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先週末の地震で山元トレセンは

  • 2021年02月18日(木) 12時00分
 先週の土曜日、2月13日の午後11時8分ごろ、福島県沖を震源とするマグニチュード7.3、最大震度6強の地震が発生した。不幸中の幸いで、潮位の変化は見られたものの、10年前の東日本大震災のときのような、大きな津波はなかった。

 福島県相馬市が震度6強、南相馬市が6弱だった。小高郷の蒔田保夫さんをはじめとする相馬野馬追の騎馬武者たちの安否が気になったが、時間が時間だし、大変なときに連絡するのはためらわれた。

 翌朝、蒔田さんにSMSで連絡すると、「多肉植物の棚がひっくり返った程度です」と返信が来て、ほっとした。

 が、相馬市や福島市の知人には、物が散乱して家のなかがメチャメチャになったという人もいた。

 社台グループの外厩として知られる山元トレーニングセンターのある宮城県山元町も震度6弱の揺れに襲われた。近くの常磐自動車道の相馬インターチェンジと新地インターチェンジの間で法面(のりめん=掘割区間の斜面)が崩壊し、路面に亀裂が発生するなどして通行止めになったことも報じられた。

 また、地震発生から数日経っても、山元町の一部では断水がつづいているというニュースを見て、心配になってきた。山元トレセンは、震度6強だった福島県新地町に隣接している。実際は震度6弱より揺れが激しかった可能性もある。

 山元トレセンの人馬は無事なのだろうか。顧問の袴田二三男さんに、SMSと電話で話を聞いた。

「人馬ともに無事です。電気は通じており、厩舎は井戸水なので、馬の水は大丈夫です。ただ、社宅と寮、事務所は断水中です。室内もひどい状態でした。調教施設は無事なので、月曜日から通常どおり調教を行っています」

 まず、SMSでそう伝えられた。

 私は、10年前の震災のときも、袴田さんと福島競馬場、美浦トレセン、JRA本部の関係者らに話を聞いて、同時進行のノンフィクションを書いたことがあった。

 2011年3月11日、袴田さんは翌日の新幹線の切符を買うため、山元トレセンから6キロほど北のJR山下駅に車で来ていた。牧場に戻ろうと車を走らせたとき、東北地方太平洋沖地震が発生。車ごとトランポリンの上にいるかのように大きく弾んだ。津波警報が出ていたので、内陸側を通って牧場に戻った。場内は停電しており、馬に与える水を井戸から汲み上げることができなかったので、袴田さんは発電機を借りるべく、また車を走らせた。

 夕刻、津波の瓦礫が坂路コースのスタート地点まで押し寄せているのを見て愕然とした。土手が崩れて使えなくなった厩舎もあった。

 翌日から少しずつ人馬をほかの施設に「疎開」させ、3月20日までには140頭ほどの馬とスタッフのほとんどを移動させた。それらの人馬すべてが山元トレセンに戻ってきたのは、発災から2カ月以上経った5月20日のことだった──。

「今回の地震でも、場内の道に亀裂が入ったり、厩舎にひび割れが見つかったり、地面が隆起して厩舎の出入口に段差ができてしまったりと被害がありました」

 地震のあった翌日は日曜日だったので、もともと調教は休みだった。が、そのほかの業務は普通どおりに行った。そして、翌日の月曜日から、先述したように、従前どおりに調教をしているという。

 ただ、私が袴田さんと話した2月17日午後の時点でも断水はつづいており、袴田さんが役所に問い合わせたところ、復旧のメドは立っていないとのことだった。

 水が出ないと手や顔、体を洗うこともできないし、調理をすることもできない。

「地震の翌朝は少し出ていたのですが、そのうち止まってしまいました。トイレは、厩舎の水をポリタンクに入れて流すなどしています。車で5分くらいのところに温泉宿があるので、そこを利用している従業員もいます」

 山元トレセンにはフィリピン人11人、インド人3人の外国人スタッフもいるのだが、彼らは温泉などに抵抗があるのか、厩舎から出るお湯を利用して体を拭くなどしているようだ。

 法面が崩れていた常磐自動車道は17日に復旧。それまで、美浦や東京方面に行くのに20分ほどのロスがあったのだが、すでに解消された。

 人間用の水が出なくても、山元トレセンの人馬は、これまでどおり、次のレースを目指して動きつづけている。

 未曾有の大災害から10年。新型コロナウイルスという、エリアを限定しない未知の災厄に見舞われ、みなが疲弊しているなか、10年前の記憶を力ずくで呼び覚まされるような地震であった。

「10年の節目」と言われているが、節目というのは、私のような外部の人間が一方的につける区切りであって、災害には節目も区切りもない──という現実を突きつけられたようにも感じている。

 そんな思いを抱えたまま袴田さんと話したのだが、袴田さんの声に、いつもの張りがあったので安心した。

 発生から1週間ほどは、同程度の地震に警戒するよう気象庁が呼びかけている。

 袴田さんをはじめ、10年前も今回も揺れを経験したみなさん、くれぐれもお気をつけてお過ごしください。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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