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「元競走馬の価値を高めたい!」私の引退馬支援の形…天真爛漫なトリビューンとの日々(3)

  • 2021年03月09日(火) 18時00分
第二のストーリー

全日本障害馬術大会に出場したトリビューン(提供:西野美穂さん)


ついに夢の大舞台へ…


 国内障害馬術競技会の最高峰は、全日本障害馬術大会(以下、全日本)だ。そこに到達するためには認定の競技会に出場し、順位によって付与されるポイントを獲得しなければならない。競走馬から乗馬へのリトレーニングを始めてからの目標を全日本出場に定めてプランを練り、数多くの試合に出場してきたトリビューンだが、昨年は出場した競技会でポイントを積み重ね、ついに全日本出場の夢が叶った。

 全日本の開催場所は兵庫県三木市にある三木ホースランドパーク。いつも以上に関係者等たくさんの人が集まり、決戦を前にピリピリした雰囲気が漂っていた。競技会で何度も訪れた場所のはずだったが、独特の雰囲気を感じ取ったトリビューンは終始落ち着かない様子だった。まずは予選が行われ、予選を通過した人馬が決勝へと進む。

「成績順(これまで獲得してきたポイントによる順位の低い方から走行する)だったので、確か10番くらいと早い出番でした」(トリビューンのオーナー・西野美穂さん)

 クラスが出場人馬の多い中障害飛越競技D(110cm)ということもあり、競技開始は日の出とほぼ同時刻。となれば馬装など準備を始める時間帯は、まだあたりは薄暗い。

「トリビューンは、いつもと違う状況に何だ? 何だ? という感じで、準備馬場でも集中力を欠いたシーンが数回ありました。なので今回は1落(飛越の際に障害物を1回落下させること。障害物の落下は1回につき減点4)くらいかなと思っていました」

 当日はダーレー・ジャパンでリホーミングプログラム(トリビューンもこのプログラム出身)を担当している澤井靖子さんも応援に駆けつけ、西野さんとともに、岡村実選手鞍上のトリビューンの走行を見守った。

「1落くらいかなと予想していたのに、早い段階で3つも障害を落としてしまいましたので、とにかく怪我なく帰ってきてという気持ちでした」

 準備馬場でのウォーミングアップ時同様、集中力を欠いてしまったトリビューンは残念ながら予選を通過できず、決勝に駒を進めることはできなかった。競技を終えて戻ってきたトリビューンの姿を見てホッとすると同時に「まだまだやな、コイツと思いました(笑)」と西野さん。

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西野さんと、岡村実選手がまたがるトリビューン(提供:西野美穂さん)


「コンスタントに安定した成績を残すためには、まだまだ課題があるということがわかりました」

 それでも目標だった全日本に出場できたことは、トリビューンにとって良い経験になったのは間違いない。

「トリビューンには良質なトレーニングをしてもらって、試合など多くの経験をさせるようにしてきました。そうすることで、今後により良い選択肢が増えていくと思っています。80cmほどの障害を飛べる馬はたくさんいるんですよね。でもトリビューンのようにオーナーがいて、大きな故障も失敗もさせずにきて、全日本にも出場しているとなると、それなりに付加価値はあると思っています。ただそれまでにかかった費用を考えると、ヨーロッパのとても優秀な馬を購入できるくらいなんですけどね。それでも内国産の元競走馬の価値を高めたいという思いが強いです」

 また西野さんは、目標だった全日本に出場したことで一区切りついたとも話す。

“ひとつだけ”じゃない、引退馬支援の形


「この馬と一緒に成長して経験を積んでいきたいという方がいましたら、バトンをお渡ししたいですね」

 最後まで面倒をみないのかと批判をされるかもしれないが、付加価値のついたトリビューンのこの先の馬生には可能性が広がっている…そう西野さんは考えている。確かに1度引き取った馬を最後まで面倒をみるというのも、引退競走馬支援の方法だ。だが乗馬に関して言えば、馬にある程度の付加価値がつくのはとても重要だ。例えば110cmクラスの障害を飛越でき、全日本に出場という付加価値が付けば、当然次の引き取り手に出会う確率が高くなるというのも実際のところだ。

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全日本に出場したことで、トリビューンの可能性はさらに広がったはず…(提供:西野美穂さん)


 西野さんにとって競技馬として1人前になった可愛い我が子を送り出す。そのような心境なのかもしれない。そして今後も元競走馬の乗馬への転用に力を注いでいく心づもりでいる。

「ダーレーにはたくさん元競走馬が控えていると聞いていますしね」

 もしトリビューンに新しいパートナーが現れれば、ダーレー・ジャパンから再び元競走馬を引き受け、預託先のクラブの協力を得ながら馬術競技馬として育てていく。これが西野さんが行おうとしている引退馬支援の形だ。

 もう1つ、トリビューンを預託する新庄乗馬クラブ同様、知人夫婦が経営する兵庫県の乗馬クラブのサポートも行っている。そのクラブも引退した競走馬を乗馬に転用するリトレーニングに力を入れている。そのクラブから競技会に出場する馬のゼッケンには西野さんの会社「大市珍味」の文字が入っている。

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大市珍味の刺繍が入ったゼッケン(提供:西野美穂さん)


「昨年4月に開催された徳島フレンドリーホースショーの中の競技に大市珍味杯を作ってもらって、商品にウチの会社の蒲鉾を出すということもしました。馬に乗る人が増えれば馬の活路も広がりますからね。例えばゼッケンにある大市珍味って何だろう? とか、1人でも面白がってくれたり興味を持ってもらえるように、細々と(笑)宣伝兼ねて活動しています」 

 西野さんは自らが経験した乗馬の世界を中心として、これからも自分なりの方法で引退馬支援を行っていく。

「オリンピック(1988年ソウル、1992年バルセロナ)に出場したミルキーウェイ、かつて競技会で活躍したリューク、2002年、2003年と全日本連覇のトップギアなど、元競走馬で障害飛越競技の名馬がいました。そのような馬に巡り合い育てられる日を夢見て、これからも頑張り続けます」

(了)


▽ 大市珍味 HP
https://daiichinmi.co.jp/

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北海道旭川市出身。少女マンガ「ロリィの青春」で乗馬に憧れ、テンポイント骨折のニュースを偶然目にして競馬の世界に引き込まれる。大学卒業後、流転の末に1998年優駿エッセイ賞で次席に入賞。これを機にライター業に転身。以来スポーツ紙、競馬雑誌、クラブ法人会報誌等で執筆。netkeiba.comでは、美浦トレセンニュース等を担当。念願叶って以前から関心があった引退馬の余生について、当コラムで連載中。

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