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人知を超えた“力”が働く時

  • 2021年05月27日(木) 18時00分

巡り合わせだけでは説明できない「神の見えざる力による偶然」


 先週のオークスに続き、今週はいよいよ日本ダービー。これで3歳世代の頂点に立つ馬が牡牝ともに決まる。競馬が最も盛り上がりを見せる週である。

生産地便り

天国の岡田総帥に捧ぐオークス制覇となった(撮影:下野雄規)


 さて、そのオークス。ユーバーレーベンが最後に抜け出し、見事に1着でゴールした。ミルコ・デムーロ騎手の好騎乗、陣営の本番までの仕上げの過程が勝利をもたらした大きな要因であることは間違いないが、それと同時に、多くのファンが去る3月19日に逝去したマイネル軍団の“総帥”岡田繁幸さんが天国からユーバーレーベンに力を与えてくれたに違いない、と感じたはずだ。

生産地便り

岡田さんの天国からの後押しがあったのかもしれない…


 もちろん、何ら、科学的根拠などない荒唐無稽な話であることは百も承知である。だが、競馬の世界には、しばしばこういう偶然が起こる。生産地にも、この種のジンクスは枚挙にいとまがないほどあちこちに転がっている。

 かくいう私も、この手の「神の見えざる力による偶然」を、信じている一人だ。他でもない。私の牧場で生まれたトウケイニセイがそんな馬だからである。

 すこしの間、トウケイニセイについて触れさせて頂く。トウケイニセイは1987年(昭和62年)5月21日生まれ。父トウケイホープ、母エースツバキという血統の牡鹿毛として私の牧場で誕生し、生涯で43戦39勝2着3回3着1回という成績を残して1995年(平成7年)12月31日に引退した。

 3歳(現表記では2歳)の9月にデビュー勝ちすると、ほどなく屈腱炎を発症して長期休養に入り、復帰したのは1年7か月後の5歳春。最低クラスからの再出発だったが、以後17連勝し、デビュー以来18連勝の記録を作って話題になった。

 しかし、トウケイニセイが本格化したのは、7歳時、1993年8月1日の「みちのく大賞典」からである。ようやく岩手の一線級と交えるようになり、以後引退するまでの2年半の間、20戦を消化して、重賞17勝を挙げた。生涯の獲得賞金3億1577万円の大半はこの2年半の間に稼いだものだ。

 いささか私事に属するが、1993年8月の直前、我が家では祖父が亡くなっていた。享年96歳。直前まで元気に暮らしていたが、6月19日の朝、冷たくなっていた。大往生であった。

 そのことがあり、私はどうしても、トウケイニセイの本格化と祖父の死を離して考えることができなかった。これはきっと祖父が勝たせてくれたのだ、と感じた。
 
 これはあくまでも、私個人の話だが、もうひとつ、身近なところに例を求めると、インティがそうである。生産者Yは高校時代からの親友だが、この友は、不幸にも2018年9月に自宅で倒れ、苫小牧にドクターヘリで運ばれて一命をとりとめたものの、長らく入院加療生活を余儀なくされる事態となった。

 彼が倒れたのを見届けるように、インティは本格化し、1000万下、観月橋ステークス、そして初重賞の東海ステークスと連勝を続け、ついに2019年2月17日のフェブラリーステークスを制して、牧場にGIのタイトルをもたらしてくれた。苫小牧の病院にいるYに、神様が大きなプレゼントをくれたのだと私は思った。

 単なる偶然、と言ってしまえばそれまでだが、生産地ではしばしば耳にするエピソードである。長らく3歳クラシックに縁のなかった岡田繁幸氏が亡くなった直後に、こういう形で生産馬がオークスを制したのは、とても単なる巡り合わせだけでは説明できない“何か”を感じるのである。

 しかも、ユーバーレーベンは、父ゴールドシップ、母マイネテレジア、母の父ロージズインメイ。父も母の父も、総帥が導入し、ビッグレッドファームで繋養する種牡馬であり、これ以上ないくらいの「マイネル血統」と言える。

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ユーバーレーベンの父ゴールドシップはビッグレッドファームにて繋養されている


 今となっては叶わぬ夢だが、オークスは、ユーバーレーベンの勝つ瞬間をぜひ総帥に見せてあげたかったとつくづく思う。もしコロナ禍などなくて、いつものように大観衆が東京競馬場のスタンドを埋め尽くしていたとしたら、どれほど盛り上がったことかと、本当に残念でならない。

 遅ればせながら、この欄を借りて、天国にいる岡田繁幸さんに改めて「おめでとうございます」とお祝いを申し上げておきたい。

岩手の怪物トウケイニセイの生産者。 「週刊Gallop」「日経新聞」などで 連載コラムを執筆中。1955年生まれ。

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