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【福永祐一の証言】角居調教師は『敗因を“ジョッキーのミス”で終わらせない』先生でした

  • 2021年02月17日(水) 18時02分
角居調教師引退特集

▲福永騎手が証言する、角居調教師の本当のスゴさ (C)netkeiba.com


今月いっぱいで引退を迎える角居調教師の活躍をたどる特集。本日からスタートする第二部では、角居調教師に縁の深い競馬関係者6名が登場し、“角居勝彦のスゴさ”を証言します。

トップバッターは福永祐一騎手。角居厩舎の記念すべき初出走の手綱を任され、最後のGIとなるフェブラリーSでワイドファラオに騎乗するのも福永騎手です。ジョッキーの視点から証言する、角居調教師の本当のスゴさとは?

(取材・構成=不破由妃子)

※この取材は昨年末に実施しました。

【第一部】名トレーナー誕生秘話『角居勝彦物語』(2/11〜2/16)
【第二部】関係者たちが証言“角居勝彦のスゴさ”(2/17〜2/24)
【第三部】引退直前、角居調教師からのラストメッセージ(2/25〜2/26)

「祐一くんにダービーを」…先生の思いに応えたかった


──2001年3月11日、阪神6R(4歳上500万下)。角居厩舎の記念すべき初出走で、手綱を任されたのが福永さんでした(セトノマックイーン5着)。以来20年間、344鞍でタッグを組み、重賞9勝を含む57勝(2月14日終了時点)。福永さんの騎手人生を語る上で欠かせない厩舎のひとつだと思いますが、今、角居調教師にはどんな思いがありますか?

福永 角居先生から学ぶことも多かったですし、本当にたくさんの出会いを与えていただきました。馬との出会いはもちろんですが、自分の騎手人生を変えてくれたコーチも、角居先生が紹介してくれた方ですからね。本当に感謝しかないです。

 2021年で引退すると聞いたときは当然驚きましたし、残念だなという気持ちもあります。ただ、先生ご自身が選ばれた道。今は、最後まで騎手として携わっていられたらいいなという思いです。

──角居厩舎と福永さんのタッグといえば、やはりシーザリオとエピファネイア。この2頭を通じての思い出を教えてください。

福永 シーザリオに騎乗することになったきっかけは、2004年の角居厩舎の忘年会でした。参加していたジョッキーがひと言ずつ挨拶をするなかで、「今年はあまり貢献できなかったので、機会をいただけるのであれば、来年こそはぜひ貢献したいです」というようなことを言ったんです。当時は角居厩舎の馬にあまり乗っていなかったので、先生も「悪いな」と思ってくれたようで。その忘年会の直後にいただいた騎乗依頼が、シーザリオのデビュー戦でした。

──2005年の牝馬クラシックにはラインクラフトというお手馬もいて、桜花賞でのシーザリオの鞍上は愛知の吉田稔さんでした。そこであえて地方ジョッキーを起用したのも、「オークスで福永さんに戻しやすいように」という、角居調教師の配慮だったそうですね。

福永 そうでしたね。思いやりというか、愛情を感じた出来事でした。ちなみに、ラインクラフトの瀬戸口先生も「お前がオークスでシーザリオに乗るんやったら、うちはNHKマイルCに行くわ」と言ってくださって。今とは違い、桜花賞馬はオークスに向かうのが当たり前の時代でしたからね。おふたりの思いやりを感じたのを覚えています。

角居調教師引退特集

▲この1か月半後、アメリカンオークスも制覇した (撮影:下野雄規)


──そのシーザリオの仔、エピファネイアもまた、福永さんの騎手人生を変えた1頭。

福永 そうですね。エピファネイア以前から、角居先生はずっと「祐一くんにダービーを」という思いを口にしてくれていたんです。その思いがすごくうれしかったし、そのチャンスがある馬に出会えたわけですから、先生の思いに応えたいという気持ちは当然強かった。

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1964年3月28日、石川県生まれ。JRA栗東所属の調教師。競馬学校を卒業後、中尾謙太郎厩舎及び松田国英厩舎で調教助手を務め、2001年に厩舎を開業。その後、カネヒキリ、ウオッカ、エピファネイアなど多くのGI馬を管理してきたと共に、海外競馬でもデルタブルース、シーザリオ、ヴィクトワールピサなどのGI馬を輩出。

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