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【緊急深掘りコラム】「持続化給付金」不適切受給 競馬の信頼を損ねた責任は重い

  • 2021年02月21日(日) 19時00分
 中央競馬の美浦、栗東トレセンで勤務する多くの調教助手、厩務員が、コロナ禍で被害を受けた自営業者などの救済策として経済産業省が設定した「持続化給付金」を不適切な形で受給していたことが明らかになった。2月16日に第一報を伝えた共同通信は、申請から受給に至る過程には大阪市内の税理士法人が関与し、「受給者は100人以上」とする関係者の証言と、総額が1億円を超える可能性があることを伝えた。

 17日には衆議院予算委員会にJRAの後藤正幸理事長が招致され、立憲民主党の後藤祐一議員の質問に、野上浩太郎農水相は「競馬への信頼を確保するため、不正受給があれば返還させるなど厳正な対応を取るよう指示した」と答弁した。JRAは18日、日本調教師会(橋田満会長)に、厩舎ごとの受給状況を報告するよう要請した。

 国内の競馬はコロナ禍にあっても、開催中止などの事例はほとんどなく、業績も好調に推移している。こうした中、多くの厩舎従業員が給付金を申請・受給していた事実だけでも、強い社会的非難に値する。組織的に行われていたとすれば、当事者の責任はさらに重い。一連の申請の動きは昨年前半から察知され、警告を発する人々もいただけに、後手後手の対応に終始したJRAの責任も重い。

進上金は事業所得


 経済産業省のホームページを見ると、持続化給付金の対象は「コロナ禍で影響を受けている事業者」で、幅広い業種の法人・個人が該当するとしている。支給要件は「売上が前年同月比50%減少している事業者」。最大で法人に200万円、個人に100万円が支給される。2020年のある月の収入が前年の半額以下に減れば、形式上の要件は充足する。

 厩舎従業員がなぜ「事業者」なのか、疑問を抱く人もいるだろう。実際、彼らは調教師に雇用され、月々の給与とボーナスが収入の柱である。だが、「進上金」という別な収入源もあり、ここが一般の給与所得者と異なる。担当馬がレースで賞金・手当を獲得した場合、原則5%が厩務員や持ち乗り(飼養管理と調教の両方を担う)の調教助手の分け前となる。アーモンドアイのような歴代級名馬を担当すれば、途方もない額にはね上がる。一方で、稼ぐ馬が引退して、次の担当馬の成績が不振なら収入は激減。そんな不安定さがついて回る。

 進上金の税法上の扱いは、実は長年の論争の種だった。以前は雑所得とされる一方で、収入の35%が一律に経費として処理されていた。だが、08年度の確定申告の際、美浦トレセンを管轄する龍ケ崎税務署が一方的に慣行の廃止を通告し、一部の申告の修正を要求。これを機に美浦の最大労組、日本中央競馬関東TC労(以下関東TC労)が国税当局との長期戦を展開。進上金を事業所得として扱うことで決着し、集団での青色申告も始まった。

 保険外交員なども給与と事業所得の2本立てで収入を得ている職種である。持続化給付金を巡っては、サラリーマンや大学生といった事業所得のない人々が確定申告書を偽造して受給した事例もあり、刑事事件となっている。だが、厩舎従業員は継続的に事業所得を得ている形となり、「コロナ禍による」減収があれば、形式的には支給の余地がある。

6月に警告は出ていた


 だが、冒頭で述べた通り、国内の競馬は奇跡的にコロナ禍の影響を逃れた。中央競馬は無観客態勢が7カ月を超えたものの、開催自体は無傷で売り上げも前年比3.5%増。欧州のような賞金・手当削減とは無縁で、むしろ21年度は前年より増額されている。よほどの特殊事情がない限り、受給対象にはならない。

 特殊事情としては、例えば直前に中止されたドバイ国際競走に遠征して「空振り」となった事例が考えられる。国内では昨年4月の緊急事態宣言後、移動の最小化のため、オープンと障害以外で東西間の遠征が制限されたが、これは短期間で個々の関係者の減収との因果関係を立証するのは難しい。大半の関係者は申請する根拠を欠いていたと言える。

 両トレセンで、持続化給付金を申請・受給する動きが感知されたのは昨年5月だった。「厩舎関係者は満額が給付される可能性が高い」との文言があり、成功報酬(顧問契約者7%、その他10%)なども記載された問題の税理士法人作成の文書は5月7日付である。この文書は栗東を中心に様々な経路で拡散。関東TC労にも組合員からの問い合わせがあり、労組側は顧問税理士に受給の可否を照会した上で、6月初旬には給付申請をしないよう要請する文書をトレセン内に配布した。

 関東TC労の文書は、中央競馬が開催中止もなく継続していたことを理由に、給付は「そぐわない」とする一方、「他の税理士(調教師の【顧問=筆者注】税理士等)からこの給付金の申請をしませんかと勧誘が有ったとの話も聞いています」との記載もある。結局、最大労組がいち早くこうした姿勢を明確に示したためか、美浦の受給者は他の組合の所属者など、1桁にとどまった模様。この件の主舞台が栗東なのはこうした事情からだ。

 厩舎社会は狭いムラ社会とよく言われる。持続化給付金請求の可否を巡って、真逆の立場からこれだけの発信があれば、瞬時に多くの人が知るところとなる。当然、JRAでもトレセンに勤務する人なら察知していたはずだ。だが、JRAや日本調教師会が、この件で本格的に動いたのは10月末前後だった。

 調教師会が橋田満会長名で注意喚起の文書を出したのは11月5日。この文書はコロナ禍による経済的影響を「ほぼ皆無」とし、「進上金等の収入について、(中略)影響は極めて限定的」とするJRAの見解にも触れて、(1)要件を満たさない不適正な申請はしない (2)既に誤って受給された場合は早急に返還する――の2点の指導を徹底するよう、各調教師に要請していた。本来なら、6月には出ているべき内容であり、5カ月が空費された形だ。

「不正」か「不適切」か?


 持続化給付金の申請受付は2月15日に終了した。中小企業庁によると、2月12日時点で約421万件、約5兆5000億円が支給され、うち1月までの申請の約7割は2週間以内に支給を完了した。

 一方、返還額は約106億円、返還件数は9924件に上り、未返還も3502件に達した。申請の7割が2週間で支給されたことは、日本の行政機構としては異例のスピードで、それだけコロナ禍の影響が深刻だったことを示す。一方で、即断即決での支給だから、審査が甘くなったのも無理からぬ面がある。申請者が良識を欠いていれば、モラルハザードがいくらでも起きる状況にあった。

 今回の件は既に相当部分が返還に至った模様で、「不適切」だったことは確かだ。同庁が一般論と断った上で、「コロナの影響がなければ不正受給」との見解を示したとの報道もある。一口に「不正」といっても、返還すれば不問に付される例から、刑事事件になる例まで、内容は千差万別だ。

 今回の受給がどの程度の事例と判断されるかが今後の焦点となる。悪意がなく給付金の趣旨を誤解した場合や、計算ミスなどは返還で済むだろう。だが、今回の受給の大半は、常識で考えれば制度の趣旨に合わないという判断がつく。その意味で、多くの申請者はモラルの低さを指摘されても致し方ない。もっと深刻なのは、問題のある申請をあおる行為だろう。税理士法人側の文書には、コロナ禍の影響と認定されるような類型の提示もなく、内容の大半は申請のメリットと方法。外部の人が見たらどう反応するか、少しでも考えたのだろうか?

苦しむ人は競馬界にも…


 コロナ禍の競馬界への影響がごく軽微だったことは繰り返し触れたが、ダメージが大きかった業態もある。現金事業所の閉鎖・縮小運営で営業機会を失った競馬専門紙、現場への立ち入りもできないフリーのフォトグラファー、競馬場周辺の飲食店などである。こうした人々の境遇への想像力があれば、実害が少なかったと思われる人々の受給申請はあり得ないだろう。

 今でこそ、社会にある程度は受け入れられているとは言え、競馬に偏見を持っている人は少なくない。信頼を損ねるような問題が起きれば、瞬時に総攻撃を受ける立場にある。折しもJRAは今年から、新たに社会貢献をPRするスポットを放映し始めた。そんなタイミングでの「不適切受給」問題の発覚。これ以上、間の悪い話はない。
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1964年1月19日、東京都出身。87年4月、毎日新聞に入社。長野支局を経て、91年から東京本社運動部に移り、競馬のほか一般スポーツ、プロ野球、サッカーなどを担当。96年から日本経済新聞東京本社運動部に移り、関東の競馬担当記者として現在に至る。ラジオNIKKEIの中央競馬実況中継(土曜日)解説。著書に「競馬よ」(日本経済新聞出版)。

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