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TUBE前田オーナーが語る愛馬ノブワイルドへの想いー『シービスケット』が手繰り寄せた運命の巡りあい<第2回>

  • 2021年03月01日(月) 18時01分
ノブワイルド

「ボクが競馬場に行くとホントに勝てない」と自嘲気味に話してくれた前田オーナーだったが、馬への愛情が人一倍あることはその口調からもヒシヒシと伝わってきた


日本の夏を象徴するバンド、TUBEのボーカリスト、前田亘輝(のぶてる)氏。じつは、“ノブ”や“サマー”の冠号で愛馬を走らせる、競走馬のオーナーでもある。芸能人オーナーは少なくないが、ひとつ勝つだけでも困難なのが競馬の世界。オーナーとして多くのことを経験させてくれた愛馬ノブワイルドとの邂逅を振り返ってもらうと同時に、競馬への熱い想いを語ってもらった。(取材・文・構成=長谷川雄啓)

2度の骨折を乗り越え、名トレーナーのもとで素質が開花


 中央のデビュー2戦目を大差勝ちし、500万下(現1勝クラス)の特別戦でも2着と好走。さぁこれからというときに、ヒザを骨折してしまった。

「引退も考えました。でも、この馬を見つけてくれた小久保師が、ボクに預けてほしいと」

 一方、小久保師はこう振り返る。

「骨折箇所はヒザでしたが、これは成長過程でよくある骨折だったんで、大丈夫だろうと思ったものですから」

 2015年7月、約7カ月半ぶりとなる浦和での転入初戦を、ノブワイルドは2馬身差の勝利で飾った。

「通過点だと思っていました。“あたりマエダのクラッカー”なんてバカ言ってたのを思い出します」と笑う前田亘輝氏とは対照的に、小久保師は「恐らく、まだ地方競馬というのが、そんなレベルだと思っていた時期。それから、ずいぶんと苦しめられるんですけどね」と、懐かしそうに目を細める。

 その後、しばらく勝利からは遠ざかるも2016年の3月から4月にかけて船橋、浦和、大井と、異なる競馬場でマイルのレースを3連勝。精神面の成長をも強く感じさせたが、“好事魔多し”。ここでまた骨折が判明する。

 このときのことを小久保師は、「今度はワイルドがよく我慢しましたね。球節の骨折なんですけど、そもそもジッとして動かない子だったから、うまく固まってくれたんだと思うんですよ」

 2度目の骨折を乗り越え、そこからさらに3つの白星を重ね、2018年9月、ノブワイルドは、地元浦和のテレ玉杯オーバルスプリント(JpnIII)に駒を進める。そして、ここでも快速を活かし、中央のオウケンビリーヴ以下を押さえての逃げ切り勝ち。重賞初制覇を飾った。

「残念ながら、競馬場には行ってないです。確か、リハーサルスタジオで見てたのかな。“してやったり”といった感じでした。じつは僕が応援に行くと、ホント勝てないんですよ(笑)。だから、口取り写真に僕が写ってるのは1枚だけ。翌年、オーバルスプリントを連覇したときの写真しかなくて」

ノブワイルド

前田オーナーが唯一、持っているというノブワイルドとの口取り写真。(19年オーバルスプリント勝利時、写真は本人提供)


オーバルスプリント連覇、そして馬主としての喜びを与えてくれた絶頂期


 それでも、次走に選んだ交流GIのJBCスプリントだけは別格と、競馬場に足を運ぶ。この年の開催は、JRAの京都競馬場が舞台となった。

「いやぁ、特別でしたね。テレビで見るだけの、他人事みたいに思っていましたから。パドックの内側に入った瞬間、オーッと。結果は16着と散々でしたけど(笑)、あれは何にも代え難い経験でした。景色が違った…」

 大きな会場で、何万人もの観客を前にコンサートを行う超人気バンドのボーカリストでも、GIのパドックは、別次元のスペシャルな舞台だったようだ。翌2019年7月には、習志野きらっとスプリント、プラチナCを勝ち、9月にはテレ玉杯オーバルスプリントの連覇と、重賞3連勝。“夏のTUBE”よろしく、ノブワイルドは、とにかく夏によく走った。

「ねっ。そもそも11月はダメなんですよ。浦和で行われたJBCスプリントは、3番人気で5着。そしたら、小久保師が『冬も働いて下さいよ』っていうから。『おいおい、オーナーのせいにするのかい』って、みんなで大笑い」

 さらに、2020年7月に習志野きらっとスプリントを連覇。しかし、テレ玉杯オーバルスプリントは3着と、3連覇を逃す。このとき、すでに8歳の秋。そろそろ“引退”の二文字が浮かんでいたのも事実。

「じつは、最後の花道をどう飾ろうかと、小久保師と二人で話してたんです。ひとつ大きなプランがあって。それは、僕が競馬を知るきっかけとなったシービスケットが最後に走った、アメリカのサンタアニタパーク競馬場をラストランの地にするというもの。JBCじゃなくて、あの映画の撮影現場に行きたい。遠征して、そこで引退しようと。それが僕らの夢だったんですけどね。コロナで叶わなかった…。それで正直、やめ時を失ったというのがありましたね」

 結果、大井のJBCスプリントに向かい、15着に敗れた後、同じ小久保厩舎の所属馬ブルドッグボスとともに、暮れの重賞ゴールドCへ。勝ったのはブルドッグボス。僚馬が引退の花道を飾った一方で、ノブワイルドは3着に敗れた。

 陣営は、改めて、年明け1月の船橋記念に狙いを定める。ここには5ハロン戦の好敵手、キャンドルグラスの存在があったが、相手にとって不足はない。そのキャンドルグラスが1番人気、ノブワイルドは2番人気に。

 ゲートが開き、ノブワイルドは外枠から果敢にハナを叩く。しかし、4コーナーを回ったところでガクンとスピードが落ちる。故障発生だ。早く走るのをやめてくれといわんばかりに左海誠二騎手が手綱を緩め、小久保調教師もノブワイルドのもとへ一目散に走っていた…。

ノブワイルド

18年、19年と浦和のオーバルスプリントを連覇したノブワイルド。地元・浦和での強さはひと際光った(写真は19年オーバルスプリント勝利時、撮影:高橋正和)

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