019年度には1日平均で2億円を超え、さらに今年度は発表されている4〜10月の集計で1日平均2億9612万円余りと、前年同期比で150%程度の伸びを見せている。

 2007年度に帯広市単独開催となったときには、“新生・ばんえい競馬”とも言われ、以降は“ばんえい十勝”という呼び名も定着した。

 あれから13年。売上が元気になり、将来性のある若手騎手が誕生したことで、ばんえい競馬はまた新たな時代を迎えるのかもしれない。

1964年生まれ。グリーンチャンネル『地・中・海ケイバモード』解説。NAR公式サイト『ウェブハロン』、『優駿』、『週刊競馬ブック』等で記事を執筆。ドバイ、ブリーダーズC、シンガポール、香港などの国際レースにも毎年足を運ぶ。

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